センチメンタル


「イルカ先生、俺が死んだらどうしますか?」

高く青々と澄んだ秋晴れの空の下で、風に撫でられた落ち葉がカサカサと乾いた音を立てていた。
毎度のことながら、カカシの唐突な切り出しについていけず、イルカは「はあ?」と間の抜けた声を上げてしまった。

死んだらって...また何を言い出すんだ、この人は。

山の天気のように移ろい易いカカシの心に、イルカはいつも疲れのようなものを感じる。大体、今はそんなことを切り出す状況だろうか、とイルカは思う。イルカは自分の手の中でホカホカと湯気を立てる、買ったばかりの焼き芋を見つめた。散々焼き芋屋さんの車を追いかけて、ようやく手に入れた代物だ。ベンチに腰を下ろして、それをまさに頬張らんと大口を開けた時に、カカシは言ったのだ。俺が死んだらどうしますか、と。真剣な瞳で問いかけるカカシの手にも焼き芋が握られていた。

「舞い散る枯葉を見ていたらねぇ、なんだかとても感傷的な気分になったんです。この枯葉のように、俺も何時かは枯れ落ちる命なのかと思って。人生を憂えるというか。しみじみ考えちゃったんですよ。」

「はあ...」

曖昧な返事をしながらも、イルカの視線は手の中の焼き芋に向けられていた。

焼き芋はあったかいうちが美味しいんだよな。

焼き芋が食べたいと言い出したのはカカシだった。秋って感じがしますよね〜、とさっきまではカカシは上機嫌だった。そんなカカシの様子にイルカもなんだか嬉しくなってしまって、そうですね、と笑って答えた。そして今まさに二人で楽しく焼き芋を食べるはずだったのに、カカシはそんな雰囲気を一瞬でぶち壊しにした。勝手に無駄で過剰な感傷に浸って。イルカにはカカシの質問がそんなに大切なこととは思われなかった。だって、その答えをカカシは知っているはずだ。そんなことよりも、あったかい焼き芋を食べて、他愛の無い会話をして。二人で楽しく過ごしたかったのに。

「焼き芋...冷めちゃいますよ。」イルカは軌道修正しようと、そう呟いた。

「焼き芋だなんて...今はそんなことどうでもいいんですよ!」カカシがじれったそうに叫んだ。

「俺が死んだらどうする?イルカ先生、答えてください。」

焼き芋はどうでもいいこと、か。

イルカは諦めたように、深い溜息をついた。

「どうするって...お葬式をすると思いますよ」

「違う、違いますよ、イルカ先生!」イルカの返事にカカシはものすごい形相で詰寄った。

「俺が訊いてるのは、俺の死後イルカ先生はどんな人生を送るつもりかってコトです!俺のこといつかは忘れて、嫁さんを貰って、子供を作って。末永く幸せに暮らすのかなあって。そういうことを訊いてるんです!」

はあ、と相槌を打ちながら、イルカは淡々と答えた。胸がむかむかしていた。

「そうですね、その通りですよ。いつかカカシ先生のことは忘れて、嫁さん貰って、子供を作って。末永く幸せに暮らすと思います。」

ええ!?とカカシが大袈裟に悲痛な声を上げた。

「そ、そんな...!ね、嘘でしょ?イルカ先生。そんなわけないよね?俺が死んでも忘れないでしょ?いつまでも、俺を思ってくれるでしょ?」

必死に強請るようにしてイルカに縋るカカシに、イルカは自然と俯いた。
手の中の焼き芋は外気に熱を奪われ、どんどん冷えていく。
さっきまであんなに楽しかったのに。あんなに暖かな気持ちだったのに。

「焼き芋が...」と小さく呟きながら、イルカは情けなくて泣いてしまいそうだった。

あんたが死んだ後、俺がどうするかなんて、分かりきっているのに。
楽しかった時間を台無しにしてまで。

「...分かってるのに、訊くな。」

イルカがやっとのことで呟いた言葉は、カカシに対する怒りと少しばかりの悲しみに僅かに震えていた。
カカシがハッとした様子で、喚いていた口を慌てて噤んだ。そして暫くの沈黙の後、カカシはイルカのご機嫌を取るように、目を眇めて困ったような笑顔で言った。

「折角の焼き芋が、冷えちゃいましたね〜。」

知るか、馬鹿。

心の中で悪態をつきながら、イルカは冷えた焼き芋をカカシの口の中に押しこんだ。


終り
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