「何やってんですか、アンタ.....。」

相手が上忍だという事も忘れ、イルカは呆れた面持ちでそう尋ねた。

「何って.....」

未曾有の嵐の中をやって来た男―――里の上忍はたけカカシは、これでもかというほどびしょ濡れになった頭をガシガシと掻いて、水滴を周囲に飛び散らせながら照れくさそうに言った。

「イルカ先生、嵐の夜がコワイって言ってたでしょ。」
だから来ちゃいました、えへへ。
事も無げにそう言い放って、いつもの困ったような笑顔をイルカに向けた。

....俺そんな事言った、か?
イルカはカカシの予想外な言葉を反芻しながら、一生懸命記憶を手繰り寄せた。
そう言われてみれば、いつだったかカカシとの酒の席でそんなことを言ったような。
いや、確かに言ったけど。

「そ、それは子供の頃の話です!」イルカは赤面しながら抗議した。
「それに今回の嵐の規模は過去最大で、外出禁止の戒厳令が出ているんですよ!上忍ともあろう方がご存知無いんですか!?何考えてるんですか!」

本当に何考えてるんだか。
ナルトの教官ということで知り合ったカカシは、その肩書きとは裏腹に存外気さくな人柄で、何時の間にか上忍中忍といった階級差を越えてつきあうようになっていた。とは言っても、他の人より少しばかり交わす言葉が多いとか、ちょっと飲みに誘われることがあるといった程度で、プライベートに関わる付き合いは今まで無かった。それなのに、カカシは突然やって来た。こんな危険な嵐の夜に。イルカの酒の席での他愛無い発言のせいで。

―――  教員宿舎に入るまでは親と住んでた一戸建ての家だったんですよ。
            古い家だったから嵐が来るとガタピシいって。
            子供の頃、嵐の夜は泣きたいくらい怖くて怖くて。夜の闇と一緒に嵐に飲みこまれてしまいそうで、
            朝までまんじりともせず起きてたりしました。

あんな何気ない一言をこの人は覚えていたというのだろうか。俺だって忘れていたのに。

「こんな嵐の中....しかも視界の悪い夜だっていうのに.....何かあったらどうするんですか!俺はっ、」
俺は平気なのに。もういい年をした大人の男なんだから、嵐の夜なんか怖くないのに。
どうかしてる、この人は。なんだって突然こんなことを。

尚も言い募ろうとした、その時。
カカシがほにゃりと顔を綻ばせた。

「やっぱり。泣いているじゃないですか。」

「え、」

イルカは驚いて咄嗟に自分の目元に手をやった。濡れている。なんてことだ。
もう大丈夫怖くないですよ、、俺が来ましたから安心して、とほざきながらカカシは濡れた指先でイルカの頬を優しく拭った。びしょ濡れの指で拭われたため、余計に頬が濡れてしまったのを見てカカシは慌てたようだった。
ああ、ゴメンナサイ、イルカ先生。そんなことをいいながら必死にポケットを弄っている。ハンカチでも出すつもりだろうか。ハンカチもビショビショだろうに間抜けなことだ。それよりも俺がカカシ先生にタオルを差し出さねば。
そんな風に考えている間も涙は止まらなかった。

この涙はちがう。どうしちまったんだ、俺は。
そう思う反面、一方でイルカは気付いていた。
涙の理由に。



                             終

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