Friends番外 「子供ができたよ!」



結婚して早三年。
最近カカシの様子がどうもおかしいとイルカは悩んでいた。
変態の中の変態であるカカシとのほほんと三年も連れ添っておいて、今更おかしいの何のと論議する方がおかしいような気もするが、イルカが悩んでいるのは「カカシの変態性」についてではなかった。

確かにいつも変態でおかしい人だけど…そういった類とは違うおかしさなんだよなぁ…

イルカは愁眉の面持ちで人知れずふうと溜め息をついた。
挙動不審というのだろうか。
ふとした瞬間に、急に顔を曇らせてイルカから視線を逸らしたりする。
この三年、カカシがイルカと一緒にいる時は笑顔全開、股間も全開で、一秒たりとも視線を外すような事はなかった。

見るなと抵抗しても俺の事を押さえつけて、何時間見てんだよって言うほどジッと見詰めてたりしたのに…

それなのに、一体どうした事だろうとイルカは腕組して考えた。
結婚して三年といえば世に言う夫婦の「倦怠期」で、「浮気」が囁かれるが…

…そのセンはなさそうなんだよなぁ。

三年経ってもカカシの愛情は過剰気味で、涸れる事のない愛の源泉(白湯風味)を毎晩体で思い知らされている。

大体、今でも「好きです」って囁く度に、カカシ先生、頬を赤くさせて鼻血噴いてるしなぁ…

三年経つのに、カカシはまるで付き合い始めた頃のままに初々しい。
何時まで経っても可愛らしい人なのだ。
勿論そんなカカシをイルカ自身も何時までも変わらずに愛しく思う。
カカシの変態振りにも随分と慣れた。
家に帰った時、カカシが鼻血塗れで股間を滾らせながら全裸で出迎えてくれないと、返って何処か不安を覚えたりするほどだ。
「木の葉なんでもNO.1BOOK」にティッシュの消費率一番で載ってしまった時には、少しだけ哀愁を覚えたが…。
大した問題じゃない。普通だったらネックとなる変態なところもひっくるめて好きなのだ。
二人の間に何の問題はなく、順風満帆ラブラブ熱々。カカシの変態思考も理解できるようになったと思っていたのに…

…最近はちょっと自信がないな…カカシ先生が何考えてるか分からないっていうか…変態さよりも奇行が目立つんだよな…
 
考えながらイルカはまたひとつ溜め息を零した。
そう、最近カカシは従来の変態さに奇行癖まで加わってしまったのだ。
変態で奇人。
それってどうなんだろうとイルカは遠い目になってしまう。

そりゃ、変態で奇人でもカカシ先生には変わりないけど…それでも好きだけど…
なんか…色々と悪い方向に転んでる気がする…

最近のカカシの奇行を数えたらキリがない。
例えばある朝目を覚ましたら、何故か家の中に巨大な鳥がいた。
「な、なんなんだ、この鳥は…!?」
慌てふためくイルカに向かい、「コウノトリですよイルカ先生。今日から飼う事にしたんです。」とカカシはしれっと答えた。
「え、ええ…っ!?」
「俺が面倒見ますから、イルカ先生は心配しないで?」
「い、いや、そういう問題じゃなく…ここペット禁止で…」
「お願い、イルカ先生…」
「うう…っ、」
うるっと涙目でお願いされて、イルカは嫌と言えなかった。カカシの涙に弱い。
お陰でしばらくの間二人と一羽で暮らす破目になってしまった。
羽根を広げると二メートルはある鳥が、狭い部屋で始終バッサバッサしている様は鬱陶しく、ちょっぴり鳥インフルエンザも怖い。更に可愛い容姿とは裏腹に肉食のコウノトリは意外に獰猛で、イルカは何度も尻を突かれ難儀した。結果それに激怒したカカシがコウノトリを何処かへやってしまったのだが(その日の夕飯は鳥鍋だったのだが、深く考えると怖いので考えないようにしている。)、一体カカシは何がしたかったのか。
不思議に思う一件だったが、話はそれだけに終らなかった。
コウノトリを追い出した翌日には、アパートの敷地が何者かに耕されて、それは見事なキャベツ畑になっていた。
勿論そんな突拍子もない事をした犯人はカカシだ。カカシは隠れもせずに、衆人の前でもんぺ姿でザクザクやっていたので、申し開きの仕様がなかった。イルカはアパートの大家さんにこってりとしぼられ、掘り起した土を元通り平にさせられた。外付け階段の裏側の小さなスペースまでしっかりと畑化されていて、元通りにするのは結構骨だった。その間カカシはイルカの足に縋り、「キャベツ畑を壊さないでぇ〜〜〜!!!」と泣き喚いていたが、こればっかりはどうしてやる事もできず、イルカはほとほと困ってしまった。
そんなにキャベツが食べたかったのかと思い、
「好きなだけ食べてください」と八百屋でキャベツを五箱買ってきて、ドンとカカシの前に置いてやったら、
「俺は確かに馬並みですけど、馬じゃないんですから。」とカカシは物凄くクールで、キャベツを食べる事はなかった。
だったらなんでキャベツ畑を作ったんだよ!?とイルカは怒鳴りつけてやりたかったが、何故だかカカシがションボリとしていたので、怒鳴りそびれてしまった。
その後もカカシの奇行は続いた。
何かに憑かれたように一日中鉈を手に竹林をうろついていたり、桃という桃をザクザクと真っ二つに切りまくったり。チューリップの花の中を何度も覗いてみたり。物凄く変だと怯えながらも、カカシの鬼気迫る様子に何も言えなかったイルカだ。

