第五回

「俺が…憎いですか?」
尋ねるイルカの心は酷く澄んでいた。
その事実を認めるまで、煩悶に心を千々に乱していたのが嘘の様に。
言葉にすると、更に心が軽くなった。何処か告解にも似ている。
真実を隠蔽するという事は、それだけで罪深いのかもしれない。

だけど…俺は決めたんだ、あの時…

震える蜂巣の手を取って。
『大丈夫だよ、蜂巣』
これ以上も無いほど心に傷を負い、しかも忍としての未来までもを閉ざされそうになっている親友を、見捨てる事なんてできなかった。それは中途半端な気持ちなんかじゃない。
たとえ術で操られていたという理由があるにしろ、人望の厚い上忍を殺したとなれば、どんなに蔑まれるか分かっていた。この程度の事はこれからもあるだろう。
気を引き締め直すいい機会になったとイルカは思う。

どんなに詰られても。どんなに痛めつけられても。
俺の口が真実を語る事は無い、決して。

イルカの言葉に返事は無い。しかし、背後に立ち止まった気配が息を詰めたのを感じて、イルカはゆっくりと振り返った。予想通り、そこには銀髪の男が立っていた。初めて会った時の様に無防備に素顔を晒し、イルカをジッと見詰めている。
入院中イルカを見舞いに訪れた火影が、愁眉の面持ちでその胸の懸念を告白した。
『大賀には肉親の如く目をかけている部下がいた…今回お前の任務の総指揮を取った暗部の男がそうじゃ…私事を混同する奴とは思えんが…そやつに目をつけられたとあっては厄介じゃ…』
肉親の如き師を喪った男の悲しみは如何ばかりか。しかも殺した張本人たる自分は大した咎めもなく、のうのうと暮らしている。そんな自分の姿はさぞ神経を逆撫でるものだったに違いない。

『いい気味』と笑ったあの姿は、やはり夢じゃなかったんだ…

その時イルカは確かにあの男に憎まれているのだと改めて感じた。

この人も苦しんでいる…大切な人を喪った、行き場の無い悲しみに…

男の視線を受けてイルカもまた目の前の男をジッと見詰め返した。
男の表情からは何の感情も読み取れない。あるいは感情そのものが凍えてしまっているのかとイルカは思った。
耐え難い悲しみに。
私事を混同する筈の無い男が、その境目を見失うほど苦しんでいる。
それは何処か痛々しく、両親を一遍に失った事のあるイルカには、男の気持ちが手に取るように分かった。

あんたは俺を憎んでいい…
それすらも全部抱えて、俺は沈黙する。これからもずっと…。

黙ったまま立ち尽くす二人の間を柔らかな風が吹き抜けた。白蓮の花が花びらを揺らし、水面を蕩揺たう。緑の大きな葉が擦り合う微かな音が聞こえた。鼻腔を擽る湿った土の臭いにイルカが僅かに鼻先をひくつかせた時。
男が動いた。
ゆっくりと。一歩二歩とイルカに近付きその腕を伸ばす。
イルカはそれをただジッと見詰めていた。
左肩に、男の指先が触れた。
瞬間、イルカはぴくりと体を震わせた。少しばかりの恐怖が滲む。衣服に隠れて見えないが、左肩から右脇腹にかけて癒えきらない傷あった。それを抉られるのではないか。そんな事を考え一瞬体を固くする。
しかし予想に反して指先はそっと優しくその傷跡の上を滑った。
左肩から右脇腹へ。
まるでその傷を労わるように。
どうしてそんな事をするのか分からなかった。

俺を…憎いんじゃないのか…?

目の前の男は酷く苦しげな顔をして眉を寄せている。
分からない。苦しげなのは大切な人を喪った所為じゃないのか。男の振る舞いにイルカは酷く狼狽した。
それでも一番深く刃先が潜り込んだ脇腹の上を指先が辿ると、イルカは小さく呻いた。その程度の刺激でもまだ痛む。
イルカは思わず目をギュッと瞑って痛みを堪えた。
それはほんの一瞬の事だったのに。
次にイルカが瞳を開けた時には、そこに男の姿はなかった。
男は優しく傷跡に触れたのに何故だろう、何処かが酷く痛むような気がした。




