第五回 

 

 

消灯時間を過ぎた木の葉病院はひっそりと静まり返り、時折急患を告げる慌ただしい声が聞こえるだけだった。

そんな時間にもかかわらず、カカシはベッドで眠るイルカの傍らに付き添っていた。

イルカは昨日任務先の宿営地を逃げ出して、木の葉に舞い戻った瞬間意識を失い昏倒し、木の葉病院に収容されていた。

腕の脱臼以外は大した外傷もないのに、精神的ショックが大きいのか、目を覚まさないのだと医者が説明した。

もう逃げちゃ駄目だって言ったのに…そんなにあのお仕置きがショックだった…?

恐ろしい夢でも見ているのか、時々魘されるイルカの手をぎゅっと握ってやりながら、少しやり過ぎたかとカカシは己を反省した。

脱臼すると分かっていて、わざと腕を強く引いたりもしたし、確かに酷過ぎたかもしれない。

でも俺も…戻ったらあんたがテントにいなくて…すごくショックだったんだから、おあいこだよね…?

大賀の事もはっきりさせたいし、イルカとセックスもしたい。まだまだやらねばならない事ややりたい事が沢山あるのに、意識が戻らないなんてあんまりだ。

いや、いっそこのまま犯るかと外道な事を考えつつ、でももしイルカがお初だったら、意識のない時するのは勿体無いと、更に腐った事を考え手を止める。

あ〜、お仕置きの前に大賀との事をはっきりさせておくべきだった〜よ…詰めが甘いね、本当。

若さ故の過ちをカカシは心の中で嘆きながら、ま、キスくらいはいいかと勝手に決めて、イルカの唇にちゅっと口付けた。

…眠り姫に口付ける王子の気分だ~ね…案外これで目を覚ましたりして…

その状況にひとり酔い痴れながら、調子に乗って繰り返しちゅっちゅと口付けていると、不意にかたりと微かな物音が聞こえた。

なんだ…?

ハッと弾かれたようにカカシが顔を上げると、僅かに開いた病室の扉の隙間から、意外な影が覗いていた。

「蜂巣…!?

カカシの叫びに驚き、その場から逃げ出す蜂巣の後を追って、カカシもまた病室を飛び出した。

幾ら逃げたところで上忍を撒けるわけがない。易々と追いついたカカシは蜂巣の腕を掴み、自分の方へと顔を向かせると、質問を浴びせ掛けた。

「蜂巣、どうして逃げるの…?あの人の…海野イルカの様子を見に来たんじゃないの…?お前達、どういった仲なわけ…?」

任務報告書に名前を連ねていた二人。知り合いでない筈がない。

二人のついた文書運搬任務は、大賀の最後の任務とルートが被っていた。

もし大賀が死んだその場にイルカがいたならば、蜂巣も一緒にいた可能性が高い。唯一の肉親大賀の死を目の当たりにした可能性が。

…大賀を殺したのがイルカなら…それを蜂巣が目撃したなら…蜂巣は多かれ少なかれイルカを憎んでいる筈だ…

それなのに、そんな相手を心配しているかのように、こんな夜中に病室をこっそりと訪れるなんて、変じゃない…?

どうにも蜂巣の行動が腑に落ちなかった。蜂巣の気持ちが分からない。

 やはり噂は噂でしかなく、隠された別の真実があるのだろうか。だから蜂巣はこうしてイルカを…

カカシは蜂巣に尋ねようとしたが、蜂巣に先を越された。

「カカシさん、あなたはあのベッドに眠る男がどういう人物か、噂くらい聞いてますよね…?」

 静かに問われてカカシは言葉を濁した。

「それは…」

「噂は本当です…俺の兄を…あなたの恩師を殺したのはあの男だ…!俺はこの目でその瞬間を見たんだ…!」

「え…!?

突然の蜂巣の告白に、カカシは瞠目した。

やはり蜂巣は大賀の最期の場にいたのだ。その死の真実を知っている。

ようやくひとつ謎が解けて、真相に一歩近づいた。

だが知りたい事はまだまだ沢山ある。

先ず第一に、是非あの事を確認しておかねば…!

「ちょ、ちょっと蜂巣に聞きたいんだけど、あの中忍が大賀を殺した時、二人はハメ…」

カカシはここぞとばかりに必死に聞き出そうとしたが、蜂巣は物凄く気持ちを昂らせていて、まるでカカシの話を聞いていなかった。

「俺はあいつが憎い…!兄さんがどんな惨めな死に方をしたか…!だから簡単に死んで欲しくなくて…倒れたと聞いて今日様子を覗きに来たんだ…あいつにはもっと苦しんで罪を償って欲しい…!カカシさんもそう思いますよね?兄さんを…恩師を殺した相手ですよ!?憎いですよね!!??ね…っ?」

「う、う〜ん…そう…かな?」

ハメてる最中の死だったとしたら、自業自得感が募って、正直悲しみが薄れる。

蜂巣に同調できずにカカシが曖昧に返事をすると、それが気に入らなかったようで、蜂巣の顔が阿修羅のように恐ろしげなものへと変貌した。

「カカシさん、あんた一体何なんだよ?そのはっきりしない返事は!兎に角、あいつは俺達にとって、にっくき仇なんだ!間違っても心奪われたり、手を握ったり、チュウチュウしたりしちゃいけない相手なんだ!肝に銘じてください!」

 チュウチュウしたりって…とカカシは呆れたように、ガシガシと後ろ頭を掻いた。

「はあ〜?お前まさかさっきの俺達のキスを覗き見してた…?」

「い、いや…俺は…っ、」

突然顔を赤くしてうろたえる蜂巣を、カカシはクックッと笑いながら意地悪くからかった。

「あ〜でももう手遅れよ、俺、もっとすごい事しちゃったもん(お仕置きの事だけど)。」

「も、ももももも、もっとすごい事って…」

 カカシの言葉に蜂巣は我を忘れて、激しく取り乱した。それにはカカシも驚くほどだった。

「ああああ、あんた、イ、イルッチに何をした―――――っっっ!!!???」

蜂巣の大絶叫が真夜中の病院に木霊する。

叫んだ蜂巣はすぐにハッとして、慌てて辺りを見回した。

当然の結果として、騒ぎを聞きつけた看護婦達が、「何かありましたか!?」と口にしながら、慌てたようにこちらへと駆けて来る足音が聞こえてきた。

見つかったら、きっとこっぴどく叱りつけられる。遁ずらするなら今しかなかった。

蜂巣は足音に逸早く反応して、ササッとその場から姿を消した。

だが、カカシはなんだか茫然として、すぐにその場から動く事ができなかった。

イルッチ…イルッチって…蜂巣の奴、まさかあの人の事をそう呼んでいるのか…?

なんて親しげな。実際親しいのだろうか。

「イルッチ」という呼び方に、何処か敗北感のようなものを感じて、カカシは打ちひしがれた。

その上駆けつけた看護婦達にお小言まで喰らってしまい、カカシの気持ちは暗く沈む一方だった。

こうなったらもう、あれをするしかない。

カカシはイルカの病室へ戻ると、「元気補給させてね…」と当然のようにイルカの傍らにもそもそと潜り込み、添い寝した。

ぺったり体を引っ付けているだけで、沈んでいた気持ちがなんだか上向いてくる。

気持ちだけでなく、当然あそこも上向いてくる。

イルカの体に密着しながら、「イルッチ…」などと甘く囁いて、何回か抜いてしまったカカシだった。

 

 つづく