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 今ここで新しい黄金アイテム出現…?っていうか、なんで花嫁衣装…!?

 割ぽう着に引き続き、次も女性アイテムが出現するかもしれないと覚悟していましたが、まさか花嫁衣裳とは……
 
予想外にも程があります。
 ♪金襴緞子の帯締めながら〜と花嫁ごりょうの歌が頭の何処からか聞こえて来るのを聞きながら、イルカは呆然としました。

 つ、次はてっきりガーターベルトかと……い、いや…だって花嫁衣裳に何かグッとくるようなとこあったか、俺?…そりゃあ、そろそろ嫁さんが欲しいなあとは思っていたけど……だからってこんな……

 控え目に見積もっても、割ぽう着と花嫁衣裳の間にドロンジョ様のセクシーブーツとかラムちゃんの虎ビキニとか……いろいろありそうな気がするのですが……何故に一足飛びに花嫁衣裳なのでしょう?
 そこに何か重要な事実が隠れていそうで、イルカは一瞬本格的に考え込みそうになりましたが、
「イルカ先生…?」
 カカシが首を傾げるのに合わせて、花かんざしがしゃらんと揺れる音に、ハッとすぐに現実へと引き戻されました
 そうです、今は黄金アイテムの事などを悠長に考えている場合ではありませんでした。
 一刻も早く子供に救命措置を施さなければならないのです。
「は、はたけ上忍、この子をお願いします…!水を沢山飲んだみたいで、さっきから意識が無くて…」
 情けない事に、既に子供を岸に押し上げるだけの力も残っていなかったイルカは、急いで腕の中の子供をカカシに引き渡しました。
「大丈夫、俺が絶対に助けてみせます…!」
 カカシは小さな身体をしっかと抱き抱えると、跳ねる魚の様に水面を蹴って、ザバリと岸へ上がりました。
 その俊敏な身のこなしと言ったら!
 イルカは思わず目を奪われました。
 水中から飛び出した重量感溢れる黄金の文金高島田と黄金無垢がひらりと軽やかに宙を舞う、そのアンバランス且つシュールな姿は、まさに奇跡としか言い様がありません。
 逆光を浴びて角隠しのシルエットが、イルカの目には好きなロボットアニメ・初代ガ●ダムのようにも見えました。
 優美でいて頼もしい……その姿をどう称したらいいのかよく分かりませんが、

 流石はたけ上忍だ…!

 兎に角イルカは感動しました。
 ふたりが無事岸に上がった姿に緊張の糸が切れたのか なんだか急に力の抜けたイルカがあわやまた激流に流されそうになったところを、
「イルカ先生、大丈夫ですか…!?俺に掴まって…!」
 すかさずカカシに引っ張り上げられ、イルカは恥ずかしさに顔を赤くしました。

 この一分一秒を争う大事な時に何やってんだ、俺は…!?はたけ上忍に余計な手間を掛けさせてしまうなんて…とんだ足手纏いだ…!

 イルカはようやく上がった岸辺でゴホゴホと川の水に咽ながら、不甲斐無い思いをしました。
 そうしている間にも、傍らではカカシが速やかに人工呼吸を開始していました。
 カカシは教則本通りの正確さで、口移し式で子供の肺に懸命に息を吹き込みました。
 しかし
カカシが息を吹き込むのに合わせて胸が僅かに膨れる以外は、子供はピクともしませんでした。
 再び不安がイルカを襲います。
「は、はたけ上忍…」
 思わず縋るような声でカカシの名を呼ぶと、
「そんな声出さないで。まだ駄目と決まったわけじゃありません、」
 カカシはうろたえるイルカを一喝して、直ちに人工呼吸から心臓マッサージに切り替えました。
 重ねた手で胸骨をグッと圧迫するようにして、一定のリズムで押し続け、心臓のポンプ機能が復活するのを待ちます。
  しかし子供は白蝋の如き顔をしてグッタリ横たわったままで、やはり何の変化も見られません。 
「はたけ上忍…」
 救出が遅過ぎたのでしょうか?

 間に合わなかった?

