裸の上忍様

(その11〜15)

『貴方は何処まで俺を傷つければ気が済むんですか…そこまでシラをきるつもりなら…俺にも考えがあります。』
翌日受付で仕事をしている間も、イルカの頭の中ではカカシの最後の台詞がぐるぐると回っていました。
カカシの悲しげな微笑が目蓋の裏に焼きついて離れません。

俺の何がそんなにはたけ上忍を傷つけてしまったんだろう…
それよりも何よりも…『俺にも考えがある』って…一体…?

カカシの言葉に脅迫めいた含みを感じて、イルカはぶるりと身体を震わせました。
上忍の不興を買ってしまった中忍の悲惨な末路を聞いた事がありますが、まさか自分自身がそんな危険に晒されようとは思ってもみませんでした。

はたけ上忍は俺に何か報復を考えてるんだろうか…?

待ち伏せ・闇討ち・私刑という恐ろしい言葉がイルカの頭に次々と浮かびます。
だけれども川で溺れる自分とナルトを助けてくれたり、「よろしくお願いします」と格下相手に丁寧に頭を下げてくれたりしたカカシが、本当にそんな酷い事をするものでしょうか。
そんな人だとはとても思えませんが、そんな事をしないとも言い切れない自分をイルカは悲しく思いました。
どうしてこんな事になってしまったのでしょう。

…俺はいい…どんな事をされても自業自得だ…だけどナルトに余波が及ぶような事があったら…

そう考えただけでイルカの心臓にひやっとしたものが走りました。
どうしたらカカシの怒りを宥める事ができるのでしょう。どうしたら自分の言葉が嘘じゃないと信じてもらえるのでしょう。
イルカは黙々と仕事をこなしながらも、一生懸命考えました。
その時です。またまたドオンと銅鑼の音が鳴って、「はたけ上忍のおなーりー」と先払いの声が聞こえてきました。
「ま、また来たのか!」
「こんなに頻繁に来られたんじゃ仕事にならねえぞ…!」
「いいから皆早く頭を下げろ…!こっちに来るみたいだぞ…っ!!!」
皆舌打ちをしながらも、ガタガタと椅子を降りて、大慌てでその場にひれ伏しました。
思わず特別措置の銀の腕章をしている事も忘れ、イルカも同じように床の上に身体を伏せました。
イルカが身体を伏せる必要はないのですが、皆自分の事で手一杯で、その事を教えてやるものはいませんでした。
しんと静まり返った中、がらりと受付の戸が開く音がして、先払いの者たちがどやどやと入って来ました。
「はたけ上忍のおなりになるぞ、皆のもの控え控え――――」
お決まりの口上の後、高貴な気配が受付所に入って来るのを感じました。カカシです。

お、俺、こんなところでみんなと一緒に頭を下げてるだけでいいのかな…
特別措置をとってもらってるわけだし…幾ら俺がはたけ上忍に怒りを買っていると言っても、ここは公の場だ…
俺は受付として普通に挨拶をして、職務を全うするべきなんじゃ…

今更ながらにイルカはそう思いましたが、カカシが入って来てしまった後に顔を上げるのは勇気がいります。
どうしようと惑っていると、
「イルカ先生、銀の腕章をしている貴方がどうしてそんなところに伏しているんですか。どうぞ顔を上げてください。昨日の無礼を詫びようと、貴方に会いに来たんですから、」
カカシが優しくイルカに声を掛けました。昨晩の冷たさとは打って変わって、とても穏やかで温かな声でした。

詫びるって…まさか昨晩の事を言っているのか…?
そ、それじゃはたけ上忍は俺の言葉を信じて……!?

カカシの態度の突然の軟化に戸惑いながらも、湧き上がってきた喜びに、イルカの胸はすぐにいっぱいになりました。
「はたけ上忍…そんなお詫びだなんて…っ、」
感激に目をウルウルさせながらイルカがガバッと面を上げた瞬間。
目に飛び込んできた信じられない光景に愕然としました。愕然という言葉では言い表せないほどの、惑星大爆発といったくらいの物凄い衝撃でした。
「は、はははは、ほわぁったたたた……っっっ!!!!」
思わずケンシロウのような世紀末的奇声を発してしまったイルカに、
「なんですかイルカ先生。」
カカシはにこやかに微笑えんで応えます。
とても屈託のない微笑でした。
でも、微笑み合っている場合ではありません。
「は、はたけ上忍、パパパパパ、パンツ、パンツ穿き忘れてますよ―――――――――っっっ!!!!!!!!!」
イルカは大絶叫を上げながらカカシに駆け寄ると、脱いだ自分のベストを丸見えの股間にしっかと被せていました。




