Friends第一回

日曜の朝だっていうのに、随分と騒がしいな...。

イルカは昨夜の過ぎた酒量にガンガンと痛みを訴える頭を押えながら、ベッドの上で寝返りを打った。騒がしい音はどうやら隣りから聞こえてくるようだった。

ずっと空き部屋だったけど、誰か越してきたのかな...。

寝惚けた頭でぼんやりと考えて、イルカは小さく口元に笑みを浮かべた。こんなボロ屋に越してくるなんて物好き、然う然ういるとは思えないけどな...。

しかしそんなイルカの予想に反して、隣りに越してきた者です、引越しの挨拶に伺いました、という声と共にトントン、と扉を叩く音がした。

うわ、やば...!俺まだ寝巻だよ...!

イルカは慌てて飛び起きると、大急ぎで適当な服に着替えた。その間もずっと扉を叩く音は途切れる事は無い。ああ、第一印象が大切だっていうのに、とイルカはヨレヨレの自分に内心舌打ちしながらも、「はいはい、ただいまー!」と愛想よく答えながら、急いで扉を開けた。

「お待たせしました、どうもはじめまして!」

これでもか、という会心の笑顔を浮かべてイルカが挨拶したその人は、しかしイルカのよく見知った人物だった。驚きのあまり一瞬固まってしまったイルカの上に、間の抜けた声が降って来た。

「あれえ〜?ここイルカ先生の家だったんですか?うわ〜奇遇ですね!奇遇というより、もう運命のようなものまで感じちゃいますね!?」なんちゃって、と言いながら顔を何故だか赤らめるカカシの姿に、まだイルカは茫然としていた。
上忍はたけカカシ。木の葉の里の忍者の中でも屈指の実力を誇る、エリート中のエリート。稼ぎだって相当いい筈だ、それがどうしてこんなあばら家に...。ひょっとしてすごく浪費家なんだろうか。倹約家には見えないし。イルカがそんなどうでもいいことを考えていると、カカシがペコリと頭を下げた。

「これからよろしくお願いしますね、イルカ先生?」

その姿にイルカも慌てて頭を下げた。「こ、こちらこそ、よろしくお願いします...。」

頭を下げながらイルカは焦っていた。うわぁ、上忍に先に挨拶させちゃったよ、と肝を冷やしながら。はっきりいって、イルカはカカシとは道で会ったら会釈をする程度で、特別親しい間柄ではない。ナルト達下忍の担当上忍師だから口を利くようになったが、身分も違うし何処となく余所余所しい態度のカカシに、打ち解けにくいものを感じていた。あの顔の殆どを隠す口布と斜めにずらされた額当ても、胡散臭くてイルカは好きにはなれなかった。

はあ〜、そのカカシ先生がよりにもよってお隣りさんかよ。

なんて面倒な事に、と思っていると、カカシがおずおずと扉の蔭からお盆のようなものを差し出した。

果たしてそれは確かにお盆だった。お盆の上にはホカホカと湯気を立てる、出来立ての蕎麦のどんぶりが二つ載せられていた。そのあまりに意外な光景にイルカが言葉を失っていると、カカシがニコリと照れ臭そうに笑って言った。

「これ、引越し蕎麦なんですけど...お昼には少し早いですけど、一緒に食べませんか...?」

なんじゃそりゃあ!?と急激な話の展開にイルカは度肝を抜かれた。食べませんか、と一応疑問形にはなってはいるが、とても断れるような状況ではなかった。第一もう蕎麦は茹でられているのだ。イルカは折角の蕎麦を無駄にする気にはなれなかった。とんだ貧乏性だ、とイルカは自分に嘆息しながら、

「ありがとうございます...それじゃあ、是非うちで食べましょう。カカシ先生のうちは越してきたばかりで、片付いてないでしょうから...」と心にもない事を言った。

「え、ええ?い、いいんですか?」と興奮した様子で目を輝かせるカカシに、いいですよ、どうぞと少し投遣りな気持ちでイルカは答えた。
二日酔いでむかつく胃は、あまり食欲を訴えていない。でも仕方ないのだ。そう考えながらもイルカの脳裏に様々な疑問が浮かぶ。引越し蕎麦って、こんな風に持ってくる物だっけ?最近は洗剤やらタオルやらしか貰った事が無いから、良く分からないけど。しかもカカシ先生と一緒に食べるなんて、緊張して嫌だなあ。なんか散々な日曜だ。
そんなどんよりとしたイルカを他所に、カカシは始終にこにこしていた。蕎麦をテーブルにのせると、カカシは頂きます、と礼儀正しく言って、徐に額当てを外すとスルリと口布を下げた。それを見てイルカは動揺した。カカシの素顔を見たことは無かった。カカシの素顔はどうやら里の内外でも極秘事項に入っているようだった。それなのに、こんなにあっさり。

「カ、カカシ先生、すすす、素顔、素顔が...!」

イルカは何だか焦ってしまって、よくわからない事を口走ってしまった。しかもカカシの惜しげなく晒された素顔には、もっと焦ってしまった。

カ、カカシ先生って、お、男前だったんだ...、

すっと通った鼻筋に、形のよい薄い唇。整い過ぎた造作を眠たげな瞳が人好きのする顔に仕上げている。そう言えば、カカシ先生は派手な女性関係の噂が絶えない人だった、と改めてその事実に納得した。これではもてないはずが無い。蕎麦を啜る姿までもが様になっている。様になっているけど、口の端には汁が飛び散り、蕎麦の切れ端までもがくっついている。なんだか子供のようだ。カカシはイルカの焦り様に、ん〜?どうしましたか、俺の顔が何か?と全く気にしていないようだった

な、なんか考えていたのとイメージ違うな...

よく分からないヘンな人だけど、上手くやっていけるかもしれないな。そんな予感にイルカは少しだけ微笑んだ。