消灯時間を過ぎた木の葉病院はひっそりと静まり返り、時折急患を告げる慌ただしい声が聞こえるだけだった。
そんな時間にもかかわらず、カカシはベッドで眠るイルカの傍らに付き添っていた。
イルカは昨日任務先の宿営地を逃げ出して、木の葉に舞い戻った瞬間意識を失い昏倒し、木の葉病院に収容されていた。
腕の脱臼以外は大した外傷もないのに、精神的ショックが大きいのか、目を覚まさないのだと医者が説明した。
もう逃げちゃ駄目だって言ったのに…そんなにあのお仕置きがショックだった…?
恐ろしい夢でも見ているのか、時々魘されるイルカの手をぎゅっと握ってやりながら、少しやり過ぎたかとカカシは己を反省した。
脱臼すると分かっていて、わざと腕を強く引いたりもしたし、確かに酷過ぎたかもしれない。
でも俺も…戻ったらあんたがテントにいなくて…すごくショックだったんだから、おあいこだよね…?
大賀の事もはっきりさせたいし、イルカとセックスもしたい。まだまだやらねばならない事ややりたい事が沢山あるのに、意識が戻らないなんてあんまりだ。
いや、いっそこのまま犯るかと外道な事を考えつつ、でももしイルカがお初だったら、意識のない時するのは勿体無いと、更に腐った事を考え手を止める。
あ〜、お仕置きの前に大賀との事をはっきりさせておくべきだった〜よ…詰めが甘いね、本当。
若さ故の過ちをカカシは心の中で嘆きながら、ま、キスくらいはいいかと勝手に決めて、イルカの唇にちゅっと口付けた。
…眠り姫に口付ける王子の気分だ~ね…案外これで目を覚ましたりして…
その状況にひとり酔い痴れながら、調子に乗って繰り返しちゅっちゅと口付けていると、不意にかたりと微かな物音が聞こえた。
なんだ…?
ハッと弾かれたようにカカシが顔を上げると、僅かに開いた病室の扉の隙間から、意外な影が覗いていた。
「蜂巣…!?」
カカシの叫びに驚き、その場から逃げ出す蜂巣の後を追って、カカシもまた病室を飛び出した。
幾ら逃げたところで上忍を撒けるわけがない。易々と追いついたカカシは蜂巣の腕を掴み、自分の方へと顔を向かせると、質問を浴びせ掛けた。
「蜂巣、どうして逃げるの…?あの人の…海野イルカの様子を見に来たんじゃないの…?お前達、どういった仲なわけ…?」
任務報告書に名前を連ねていた二人。知り合いでない筈がない。
二人のついた文書運搬任務は、大賀の最後の任務とルートが被っていた。
もし大賀が死んだその場にイルカがいたならば、蜂巣も一緒にいた可能性が高い。唯一の肉親大賀の死を目の当たりにした可能性が。
…大賀を殺したのがイルカなら…それを蜂巣が目撃したなら…蜂巣は多かれ少なかれイルカを憎んでいる筈だ…
それなのに、そんな相手を心配しているかのように、こんな夜中に病室をこっそりと訪れるなんて、変じゃない…?
どうにも蜂巣の行動が腑に落ちなかった。蜂巣の気持ちが分からない。
やはり噂は噂でしかなく、隠された別の真実があるのだろうか。だから蜂巣はこうしてイルカを…
カカシは蜂巣に尋ねようとしたが、蜂巣に先を越された。
「カカシさん、あなたはあのベッドに眠る男がどういう人物か、噂くらい聞いてますよね…?」
静かに問われてカカシは言葉を濁した。
「それは…」
「噂は本当です…俺の兄を…あなたの恩師を殺したのはあの男だ…!俺はこの目でその瞬間を見たんだ…!」
「え…!?」
突然の蜂巣の告白に、カカシは瞠目した。
やはり蜂巣は大賀の最期の場にいたのだ。その死の真実を知っている。
ようやくひとつ謎が解けて、真相に一歩近づいた。
だが知りたい事はまだまだ沢山ある。
先ず第一に、是非あの事を確認しておかねば…!
「ちょ、ちょっと蜂巣に聞きたいんだけど、あの中忍が大賀を殺した時、二人はハメ…」
カカシはここぞとばかりに必死に聞き出そうとしたが、蜂巣は物凄く気持ちを昂らせていて、まるでカカシの話を聞いていなかった。
「俺はあいつが憎い…!兄さんがどんな惨めな死に方をしたか…!だから簡単に死んで欲しくなくて…倒れたと聞いて今日様子を覗きに来たんだ…あいつにはもっと苦しんで罪を償って欲しい…!カカシさんもそう思いますよね?兄さんを…恩師を殺した相手ですよ!?憎いですよね!!??ね…っ?」
「う、う〜ん…そう…かな?」
ハメてる最中の死だったとしたら、自業自得感が募って、正直悲しみが薄れる。
蜂巣に同調できずにカカシが曖昧に返事をすると、それが気に入らなかったようで、蜂巣の顔が阿修羅のように恐ろしげなものへと変貌した。
「カカシさん、あんた一体何なんだよ?そのはっきりしない返事は!兎に角、あいつは俺達にとって、にっくき仇なんだ!間違っても心奪われたり、手を握ったり、チュウチュウしたりしちゃいけない相手なんだ!肝に銘じてください!」
チュウチュウしたりって…とカカシは呆れたように、ガシガシと後ろ頭を掻いた。
「はあ〜?お前まさかさっきの俺達のキスを覗き見してた…?」
「い、いや…俺は…っ、」
突然顔を赤くしてうろたえる蜂巣を、カカシはクックッと笑いながら意地悪くからかった。
「あ〜でももう手遅れよ、俺、もっとすごい事しちゃったもん(お仕置きの事だけど)。」
「も、ももももも、もっとすごい事って…」
カカシの言葉に蜂巣は我を忘れて、激しく取り乱した。それにはカカシも驚くほどだった。
「ああああ、あんた、イ、イルッチに何をした―――――っっっ!!!???」
蜂巣の大絶叫が真夜中の病院に木霊する。
叫んだ蜂巣はすぐにハッとして、慌てて辺りを見回した。
当然の結果として、騒ぎを聞きつけた看護婦達が、「何かありましたか!?」と口にしながら、慌てたようにこちらへと駆けて来る足音が聞こえてきた。
見つかったら、きっとこっぴどく叱りつけられる。遁ずらするなら今しかなかった。
蜂巣は足音に逸早く反応して、ササッとその場から姿を消した。
だが、カカシはなんだか茫然として、すぐにその場から動く事ができなかった。
イルッチ…イルッチって…蜂巣の奴、まさかあの人の事をそう呼んでいるのか…?
なんて親しげな。実際親しいのだろうか。
「イルッチ」という呼び方に、何処か敗北感のようなものを感じて、カカシは打ちひしがれた。
その上駆けつけた看護婦達にお小言まで喰らってしまい、カカシの気持ちは暗く沈む一方だった。
こうなったらもう、あれをするしかない。
カカシはイルカの病室へ戻ると、「元気補給させてね…」と当然のようにイルカの傍らにもそもそと潜り込み、添い寝した。
ぺったり体を引っ付けているだけで、沈んでいた気持ちがなんだか上向いてくる。
気持ちだけでなく、当然あそこも上向いてくる。
イルカの体に密着しながら、「イルッチ…」などと甘く囁いて、何回か抜いてしまったカカシだった。