イルカの言葉にカカシが息を飲んだのが分かりました。
表情は口布に隠れ窺えませんが、カカシも動揺しているようで、ベストの下でその身体が衝撃に打たれたようにビクリと跳ねました。
そりゃそうだろう、とイルカは思いました。
うっかり全裸で外を歩いていたなんて、そんな事を知らされて驚かない筈がありません。

たかがパンツ一枚と言っても、穿いていると穿いていないとじゃ大違いだ…!
パンツを穿いてる時はあんなに気高い雰囲気だったのに…穿いてないとまるで露出狂の変質者だぞ…!
口布や額当てはしてるのに…肝心のパンツを穿き忘れるなんて…!

見かけによらず、はたけ上忍はおっちょこちょいな人なんだなあとイルカは呆れながらも、そんなカカシに親近感を抱きました。
自分もちょっとずれたところがあるだけに、カカシの事がよく分かるような気がしたのです。

お付きの人も、もうちょっとはたけ上忍の身嗜みに注意を払えよ…
上忍に何か言い難いのは分かるけど、全裸だぞ…!?それとなく注意するだろ、普通…全く職務怠慢だよなあ…

イルカはなんだか腹立たしい気持ちになりました。
おかしな条例の所為で、道中誰もカカシの格好を目にして注意するものはなかったのでしょう。
それはそれで不幸中の幸いのような、そうでないような…とても複雑です。
兎に角この場から離れて、何処かでパンツを穿いてもらわねばとイルカは思いました。
「あ、あのはたけ上忍…こんな使い古しのベストで申し訳ないですが、とりあえずそれで隠して早く更衣室に…」
じどもどと続けるイルカに、カカシは酷く真剣な顔をして囁くように言いました。
「その前にイルカ先生…貴方今、俺がパンツを穿き忘れてるって言いましたね…?ねえ、教えて…今の俺は貴方にはどんな格好をしているように見えてるの…?」

ど、どんな格好って…

カカシの言葉の真意が分からず、イルカは狼狽しました。
どんな格好をしているか、教えるもへったくれもない状況です。カカシは今すっぽんぽんの真っ裸なのです。それをどう説明しろというのでしょう。
焦りながらもイルカはハッとしました。
ひょっとしたらこれは昨日何か失敗してしまった自分への、カカシが与えたやり直すチャンスなのではないか…
考えれば考えるほど、そう思えてきたのです。

『俺にも考えがあります。』って…あれはこういう意味だったのか…

イルカは勝手に解釈して、今度こそへまをしないようにと慎重に言葉を選びながら答えました。
「はたけ上忍は…い、今一糸纏わぬ姿で、その鍛え上げられたたおやかなる肢体を、下界の塵芥に塗れたむさくるしい受付で、惜しげなく晒しておられますです…」
言いながら、なんだかよく分からなくなってきたイルカに、
「黄金のパンツは…見えてない?」
カカシは念を押すように尋ねました。
「み、見えてません…!」
イルカは即座に正直に答えました。
「そう…」
小さく呟くカカシの声は、何故か酷く上擦って掠れていました。何処か興奮しているような、感動しているような、そんな感じです。

今度は俺、ちゃんとはたけ上忍の期待に応える事ができたのかな…

イルカが不安に思っていると、「ちょっと待ってて、」とカカシがお付のものから何かを受け取って廊下に消えました。
カカシは何やら廊下でごそごそしていましたが、すぐに受付所に戻って来ました。
その姿を見てイルカは安堵の溜息をほーと吐きました。
受付所に再び姿を現したカカシは、きちんと黄金のパンツを穿いていたのです。
どうやらお付きのものがパンツのスペアを用意していたようでした。

なんだ…ベストなんか被せなくても一言言えばよかったのか…

自分の過ぎた振る舞いにイルカが顔を赤くしていると、カカシがもう一度尋ねました。
「イルカ先生、今は…?今の俺はどんな格好に見えてる…?」
目のやり場に困る状況から解放されたイルカは安堵して、朗らかな調子で答えました。
「黄金のパンツを一枚、穿いているように見えます!」
言ってしまった後で、

そ、そう言えば黄金のパンツ云々で昨日気まずくなったのに…こんな事口にして大丈夫だっただろうか…!?

イルカは非常に焦りましたが、何故か目の前のカカシは昨晩とは違い、気分を害している風でもありません。
それどころか晒された方の右目を綺麗に三日月に撓ませて、優しく微笑んだものですから、イルカはどきりとしてしまいました。

な、何ドキドキしてんだよ…?

