聖なる夜に

どうでもいいと思っていた。クリスマスなんてどうでもいいと。
神様への敬虔な信仰心なぞ、持ち合わせていなかったし。第一そんなに暇でもなかったしね。
その日を特別視する女どもが、一緒に過ごして欲しいと執拗に俺を追い掛け回すのも気に入らない。
ケーキもプレゼントもいらない。欲しいものなんて何もない。
皆何故あんなに浮かれて騒ぎ立てるのか。

クリスマスなんて糞食らえ!

俺は不謹慎にも心の中でいつもそう叫んでいた。

だからバチが当たったのかな。

俺は走りながら、今更ながらに十字を切る。

カミサマ、もうこれから二度とあんたを冒涜しないから。お願い、間に合わせて。

夜の街を疾走する俺の足元がフラフラする。今俺は任務帰りなのだ。可愛い恋人とクリスマスを過ごすために。滅茶苦茶頑張って任務を終らせてきたのだ。イブは間に合わなかったけど、25日が本当のクリスマスなんだから、と俺は自分に言い聞かせる。しかしその25日ですらも刻々と終りに近付いていた。

クリスマスなんてどうでもよかった。だから俺は何の気無しに告げたのだ。24日から任務に出ると。
俺の最愛の恋人イルカ先生は、その言葉に僅かに顔を曇らせた。少し、淋しそうな顔。
ああ、イルカ先生はクリスマスを祝いたかったんだな、と俺は自分の迂闊さを呪った。イルカ先生に淋しそうな顔をさせるなんて、俺は何て甲斐性無しなんだ。俺は慌てて言葉を続けた。

「日付は違っちゃうけど、帰ってきたら二人でお祝いしましょう。プレゼント買ってきますね。」

だがそれは見当外れな言葉だったのだとすぐに分かった。俺の言葉にイルカ先生は「いや、別にいいですよ。クリスマスが嬉しい年でもないし。第一あんまり神様を信じちゃいませんしね。それよりも任務気をつけてくださいね。」と俺を気遣う。
だが俺は恋人の些細な憂いも放って置けないタイプの人間なのだ。俺はしつこく食い下がった。

だって今イルカ先生、一瞬淋しそうな顔してたでしょ?
嘘ついても駄目ですよ。絶対に、淋しそうにしてた。俺には分かるんです。
我慢しないで下さい。本当はクリスマスを祝いたいんでしょう?そうでしょう?

イルカ先生は俺のしつこさに根負けした様子で、ぼそりと言った。小さな声だった。

本当に、クリスマスなんてどうでもいいんです。
プレゼントもケーキも嬉しい年じゃないし。
ただ、その日は皆ウキウキした様子で、早く帰っちゃうんですよ。
皆家族や恋人と祝うために、急いで。
そういうのって、いいなあと思って...

へへ、と照れ臭そうに笑うイルカ先生の言葉に、俺は正直胸が締めつけられる思いだった。

そうか、そうだったのか。
皆がクリスマスをあんなに騒ぎ立てるのは、そういう理由があったのだ。
クリスマスは1年で唯一、最愛の人と過ごすことが定義付けられた日だったのだ。
その日を一緒に過ごすこと、それ事体に大変な意味があったのだ。

俺は何て馬鹿だったのだろう。

照れ屋の恋人のその言葉は、「クリスマスに欲しいのはあなただけ」と俺の中で強制変換されていた。
だって、そうでしょ?イルカ先生の言っていることは。違わないよね。
愛しい人にそんな熱烈な告白をされて、俺は奮い立った。そこまで言われてその願いを叶えてやれないなんて、俺はそこまで甲斐性無しではないのだ!

絶対に、クリスマスに帰ってきますから!待ってて下さいね!

鼻息荒く宣言する俺に、いや、だから無理しないでいいですって...とイルカ先生は困ったような顔をした。だが俺はもう万難を排して絶対に帰って来るつもりでいた。奮い立った俺を止めることはできないのだ。奮い立ったのは俺の心ばかりでなくアソコもだったので、俺はそのまま朝までイルカ先生を離さなかった。俺の愛の決意が少しは伝わっただろうか。

神に改心の祈りが通じたのか、俺はギリギリでイルカ先生の家に辿り着いた。日付が変わるまで後1分しかない。俺は物凄い勢いで扉を叩いた。早く早く。早く出て、イルカ先生。

「何時だと思ってるんですか、近所迷惑ですよ!」という声と共に鍵が開けられる音がした。イルカ先生の声も結構近所迷惑だと思うけど、と俺は思いながらも、少し開いた扉の隙間を強引に押し開いて、高らかと言い放った。

「メリークリスマス、イルカ先生〜!愛してます!」

間に合った!イルカ先生は感激して最高の笑顔を俺にくれるに違いない。
最愛の人に淋しい顔をさせることがなくて、本当によかった!

期待してイルカ先生の顔を見つめると、しかしその顔は予想に反してちっとも嬉しそうじゃなかった。それどころかクシャリと歪み、なんだか悲しそうな雰囲気だ。今にも泣き出してしまいそう。

「イ、イルカ先生....っ!?」

俺はオロオロした。淋しそうなのも駄目だけど、悲しそうな顔はもっと駄目だ。

「....何がメリークリスマスだ....!」イルカ先生は怒ったように低い声で言いながら、ついにその瞳から涙をポロリと零してしまった。俺の混乱は最高潮だ。どうして?俺はまた何か失敗してしまったんだろうか。

「怪我...してるじゃないか...っ!そんな大怪我...っ!」

そうなのだ。俺は結構な深手を負っていた。早く任務を終えたくて注意力散漫だったのだ。でも命に関わるほどのものでもなかったので、俺は手当てもせずに走ってきた。早く、イルカ先生のもとに行きたかったから。それがいけなかったのか。俺にはどうでもいいようなことだけど。そう言えば、零れ落ちる血がイルカ先生の玄関先を汚している。これじゃあ怒りたくなるのも当然か。

どんどん瞳から零れ落ちる涙に、俺は謝ることしかできない。

「ゴメン...ゴメンね....だって俺クリスマスにどうしても....喜んでくれるかと思って...ここも、汚しちゃってゴメンね...?」

俺の言葉にイルカ先生は開きかけた口を震わせた。呆れて言葉にならないのかもしれない。どうしよう、愛想を尽かされちゃったら。

「ゴメンね...」

ションボリと俯く俺の体に、イルカ先生の腕が巻き付く。俺がビックリして顔を上げると、熱い感触が俺の唇を覆った。それはイルカ先生からの情熱的なキスだった。イルカ先生から俺にキスしてくれるなんて、そんなこと滅多に無い。というか、あったかな、そんなこと。何度も何度も繰り返されるそれは、また俺の頭の中で強制変換されていた。

あんたが呆れるほど馬鹿でも、愛してますよ。
あんたを愛してます。

そんな熱烈な愛の言葉に。
イルカ先生はそう言いたいんだよね?間違ってないよね?

イルカ先生はようやく口を離すと、怒ったような顔で言った。

「....メリークリスマス、カカシ先生....病院行きますよ?」

予想と全然違ったけど、俺は幸せで胸がいっぱいだった。イルカ先生は怒った顔をしているのに。
俺はクリスマスがとても好きになっていた。
病院なんかに行かないで、このままいちゃいちゃしていたい。
でも流石にそれはマズイことだと俺にでもわかる。

来年は怪我をしないようにしなくちゃ。

俺はイルカ先生の熱いキスの余韻に浸りながら、心の中で誓った。


終り
戻る