Friends2
蕎麦は意外にアッサリしていて、酒に荒れるイルカの胃に優しい味だった。口にしてみると結構腹が減っていたようで、イルカは暫しの間ズルズルと無心に蕎麦を啜った。
これ、カカシ先生が作ったのかな。結構料理上手いんだな。
イルカがそんなつまらない事を考えていると、カカシがちらちらと自分を盗み見ている事に気付いた。ひょっとして味の方が気になるのかなとイルカは思い当たって、「この蕎麦、おいしいですね。」とニッコリと微笑んで見せた。するとカカシは「そ、そうですか〜そりゃよかったです。疲れた胃にも優しいように、薬草風味にしてみたんですけど...」などとシドモドしながら顔を赤らめた。その言葉に「流石上忍、健康管理には気をつけているんだな。」とイルカは感心した。中忍の自分とは大違いだと少し尊敬の眼差しでカカシを見つめると、カカシはカアと顔を赤くした。カカシはさっきから顔を赤らめてばかりだ。
ひょっとすると、すごく恥ずかしがり屋のかもしれないな。
それは尤もな事のように思われた。だからいつもイルカに余所余所しかったのかもしれない。子供のような人だなと、イルカは何処か親近感のようなものを抱き始めていた。イルカはそんな自分の単純さに苦笑しながら、「よろしかったら、荷物を片付けるのを手伝いましょうか。一人じゃ大変でしょう。」とカカシに申し出た。二日酔いで頭痛がしていたが、知り合いの、しかも上司とも言えるべき人が隣りで四苦八苦しているというのに、それを黙って見過ごせるほどイルカは非常識ではなかった。しかしそれよりも、どこか子供のようなカカシの様子に、子供好きの教師の血が騒いだのかもしれなかった。
イルカの申し出にカカシはパアアァァ!と顔を輝かせたが、しかしすぐに困ったような複雑な表情を浮かべた。
「それは嬉しいですけど...イルカ先生、体の方は大丈夫なんですか?二日酔いじゃないんですか?」
その言葉に今度はイルカの方が目玉が出るほど驚いた。
「えっ...俺、そんなに具合悪そうですか?大丈夫ですよ。別に何処も悪くないですけど。」
そう答えながらイルカは内心焦っていた。どうして二日酔いだとわかったんだろう?ひょっとして俺、酒臭いのかな?イルカは思わず自分の体をくんくんと嗅いでしまった。
カカシはそんなイルカの様子にクスクスと意味ありげな笑みを零しながら、「そうですか?じゃあ遠慮なく、お言葉に甘えさせていただきますけど....実は俺、昨日見ちゃったんですよ、酔ってへべれけなイルカ先生の姿を。イルカ先生ってば飲み過ぎですよ〜?」とウキウキした調子で言った。「無理はしないでくださいね?」と付足して。
見られていたのか!とイルカは自分の醜態を恥じた。
うわ、昨日に限って記憶が飛ぶほど飲んじまったからなあ、情けないところを見られちまったなあ...。
すると先ほどの蕎麦も俺のために胃に優しい物を?とイルカは考えて、その矛盾に気付いた。
カカシ先生は俺がここに住んでるって知らなかったみたいだし、薬草風味だったのは単なる偶然か...。
そう思うのに、何か良くないものを感じてイルカはゾクリと背筋を震わせた。どうしてなのか。カカシ先生は優しげな笑顔を俺に向けているだけなのに。そんなよく分からない感覚にイルカは「なんだかなあ、」と首を傾げた。
カカシの荷物は思ったよりは少なかった。大きい家具はもう梱包を解かれて据え付けられていたので、イルカの仕事は専らダンボールを開けて、その中の物を然るべき収納場所へ収めていくというものだった。
カカシのダンボールの中には不思議な物が一杯あった。
まずは細いロープが大量に出てきた。こんな物をどうするのだろう、とイルカは疑問に思った。
「カカシ先生、このロープって何に使うんですか?」
イルカが思わず尋ねると、カカシはいたって真面目な顔で言った。
「俺は日常生活の中でも刺客に襲われる事が多いんですよ。そのロープはそうした刺客を捕らえて拘束しておくためのものです。なかなか切る事の出来ない、チャクラの練りこまれた特殊なロープなんです。もう、体にぎゅうぎゅうと食い込む優れものなんですよ。それはもうぎゅうぎゅうと。消耗品ですからね〜沢山あった方がいいと思いまして...。」
ぎゅうぎゅうと、と繰り返すカカシの顔は何処か恍惚としていたが、イルカは全く気付かなかった。それどころか、イルカは猛烈に感動していたのである。
そうだった、カカシ先生は手配帖にも名を連ねる上忍だもんな!何時襲ってくるとも分からぬ敵を警戒し、それに備える緊張した毎日...。やっぱり中忍の俺とは全然違うんだな!
「なんだかすごいですね、カカシ先生って....俺、尊敬しちゃいますよ。」
イルカが目を輝かせながら言うと、カカシはいや、そんなことは、と照れたように頭をガシガシと掻いた。
イルカがまたダンボールの中を弄っていると、今度は手錠や猿轡が出てきた。
これも敵を拘束するのに使うのかな...?