イルカがひとり焦っていますと、突然カカシがイルカの手をぎゅっと握り、ぺこりと頭を下げて言いました。
「疑ってごめんねイルカ先生…貴方は嘘を吐いていなかったんですね…」
深い眼差しで見つめられて、イルカはドギマギしました。
何がなんだか分かりませんが、カカシがようやく分かってくれたようで、嬉しくて堪りませんでした。
「これからもよろしくね、イルカ先生…」
にっこり微笑むカカシに、
「こ、こちらこそ…!」
これは握手だったかと、イルカが握られた手に自分もぎゅっと力を入れた瞬間。
「あーはっはっはっはっ…!!!!は、裸だ…ほんとにこの人素っ裸でやんの…くくくく…っ!!!!」
突然ひれ伏した人々の間で頭を上げたものがひとり、腹を抱えて甲高い笑い声を上げました。




笑い転げる男を暗部が取り押さえるよりも早く、イルカは咎めるような口調で大声で叫んでいました。
「何を言ってるんだ…!?はたけ上忍は立派なパンツを穿いてるじゃないか…!!」
音もなく姿を現した暗部が慌てた様子でイルカの口を押さえましたが、遅過ぎました。
受付中に響き渡るイルカの声に、ひれ伏していたものたちの間に動揺が走りました。
「パンツを穿いてるだって…?」
「マジか…!?」
「そ、そんな、じゃあ条例は何の為に…」
ざわっと空気が揺れます。
裸の上忍と噂される男がパンツを穿いているなんて、事の真偽が気にならないものはいません。
好奇心に負けて、そうっと頭を上げるものがいても仕方がない事といえましょう。
実際イルカの言葉にその場に居合わせたものの殆どが辛抱堪らんとばかりに次々と頭を上げました。
知らぬ事とはいえ、イルカは最悪な事態を引き起こしてしまったのでした。
「あはははは、なんだよあの格好!?マジかよー!?」
「ぷっ、しかも下が生えてなくてツルツルじゃねえかー!!!アレも可愛いもんだな〜、」
「ギャハハハ…笑い過ぎて、く、苦し…っっっ!何で口布してんの?隠す場所違うだろ…!?」
頭を上げたものはカカシの姿を一目見るなり抱腹絶倒、皆目尻に涙を浮かべ、ゲラゲラと笑い声を上げながらその場を転げ回り、受付所はあっという間に爆笑の渦に飲み込まれました。
流石に一度にそんなに違反者が出る事は想定外だったようで、暗部が必死になって違反者を連行していくのですが、手が足りないようでなかなか笑い声は消えません。

み、皆なんでこんなに笑ってるんだ…!?黄金のパンツ一丁姿はそんなにおかしい事か…?おかしくないだろ…!?

憤然とするイルカの目に、項垂れるカカシの姿が映りました。
カカシは目の縁を赤く染め、恥ずかしそうに股間を手で覆っています。
黄金のパンツ姿を笑われて気にしているのでしょうか。きっとそうに違いないとイルカは思いました。

はたけ上忍の姿は全然おかしいところなんてないのに…もっと堂々と胸を張っていればいいんだ…!
俺はパンツ一枚姿でありながらも、こんなに高貴な雰囲気に満ち溢れた人を他に知らない…笑う奴の方がどうかしてるんだ…!

黄金のパンツを隠す事はありませんよ、とイルカは言ってあげたかったのですが、暗部がしっかりと口を押さえていて、それもままなりませんでした。
そうこうしているうちにカカシは耐えられなくなったのか、突然ダッと受付所を飛び出していってしまいました。
「は、はたけ上忍お待ちください…!」
お付の者たちがバタバタと慌てた様子でその後を追いかけて行きます。
イルカも追いかけたい気持ちでいっぱいでしたが、暗部が離してくれませんでした。
暗部は案外な殺気を滲ませイルカの動きを封じ込めると、耳元で苦々しく囁きました。
「幾ら銀の腕章を持つものでも、お前の発言は無用心過ぎた…この条例制定以来の未曾有の大混乱を引き起こしたのはお前だぞ。」
今回ばかりは罪を免れ得ないだろうよ、と暗部の男はぐいと容赦ない力でイルカの腕を引きました。
火影様のもとへ連行すると言います。

え…?どうして俺が…?何も悪い事なんてしてないのに…

イルカは暗部の言い分が分からず茫然としました。
だけど何も悪い事はしていないのだから、火影様にちゃんと説明すれば分かってもらえるだろうと、抗うような事はしませんでした。