怪我がなければ、こんなへまを踏む事はなかったのに…

イルカは口に溜まった血をペッと吐き出した。抵抗した際に何度か顔面を殴られ、口の中を切っていた。
その血が自分の胸を楽しげに弄る男の顔を汚す。男は加虐の愉悦に興奮した顔を憤怒に捻じ曲げ、まだ塞がったばかりのイルカの傷跡に容赦なく爪をめり込ませた。
「あ…ッ…あぁ…っ、」
薄皮を剥がれ広がった傷口から鮮血が溢れ出す。激痛に体を震わせるイルカを、四人の男がにやにやといやらしい笑みを浮べ見下ろしていた。火影のもとに怪我の経過報告をした帰り道、人気の無い場所で待ち伏せていた男達に薄暗い茂みに引き摺り込まれた。いつもだったら逃げ切れる筈だが、怪我をした体は思ったように動いてはくれなかった。
「大賀上忍を殺しておいて、よく平気な顔をして外を歩けるな、」
「どうしてお前みたいな奴が生き残って、大賀上忍が死ななくちゃならなかったんだ…!?」
「お前みたいな忍の風上にも置けねえ奴、反吐が出るんだよ…!」
制裁を加えてやると始めの内は暴力を振るっていた輩のうちの一人が、叫び声一つあげないイルカに舌打ちして言った。
「おい…ただ痛めつけるだけじゃつまらねえ、犯っちまわねえか、」
イルカの腕を押さえ、荒々しく股間を弄る。
「あ…っ…や…っ、」
まさかそんな事をされると思っていなかったイルカは必死で身を捩った。
痛みなら幾らでも我慢ができる。だが慰みものになるのだけは御免だった。
しかしその必死な様子が男達の残忍さに火をつけた。イルカは手や足を押さえられ、下穿きを脱がされた。
「おめえ、まだ女ともヤったことねえんだろう…?」
綺麗な色してやがるぜ、と興奮したように男がイルカのモノを握った。
「あ…っ…あぁ…はっ…」
始めは萎えていたモノが、執拗な愛撫に緩やかに立ち上がる。
それを見て男達は次々に侮蔑の言葉を投げつけてきた。
「なんだぁ?陵辱されてんのに感じてんのか?」
「恥知らずなお前でも恥ずかしくなるほど、突っ込んでしゃぶらせてよがらせてやる、」
「女じゃ勃たなくなるくらいにな、掘られるのが貴様には似合いだぜ、」
足を押さえていた男がイルカの足を強引に大きく広げ、その膝裏を押し上げる。
閉ざされた場所が男達の目の前にこれ以上も無いほど露わになった。
「う…っ、」
あまりの恥辱にイルカの目縁にじわりと涙が浮んだ。
泣きたくなんて無いのに、瞳は勝手に透明な滴を溢れさせる。
男の一人が尻の間の入り口を指で押し広げると、薄紅に色ずく秘肉が淫らに蠢いていた。
ごくり、と唾を飲み込む音が聞こえた。
「すげえ…」
掠れた声がして、一人がその秘唇にむしゃぶりつく。
ありえない場所を這う舌の感触に、イルカは体を震わせた。

気持ち悪い…いやだ…いやだ…っ!

「う…っ…ふ…く…ぅん…っ」
嫌悪に嘔吐感が込み上げる。
今この場所で。何もかも真実を叫んでしまいたい衝動に駆られて、イルカは歯を食い縛った。

駄目だ…言っては駄目だ…折角ここまで隠し通したのに…蜂巣に大丈夫だと言ったのは俺じゃないか…!

「おい、口開けろや、」
下を弄っている男とは別の男が、既にいきり立ったグロテスクな陰茎をイルカの口元に擦り付けた。
顔を背けるイルカの鼻先を男の指先が摘む。呼吸を求めてイルカが口を開くのを、男は意地の悪い顔で待っていた。
絶望がイルカを支配する。酸素を求めて胸が喘ぐ。限界が近かった。

いやだ…俺は…俺は…

きつく食い縛った口が緩みかけたその瞬間。
ざわりと恐ろしいほどの殺気に空気が揺れた。
「何してるの…?」
青白い雷を体から迸らせながら、暗部装束を纏った銀髪の男がひらりと姿を現した。


続く