イルカは今度は然程気にしなかった。そのダンボールの中にはその他に大量の蝋燭と大量の謎の軟膏があった。これも何か敵に対して使うのだな、とイルカは勝手に納得してそれを片付けてしまうと、今度は別の箱に手をかけた。するとカカシが「あっ、それは....!」と何処か焦ったような顔をした。しかし時既に遅く、イルカはその箱を開けてしまっていた。
その中身を見てイルカは瞬間固まった。
箱の中には女物のフリフリの白いエプロンやメイド服、ナース服、更にはなんとセーラー服まであったのだ。
こ、これは一体....!?
イルカはパニックに陥った。
見てはいけないものを見てしまった...!ひょっとしてカカシ先生には女装趣味が...!?
い、いやそんな馬鹿な....!仮にも里の誇る上忍に限って...!
イルカが一人あわあわと狼狽していると、カカシは「あちゃ〜見つかっちゃいましたか〜」と意外に呑気な声で言った。
「それね、昔付き合ってた女達が置いていった物なんですよ〜捨てようかな、とも思ったんですが....取りに来るかもしれないと思って。何となく捨てられないでいたんです。....イルカ先生、ヘンな想像してたでしょ?顔が赤いですよ〜?」
からかうようなカカシの言葉に、顔は赤くねえだろ、青褪めてるだろうが、と突っ込んでやりたいイルカだったが、勿論目上の者相手にそんな事をいう事は出来ない。しかし内心カカシの存外まともな回答にホッとしていた。
ま、まあ、すごいモテるらしいから、こんなこともあるんだろうな...
でも、セーラー服まであるのはどういうことだろう。イルカは少し怪訝に思いながらも、自分は家に彼女はおろか、女性を上げたことのない事実に思い当たって、ひとり渇いた笑みを浮かべた。
う、羨ましくなんかないぞ。お、俺には可愛い生徒達がいるし!
ブンブンと頭を横に振って邪念を追い払うと、イルカは気を取りなおして片付けを再開した。
次の箱にはビデオカメラと大量のビデオテープが箱一杯に詰められていた。
うわ...ビデオカメラで何か撮るのがカカシ先生の趣味なんだ....
イルカがその大量さに目を見張っていると、ビデオテープのタイトル部分に全て日付が記入されている事に気付いた。なんとそれは毎日途切れることなく続いているではないか。しかも日付はつい最近まで続いていた。イルカは仰天しながら、
「カ、カカシ先生....このビデオ、毎日撮っているんですか...一体何を...?」と訊いてしまった。
カカシはん〜?と首を傾げながら、「ああ、それは忍犬の観察日記みたいなものですよ。ほら、俺、口寄せで忍犬を使うでしょ?犬の調子を毎日確認するためにも欠かせないんです。」と尤らしく言った。毎日撮るの大変なんですけどね〜俺忍犬を愛しちゃってるんです、と何処か異常に熱心にイルカに語る、カカシの瞳はメラメラと燃えていた。
イルカはそんなカカシの様子にまたまた感心していた。
忍犬のことを、ここまで親身に考えているなんて...
本当に何から何まで違う....俺も忍として見習わなくちゃな。こんなすごい人だったとは。
それなのに俺はよく知りもしないで、毛嫌いして...カカシ先生に申し訳なかったな。
イルカは自分の浅慮に頬を赤くして、そんな自分にけじめをつけるようにカカシに向かって言った。
「俺、これからカカシ先生をお手本にしたいと思います。忍の心得を色々教えてください。どうぞよろしくお願いします。」
突然居住まいを正してペコリと頭を下げたイルカに、カカシは瞬間きょとんとしながらも、次には茹蛸のようにカッカと顔を赤くさせて、ああ〜、だの、うう〜、だの呻き声を上げながら身を捩っていた。
こんなにすごい人なのに、本当に恥ずかしがり屋なんだなあ。
イルカが微笑ましくカカシを見守っていると、フルフル震えていたカカシの鼻からブシュ―――!と景気よく鼻血が噴出した。
「うわあっ!?だ、大丈夫ですか、カカシ先生っ!?」
突然の流血の大惨事に、慌てて駆寄ろうとするイルカをカカシは手で押し止めて、「だ、大丈夫ですーーーー!!」と絶叫しながらトイレに駆け込んでしまった。
「カカシ先生、大丈夫ですか!?」
心配するイルカがトイレのドアをノックしても、内側から鍵が掛けられ応答がない。ハアハアという荒い息遣いと「うっ、うっ」という呻き声のようなものが聞こえてくるだけだった。その尋常じゃない様子に、カカシ先生はどこか体の具合が悪いんじゃとイルカがオロオロしていると、暫くしてカカシは何事もなかったかのようにトイレから出てきた。しかもその顔は具合が悪いどころか、どことなくすっきりと晴れやかな様子で、頬はツヤツヤと輝いていた。
「ご心配お掛けしました、イルカ先生....もう大丈夫ですから。こちらこそ、これからよろしくお願いしますね?」
そう言うカカシの息遣いはやはり熱っぽくハアハアしている。そんな様子がイルカの不安を益々煽った。
カカシ先生、やっぱりどこか具合が悪いんじゃないかな...
イルカは懸念しながらも、コックリと頷いた。