俺の事なんかよりも…はたけ上忍は今どうしてるんだろうか…

項垂れたカカシの姿を思い出して、イルカは胸をズキリとさせました。




しかしイルカはいつまでも胸をズキリとさせてはいられませんでした。
というのも、暗部に引かれるまま火影様の前まで行きますと、火影様が眉間に深い皺を寄せ苦渋に満ちた表情をしてこう言ったからです。
「イルカよ。お前が幾ら銀の腕章を持っておるといっても、今回の騒動の責任を不問にする事はできまいよ、」
火影様の前で跪いて首を垂れていたイルカは、その言葉に驚いて「えっ、」と思わず顔を上げてしまいました。
里長として公正な判断力をお持ちになる火影様が、イルカの申し開きも聞かずして、まさかそんな事を口にするとは思ってもみませんでした。
「そ、それはどういう…」
狼狽するイルカに向かい、
「どういうも何も、お前にはそれ相応の懲罰を与えねばならん。」
火影様は渋面しながらも、ピシャリと告げました。
「如何にも納得がいかぬという顔をしておるが、よいかイルカ、お前はこの騒動の皮切りとなった違反者の男と同じ事をしたんじゃ。
第三者が沢山いる中で、見る事が禁止されているカカシの姿について大声で叫んだらどうなるか、容易に想像がつこう。
お前の思慮に足りない言葉が皆の好奇心を煽ったのじゃ。お前が叫ばねば他のものたちもあんなに次々と顔をあげる事もなく、また罪に問われる事もなかったであろうに…」
想像だにしていなかった火影様の言葉に、イルカは激しい衝撃を受けました。
言われてみればその通りです
自分はカカシの姿を嘲笑う男にムッとして、的確な状況判断をできていませんでした。
良かれと思ってした事が大惨事を巻き起こした事に、イルカはようやく気付きました。

俺は何て事を…俺が叫ばなければ、あんなに違反者も出ないで済んだかもしれないのに…
そうすればはたけ上忍だってあんなに笑われる事はなかったんだ…

イルカは激しい自責の念に駆られました。何もかも自分の所為のような気がしてきます。
「火影様、この度の事は申し訳ありませんでした…俺が処罰を受けるのは尤もですが、どうか今回違反した他の人たちについては温情をいただけないでしょうか。」
己の非を侘びながら、イルカは必死になって言いました。
自分の浅慮の所為で誰かが罪に問われる事は、イルカにとっては耐えられない事でした。
「皆の分も俺が刑を受けます…だからお願いです、」
イルカの言葉を火影様の大きな溜息が遮りました。
「こんなに大人数の忍を一度に禁錮の刑に処しては、人手不足で里自体回らなくなるわい。心配せんでも今回は最初に違反した男とお前を抜かし、その他は皆記憶操作をした上で釈放という措置を取る事になった。
今、記憶操作担当の拷問部が過密勤務に悲鳴を上げとるわ。」
火影様の言葉にイルカはホーッと安堵の息を吐き出しました。
後、気になる事と言ったらカカシの事でした。

はたけ上忍に一言謝りたかったな…

イルカはそう思いましたが、それは過ぎた願いです。
恐らくこのままイルカは牢屋へと直行でしょう。カカシに会っている暇はありません。
牢屋で面会は許されるのかもしれませんが、特に親しくもないカカシが会いに来てくれる筈もないでしょう。

…昔助けて貰ったお礼…また言えず終いだった…

俺って抜けてるなあとイルカが思っていると、
「他人の事ばかり心配していないで、自分の事を心配したらどうじゃ。全くお前という奴は…」
火影様が目を閉じ、眉間を手で押さえました。何か葛藤しているような、そんな仕草でした。
その姿にイルカの胸は締め付けられました。

子供の頃から火影様には心配ばかりかけて…すみません火影様…刑期を終えたら、今度こそ必ず孝行しますから…

イルカは目を潤ませながらも、刑期を終えた時火影様は御存命なのかなあ、何しろ年だから…と一抹の不安を感じていると、火影様が罪状の書かれた巻物を広げました。
いよいよ裁きの時がやって来たのです。
「中忍海野イルカ―――」
火影様が厳かにイルカの名前を読み上げた時。
「その判決、待ってください…!」
ばーんと重い扉が勢いよく開いて、カカシが姿を現しました。




