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イルカは覚悟を決めて、カカシを背に庇うようにして立つと、いきなりバッサとベストを脱捨てました。
ベストだけではありません。
驚くカカシを尻目に、アンダーの上下にランニング…とイルカはパッパと手早に衣服を脱いで行きました。
そして遂にパンツ一丁になったその時、
「イ、イルカ先生、な、何をするつもりですか…!?」
マッサージの手を休めぬまま、カカシがはじめて動揺した声を上げましたが、イルカに躊躇いはありませんでした。
俺はもう絶対に、はたけ上忍にだけ嫌な思いをさせはしない…!どんな事をしても守ってみせる…!!
だって、
「好きなんです…っ!!俺ははたけ上忍の事が好きだ…!!!!!好きだから…っ、あなただけに恥ずかしい思いはさせません…!!!」
ようやく気付いた自分の気持ちを思う存分叫びながら、イルカは最後の砦たるパンツにガッと手をかけると、潔く一気に引き下ろしました。
そして駆けつけた衆人の目の前に、それを挑戦状の様に叩き付けた次の瞬間。
カカシの手の下でゴフッと水を吐き出した子供が息を吹き返したかと思うと、突然空から金色に輝くオーロラのような光が降って来て、あっという間にカカシの身体を黄金に包み込みました。
その輝きは伝説の戦う乙女、空駆けるワルキューレたちの甲冑の輝きが地に届いたのかと思わせる神々しさで、駆けつけた人々はイルカにパンツを叩きつけられた無礼も忘れ、皆敬虔な気持ちに自然と頭を垂れました。
そんな中でイルカだけが、
え…っ!?ちょ…、さっき黄金の花嫁衣裳が出現したばかりなのに、まさかもう次のアイテムが……!?は、早過ぎじゃないか…?それにいつもはたけ上忍自身が発光していたのに……なんかいつもと違ってなかったか…?
ただひとりうろたえていました。
いつもとの微妙な違いに不安を駆り立てられ、子供が助かった喜びも忘れ、ついでに自分がマッパな事も忘れ、イルカがただただ呆然と立ち尽くしていますと、やがて引いていく光の中心からカカシが姿を現しました。
イルカはゴクリと喉を鳴らしました。
どんなニューアイテムが増えていようと、もう大抵のものには驚く事はないだろうと思っていましたが……
カカシの姿を一目見るなり、
「えええええ―――!?」
とイルカは間の抜けた叫び声を上げていました。
カカシはフツーでした。
イルカと同じ、里から支給された忍服をキッチリと着込み、フツーの格好で立っていました。
ベストやアンダーはぐっしょりと川の水に濡れて色こそ変えていましたが、それに黄金の輝きはありません。
今まで現れた黄金のアイテムも全て消え去っていました。
これは一体どういう事でしょうか?
また俺の目だけにこの衣服は見えているのか?それとも…
思わず考え込むイルカの耳に、その時「へ、変態だ…っ!」「おい、露出狂の男がいるぞ…っ!捕まえろっ、」と人々が口々に叫ぶ声が聞こえました。
すぐにハッと我に返ったイルカが、
「やめろ、この人は確かに真っ裸だけど変態なんかじゃない…!溺れた子供を救ってくれたんだ…!」
通せんぼをするように両手を広げ、集団の前に立ちはだかったところ、
「何言ってやがる…?真っ裸の変態はお前の方だろうが…!!!」
先頭に立つ男にそう詰られて、そういえば俺も裸だったっけ、とイルカは今更ながらに思い出しました。
そ、そうか露出狂の変態って俺の事だったのか……覚悟はしていたけど、思ったよりも、け、結構傷つくな……はたけ上忍もいつもこんな気持ちだったんだろうか…って…え?あれ?待てよ…という事はみんなの目にもはたけ上忍は真っ裸に見えていないのか…?
そうなのかどうなのか、これは重要な問題です。
どうしても今すぐ答えが知りたくて、イルカは思わず前を隠すのも忘れて、男に詰め寄っていました。
「マッパなのは俺だけで、後ろの銀髪の男の人はちゃんと服を着て見えるんだな?おいっ、どうなんだ…!?早く教えてくれ…っ!!」
「うるせえ、寄るな変態…っ!」
裸のイルカに鬼気迫る様子で肉迫されて余程気持ち悪かったのでしょう、当然の展開として、追い詰められた男はイルカに向かって拳を振り上げました。
殴られる…!
と身体を硬くした瞬間。
男の拳を、イルカの背後から伸ばされたカカシの手がパシッと掴み止めていました。
カカシは鋭い一瞥を投げかけただけで男やその他の人々の動きを封じ込めると、自分のベストを脱いで、背後からイルカに被せました。
「全く…あなたって人は…こんな馬鹿な事をして…」
そのままギュッと抱き締められ、人前なのに…とイルカは顔を赤くしました。
フリチン姿を公然と曝しておいて、今更恥ずかしい事なんてあるのかという感じですが、それとこれとは話が別です。
「確かに馬鹿ですよね…ハハ…でもこれしか思いつかなくて…俺が囮になって裸踊りでもして、みんなの注意を引きつけておくつもりだったんです…」
あなたを守りたかったんです、
イルカが鼻の下を擦りながらそう言うと、カカシが抱き締める腕に力を込めました。
「そう…でも俺はあなたの裸をもう誰にも見せたくないな。ねえ、約束して。またこんな事になっても、絶対に裸にならないって…」
俺だけに見せて。
耳元で懇願するように甘く囁かれて。
イルカは更に顔を赤くしながらも、コクリと頷きました。
でもそんな約束しなくても。
自分が人前で裸になる事はもうないだろう、とイルカには分かっていました。
これからは大切な人の姿を見ても、誰も指差して笑う事はないでしょうから。
続く