本当、どうしたんだろうなあカカシ先生…悩みがあるなら俺に相談してくれればいいのに…

俺ってそんなに頼り甲斐がないだろうかと、イルカ自身も最近どうも塞ぎがちだ。

このままじゃ駄目だ…!大体困った時に力になれないなんて、何の為の夫婦なんだ…!
今日こそ思い切ってカカシ先生に聞いてみよう。

イルカはそう決心すると、居間でテレビを見ながら寛ぐカカシの向かいに座った。
いつ話を切り出そうかと機会を窺いながら、何気なく自分も視線をテレビに向ける。
テレビは不妊治療の末に赤ちゃんを授かった夫婦のドキュメンタリー番組を映していた。
代理母やら試験管ベイビーやら、皆とても大変そうだ。

こんな番組をカカシ先生が見るなんて…珍しいな…

画面を食い入るように見詰めるカカシにイルカは意外に思いながらも、ついつい画面の中のふっくらとした赤ちゃんに視線が吸い寄せられる。
子供が好きなのだ。だから教師になった。
伸びいく若木の真っ直ぐさに、いつも心が洗われる。
赤ちゃんの笑顔に釣られ、
「この赤ちゃん、可愛いですねえ…!手首に輪ゴムを嵌めてるみたいですよ、ははっ、」
イルカが明るい笑い声を上げると。
「…イルカ先生は本当に子供が好きなんですね…」
地獄の底から響くような暗い声で返されて、イルカは吃驚した。
ふと見ると、カカシから熱心さは消え、今は何処か虚ろな瞳をしている。

俺、何か失敗した…?

ついと視線を逸らされて、イルカはそう悟ったが、既に遅かった。
「……俺、もう寝ます」
カカシはよろよろと立ち上がると、さっさとひとりで布団に包まって寝てしまった。
Hもしないで寝てしまうなんて異常事態だ。

何が駄目だったんだろう…?

イルカはよく分からないながらも、夫婦の危機を強く感じていた。



翌日イルカは受付に座りながら、
「コウノトリにキャベツ畑…それが一体なんだって言うんだ…!?」
ついつい心の悩みのままにそう言葉に出して呟いていた。
それを耳聡く聞きつけた同僚が、
「何言ってんだ、イルカ!?コウノトリにキャベツ畑と言ったら、赤ちゃんだろう」と、不思議そうな顔をするイルカに説明してくれた。
「童話の中ではコウノトリが赤ちゃんを運んできたり、キャベツの中から赤ちゃんが生まれてきたりするんだぜ。」
子供の頃に「赤ん坊は何処から来るの?」って親に訊いた時、そう答えなかったか?と言われて、イルカは首を横に振った。
そんな事を訊かないうちに、親は死んでしまった。だからポッカリそうした知識に穴があったりするのだ。

知らなかった…!そうだったのか…

なんとなくカカシの奇行の理由が分かってしまって、イルカは愕然とした。

カカシ先生、赤ちゃんが欲しかったんだ…!

ショックだった。
当たり前だが、男の自分では子供は産めない。
そういう問題を全部踏まえた上での結婚だと思っていたのに。
少なくともイルカ自身はそうだ。
そんなの、どうでもいいくらいカカシが好きだ。
でも。

カカシ先生は違った…?三年経って…やっぱり赤ちゃんができない事を淋しく思ったのか…?