 聞きたいのに、渇いた喉に言葉が貼り付いて、イルカはそれ以上何か言う事ができませんでした。
 カカシから悪い返事が返ってくるのが怖かったからです。
 身体を震わせるイルカに、
「まだです、」
 その時カカシが短く言いました。
 イルカの心を見透かしたように。
 
そして自分に言い聞かせるように。
「まだ、諦めちゃ駄目です!…俺達がここで諦めてしまったら、助かるものも助からない…!」
「……っ、」 
 グッ、グッ、と力を込めて、カカシは何度も何度も胸骨を押しました。その額を玉の汗が伝い落ちます。
 
その姿を見ていたら、何か言いようの無い感情が込み上げてきて。イルカは胸の奥が熱くなるのを感じました。
 一心不乱に救命活動を続けるカカシの花嫁姿の、なんと美しい事でしょう。
 黄金の文金高島田に黄金無垢が出現した時は、なんて突拍子も無い格好なのだろうと違和感を覚えたイルカですが、今ではまるでカカシの為に特別にあつらえたかのように見えます。
 ただ美しいだけじゃなく、優しく、凛として、イルカが挫けそうな状況にも決して負けない強さを持っている……今目の前で救命活動を続けている花嫁ごりょうは、まさしくイルカが長年胸に思い描いていた嫁さんにしたい理想像そのものでした。
 因みにイルカは両親に倣って古来ゆかしく神前式希望で、お嫁さんになる人には母親の形見の白無垢を着てもらうつもりでしたので、その点でもドンピシャリです。

 ……って、なんじゃそりゃあ!?中身ははたけ上忍だろうが!!よ、嫁さんって…相手は、お、男だぞ……!? 

激しく狼狽したイルカがひとりあっちょんぶりけをしながら身を捩った瞬間、ドヤドヤと騒がしい音を立て、大勢の人々が一斉にこちらに向かって走って来る姿が目に飛び込んで来ました。
 そうです。それは橋の上から子供の身を案じていた人達が、流された子供はどうなったのかと追いかけて来た姿でした。
 
普段なら心温まる光景に、しかしイルカはサーッと顔を青褪めさせました。

 ま、まずい…!!!俺の目には、はたけ上忍が黄金の文金高島田に黄金無垢を纏った、立派な(?)花嫁さんに見えるけど……みんなの目にはきっと真っ裸に映ってしまう……!!!条例に抵触する人もいるだろうし、真っ裸のはたけ上忍に騒ぎ出す人もいるだろう……

 受付所での一件を思い出して、イルカは慌てふためきました。
 況してや今は騒ぎを抑える木の葉保安庁暗部所属『はたけカカシ条例』施行委員の暗部の人達も、お付の者もいません。

 きっと大パニックになる…!

 どうしよう、どうしたら、とイルカ自身パニック状態になりながら、ちらとカカシの様子を窺うと、当のカカシは落ち着いたもので、駆けて来る人影に気付いている筈なのに、特に動じた風も無く変わらず心臓マッサージを続けていました。
 子供の命を救いたい、その気持ちしか今のカカシには無いのでしょう。
 その為なら真っ裸な恥ずかしい姿を曝しても構わないと思っているに違いありません。

 …あんなに人目につくのを恐れていたのに…

 無言の背中にカカシの覚悟がひしひしと伝わってきて、イルカは胸がいっぱいになりました。
 ここで心臓マッサージの役割を代わり、カカシを茂みに隠すのは簡単です。
 そしてそれが最良の方法だと分かっています。

 でも。

 邪魔したくない、とイルカは思いました。 
 カカシの邪魔をしたくない、と。
 この尊き行為の何を恥ずべき事がありましょう。
 ただ裸だというだけで。

 胸を張りこそすれ、こちらが逃げ隠れる必要なんて無い…!
 オロオロする事なんてないんだ……!

イルカはぎゅっと握った拳を震わせながら、そう高らかに叫びたい気持ちでしたが、実質このままではカカシの必死の救命活動に支障が出るかもしれない事もちゃんと分かっていました。
 それどころか。

…真っ裸というだけではたけ上忍を指差して嘲笑う者もきっといる…!

 受付所で爆笑の渦の中、股間を押さえ、恥ずかしそうに縮こまっていたカカシの姿を思い浮かべ、イルカは胸に疼くような痛みを感じました。
 嫌でした。
 一生懸命なカカシを笑われる事が。
 それでカカシが傷つく事が。
 ……すごく。
 それならば自分が笑われる方がマシだ!とイルカは思いました。

「逃げ隠れる」必要は無いけど…やっぱり「隠す」必要はあるのかもしれない…
  はたけ上忍が円滑に救命活動を続ける為にも。
 
嫌な思いをしない為にも。
 
いつもはたけ上忍が俺を救ってくれた様に。
 今度は俺が。
 俺がはたけ上忍を助ける番だ…!

 その為に思いつく方法はひとつしかありませんでした。



続く