ドロップス


「馬っ鹿じゃないですか!」

いつも以上に辛辣な口調でイルカ先生が言った。

「ええ〜!?非道いですよ、イルカ先生〜」

俺は口を尖らせて抗議を唱える。

「写輪眼の使いすぎで野垂れ死にしかかっていたなんて...何考えてるんですか、あんたは!?」

そうなのだ。俺は野垂れ死にしかかっていたのだ。

今回は単独任務でAランクのものだったが、敵側が意外にもビンゴブックに名を連ねる刺客を送りこんできた。
実力的に拮抗した奴だった。やばかった。考える余裕のないままに写輪眼を使った。何とか戦いには勝ったが、限界まで写輪眼を使ってしまったので、俺はその場に倒れこむ羽目となった。人里離れた場所だったため捜索隊の発見が遅れて、俺は本当に死にかけていた。そしてようやく身体が回復したから帰って来たというのに。

イルカ先生の剣幕に押されながらも、「何考えてって...イルカ先生のこと考えてます〜」とおちゃらけてみる。途端に拳骨が飛んだ。
あうう、とか何とか呻き声を上げて俺は左頬を押さえた。イルカ先生は本当に容赦がない。

「俺の心配を思い知れ!」イルカ先生はそう言って、憤懣やる方なしという風に俺に背を向けた。

だけど、背を向けた本当の理由を俺は知っていた。
イルカ先生は泣きそうなのだ。でも我慢している。
俺が怪我を負う度。
俺の帰還が遅れる度。
泣きそうなのを誤魔化すために、イルカ先生はいつも俺をこっぴどく怒る。
大人の男が泣き顔を晒すことに抵抗がある所為もあるだろうけど。
イルカ先生は勘違いしているのだ。
泣くことが、俺の負担になると思っている。
怪我をしないように、
帰還が遅れないように、
生きて帰って来るように。
そうやって泣くことが、俺の負担になると思っている。

泣いていいのに。
縋っていいのに。
喚いていいのに。

どうせどれも約束できない甲斐性無しの俺に、気を遣うことはないのに。

俺はイルカ先生の正面に回ると、口をへの字にして厳しい顔をしているイルカ先生にデコピンした。

「いたっ...!な、何するんですか!?」額を押さえながら、イルカ先生が俺を睨んだ。

「さっきの拳骨のお返しで〜す。痛いでしょう?イルカ先生。」

そう言いながら俺はイルカ先生のほっぺに両手をあてて、ぐいぐい横に引っ張った。

「いだだだ...っ、にゃに..、しゅるんで、しゅかぁ!」口も引っ張られる形になって、イルカ先生が変な叫び声を上げる。

「痛いでしょう?イルカ先生。」

俺はニッコリ笑って言った。

「泣きたくなるくらい、痛いでしょう?」

イルカ先生は大きく目を見開いた。

だから、泣いても大丈夫ですよ。心の中で俺は呟いた。

イルカ先生が小さく「痛いです...」と言ったかと思うと、次の瞬間その目にブワッと涙が溢れた。大粒の涙がボロボロと零れ落ちる。
痛くしてごめんね?と呟きながら俺はイルカ先生を抱きしめて、零れ落ちる涙を舌で受け止める。
壊れた蛇口のように、止まらない涙を飽きることなく。俺のためだけの涙を。

本当なら塩っぱい筈の滴が、舌に甘い。


そう、それはまるでドロップスのように。


                     終
                     戻る