腹立たしいような悲しいような、様々な思いで胸がいっぱいになった。
倦怠期とか浮気どころの話じゃない。それ以上の危機だとイルカは思った。
自分から視線を逸らし表情を曇らせるカカシ…あれは何処か失望のようなものを自分に対し抱いていたのかもしれない。
子供を産めない自分に対し。

なんだよ…今頃になってそんな…俺が男だって分かってただろ…

酷くむしゃくしゃした気持ちになった。
カカシを今すぐ問い質して、怒鳴りつけてやりたい。
「あ、おい、イルカどうしたんだ…!?」
同僚が吃驚した声を上げるのを背中に訊きながら、イルカは受付を飛び出していた。
カカシは今日非番で家にいる筈だった。

ふざけんなよ畜生…っ、

アパートに辿り着いたイルカは、思いっきりバーンと勢いよく玄関のドアを蹴破った。
背中を向けたカカシの身体がビクリと震える。
カカシの周りには「赤ちゃんの作り方」「こんにちはベイビー」といった題名の本が所狭しと散らばっていた。
その様子にイルカはカーッと頭に血が上った。同時に目頭が熱くなる。
「カカシ先生、なんなんです?これは…あんた、そんなに子供が欲しいのか…っ!?」
視界を滲ませながら、ぐいっとカカシの肩を掴んだ瞬間。
目に飛び込んできた光景にイルカは硬直した。
カカシはエグエグと泣きながら、ナニに試験管を被せ、激しくズボズボ抜き差していた。
ジャストフィットでちょっとだけロングの試験管のガラスに、カカシのナニが擦りつけられ引き攣れる様は、ちょっとだけ漬けた手製の梅干の瓶を揺すった時の様子を彷彿させた。なんとなく、瓶にむちょっと張り付いた、しわしわの梅干に似ている…

そーいえば、梅干の瓶揺すった時と同じ、すっぱい臭いがしてるなあ…
梅干と違って、ちょっと生臭いけど…

一瞬遠退きかけたイルカの意識をカカシの泣き声が引き戻した。
「…赤ちゃん欲しーです…だって、イルカ先生子供が好きだから…っ…子供が欲しいのは…イルカ先生の方でしょ…」
ひっくひっくとカカシが涙と鼻水まみれの顔でしゃくりあげる。
「だから俺…頑張って赤ちゃん作ろうと…っ…ふ、不妊症でも…っ、試験管ベイビーなら可能性があるって聞いて…赤ちゃん…赤ちゃんきっと作りますから…イ、イルカ先生おでを捨゛でないで…っ!!!!」
ぼろぼろ涙を零しながら、一生懸命カカシは試験管をシュコシュコさせた。

いや、赤ちゃん作るって、そりゃ無理だろ…

そんなカカシの姿を茫然と見詰めながら、イルカは心の中で冷静に突っ込みを入れた。

…不妊症云々言う前に、俺たち男同士で子宮ねえし…
大体試験管ベイビーって、こんな作り方か…?違うだろ絶対…
それよりも何よりも、確かに俺は子供が好きだけど、子供が欲しいなんて一度も口にしてないだろーが…!

阿呆だなあ、この人とイルカはしみじみ思う。
ひとりで勝手にそんな事を思い悩んで、果てにこんな事して。

阿呆だなあ。俺があんたを捨てるわけないのに。

本当に阿呆だけど、そこがまた可愛いところなのだ。
泣きながら試験管で扱くカカシの姿は滑稽でしかない筈なのに、イルカは胸にじわっと熱いものが広がるのを感じた。

こんなに思い詰めるまで…俺はカカシ先生の気持ちに気付けないで…

今すぐカカシの不安を拭ってやらねば。
イルカは目尻の涙を拭うと、にっこりと微笑んで言った。
「カカシ先生、馬鹿だなあ。試験管ベイビーなんて必要ないでしょう。俺達にはもう、こんなに可愛い二人の息子がいるじゃないですか…!」
怪訝な顔をするカカシの目の前に、「ほら、」と己のナニをポロリと取り出しながら。
カカシは暫しそれを茫然と見詰めていたが、突然感極まったように、わーっと泣きながらイルカの腰にしがみついた。
「うう…っ、イルカ先生…!!!俺が間違ってました…そ、そうですよね、俺達にはこんなに可愛い息子が二人もいたんですよね…!俺、可愛がります…!俺達二人でこの息子達をこれからも目いっぱい可愛がってあげましょうね!!!」
「え?いや、ちょっと…」

その言葉通り、二人の息子はそのまま一晩中可愛がられ続けたのであった。
「俺達って親馬鹿ですねv」と息子を撫で撫でしながら嬉しそうに呟くカカシに、少し子離れしませんか…?とイルカは言ってやりたかったが、その時には息も絶え絶えで、ただ頷く事しかできなかった。

とか何とか言いながら、それからも親子仲良く四人で暮らしたらしい。

お終い

イルカも大分カカシナイズされて来たというお話でした。