カカシはつかつかと部屋の中央へと進むと、イルカを背に庇うようにして立ちました。
そしていつもは猫背気味な背中をまっすぐにして、火影様に向って毅然とした態度で言い放ちました。
「その判決文を読み上げる前に、どうぞお考え下さい。果たして今回の件は全てイルカ先生の…海野イルカの所為でしょうか。
私にはとてもそうは思えません。恐れ多くも無礼を承知で申し上げますが、私達の側にも落ち度があったのではないでしょうか。」
突然のカカシの登場に火影様も暗部のものたちも吃驚してしまって、すぐに反応ができないでいました。
勿論イルカもです。イルカは呆けた顔をして、目の前に立つカカシの逞しくも広い背中と、光り輝く黄金のパンツをただただ見詰めました。

…まさか俺を助けにきてくれたんだろうか…

ぼんやりとイルカはそう思いましたが、とても信じられません。
それでも黄金のパンツの輝く様を見詰めていますと、沈んだ気持ちが上向いて、イルカは何となく励まされる心地がするのでした。
摘み出される前にとカカシは急いだ様子で捲くし立てました。
「火影様は海野イルカに変な先入観を与えないように、最初に連行された時に私の情報を故意的に与えなかった…
そして私も大人として初めて、身体の一部分とはいえ着衣姿の自分を映す彼に、自分から真実を明かす気にはなれなかった…
海野イルカがその事実に気付くまで自然に任せようと…もしも気付く事がないならそのままでいて欲しい…卑しくもそう思ったからです。
そんな私達の曖昧な態度が、今回の件を引き起こしてしまったそもそもの原因なのではないですか?
真実を知っていたら、海野イルカはあの時叫ばなかった筈です…!」
聞くものを尤もと思わせる、説得力のある言葉でした。
だけれども、真実を知らないイルカには、カカシの言葉は分かったような分からないような…なんだかピンと来ないものでした。
庇われているのは何となく分かるのですが…

真実を明かすだの明かさないだの…はたけ上忍は、な、何の話をしてるのかなあ…?

イルカが首を傾げていますと、火影様がむうと呻き声を上げました。とても難しい表情を浮かべています。
火影様はカカシをぎろりと睨みつけ、静かに、そして厳かに言いました。
「それでは何か、お前は今回の騒動の責任はイルカにあるのではなく儂にあるのだと。そう申しておるのか…?」
火影様の言葉にイルカはギョッとしました。いつの間にそんな深刻な話になっていたのでしょう。サッパリ分かりません。

しっかりとはたけ上忍の言葉に耳を傾けていたつもりなのに…
は、はたけ上忍は何て答えるつもりなんだ…?ま、まさか頷きはしないよな…?

イルカはオロオロとしました。
ここで「はい」と答えたら、幾ら里の誇る上忍とはいえ不敬罪にあたります。
公の場で一介の忍が里の最高責任者たる火影に立て付くなど、あってはならない事でした。「はい」と答えた時点でカカシは取り押さえられるでしょう。
自分の所為で。自分なんかを庇った所為で。そんな事は嫌でした。
シンと静まり返った中、皆の視線が一斉にカカシに集中します。
ハラハラと成り行きを見守るイルカの目の前で、カカシは火影様に向かい跪き首を垂れながら、きっぱりと言いました。
「はい、仰る通りでございます。」
カカシの言葉にどよめきがあがりました。何て事を…と暗部のものたちの動揺した呟きが聞こえます。
どよめきの中、カカシは尚も言葉を続けました。
「そして一番は私の責任です。罰は私が受けますので、どうかその人を放してあげてください。」
お願いいたします、とカカシはこれ以上もないくらい頭を下げ、額を床にごりと擦りつけました。
惨めな土下座の姿勢です。
だけどイルカはその姿に何処か崇高なものを感じていました。

俺なんかの為にここまでしてくれるなんて…悪いのは俺なのに…!
このままこの人を逮捕させるわけには行かない…!!

「いいえ、悪いのは俺です。俺が…俺が責任を取ります!はたけ上忍は関係ありません、どうか俺を罰してください…!」
熱くなる目頭に視界を滲ませながらイルカが叫んだ瞬間。
不思議な事が起こりました。
目の前のカカシの身体がぱあっと眩いばかりの光を放って輝き始めたのです。
それはとても目を開けていられないほどの眩しさでした。
思わず目を瞑ったイルカはすぐにまた目を開け、そして仰天しました。
カカシの姿に異変が起きていました。
黄金のパンツはそのままに、カカシはいつの間にか神々しいばかりに光り輝く黄金のU首型ランニングを着込んでいました。



続く


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