緑の手を持ってる


「これは何の木ですか〜?」

カカシが緑の葉っぱを指先でチョイチョイ突つく。
新聞紙を広げた上で、イルカが慎重に植木の鉢を移し変えていた。
イルカのアパートの猫の額ほどのベランダは植木鉢で一杯だ。それは美味しい実をつける木だったり、芳しい香りを漂わせる花だったりと種々様々で、紫蘇だの山椒だのといった家庭菜園めいたものまであった。イルカは土いじりが好きなのだ。この箱庭をこよなく愛し、毎日せっせと手入れをしている。ナルトの園芸好きはイルカ先生譲りだったのか、とカカシは妙に納得したものだ。

「ああ、それは林檎の木ですよ。」

作業の手を休めて、イルカは懐かしそうに言った。

「ほら、カカシ先生が以前林檎をお土産に持って来てくれたでしょう。あの林檎の種を試しに蒔いてみたんです。」

イルカの返事にカカシは驚いた。

「えぇ?そんなので芽が出るんですか?」

「出ますよ!」イルカは得意げに言った。

「これはこの前食べたアボカドの種を植えたものだし、」とイルカはちょこんと芽が出た別の鉢植えを指差した。

「こっちのはナルトが拾ってきたドングリを一緒に植えたものなんですよ。」

元気一杯に葉を広げるヒョロリとした木を撫でながらイルカは目を細めた。

「一生懸命世話をすれば、何だって芽は出るんです。芽の出ない種はないですよ!」

「はあ。」カカシは相槌を打ちながら、笑いが込み上げてきた。

「イルカ先生はなんだか、すごいですねえ。」

肩を揺らしながらクククと笑うカカシに「馬鹿にしてるんですか!?」とイルカが気色ばむ。

「馬鹿にしてませんよ〜。イルカ先生の手はすごいなあって思ったんです。同じ事を俺がしても、芽は出ないと思うし。」

「...出ますよ。」

「出ませんよ。」

カカシはそう言ってイルカをギュウッと抱きしめた。

「な、なんですか、突然!?土で、汚れちゃいますよ!?」イルカは泥だらけの手の遣り場に困ってあたふたした。

カカシは気にせずにイルカの手を取って、その汚れた手をじっと見つめた。

イルカの手。
この手に掛かれば、どんな種でも芽を出す。
誰もが腐った種だと信じて疑わなかったナルトも、イルカが蒔けばすくすくと伸びて、雨風にも負けないしなやかで力強い若木へと成長した。きっとその木は今まで見たこともない大輪の花を咲かせることだろう。


そして俺も。


荒れ果てて痩せた心の中には、もう何も芽吹くことはないと思っていたのに。
何時の間にか、イルカが蒔いた。

愛しい、という気持ち。

カカシの心に力強く根付いて青々と葉を茂らせる。


カカシはたまらない気持ちになって、汚れたイルカの手に軽く唇を押し付けた。
カ、カカシ先生!?とイルカが慌てふためく。

この手に掛かれば。
どんな種でも芽を出す。
そこがどんなに荒れ野であっても。
やがて緑に変わる。

君は。
緑の手を、持ってる。


            終り
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