第十四回


馬鹿な事をしたとカカシは思う。
真実と引き換えにイルカを抱くなど。

俺はイルカの交換条件をのんだって事だ…
大賀の死について、俺はもうこれ以上追求する事はできない…

実際のところ、カカシは大賀の死に関しもう一度洗い直し、ある程度真実の輪郭を掴み始めていた。
始めからカカシは間違っていたのだ。大賀に寄せる絶対的な信頼が、カカシを真実から遠ざけていた。
里が殉死した上忍に葬儀らしい葬儀も執り行わない時点で、自分は気付くべきだったのだ。
大賀の死が悼むべき死では無かった事に。つまり。

恐らく大賀は…里を裏切ったのだ。

そう考えるのが一番自然だった。慰霊碑に名を刻まれた事実に騙されて、気付かなかった。死ぬ前の二ヶ月に渡って、尋常ならざるほどの外回りの任務をこなしていたのは、敵と接触を図る為なのか。記録に無い過去をカカシは知る事ができないが、その想像はあながち間違ってはいないだろう。

そして…その現場を蜂巣とイルカに見られた…

大賀の立場にしてみれば、目撃者を生かしておく事は命取りだ。ただ大賀にとって不運だったのは、その目撃者の一人が血を分けた実の弟蜂巣だった事だろう。大賀に多少の躊躇いと動揺があったとしてもおかしくは無い。寧ろ確実に躊躇いはあったのだ。だから中忍ごときに殺られた。

幾ら大賀が油断していたからと言って…おかしいと思ったんだよね…
里を裏切ると決めた時点で、それは切り捨てねばならないものだったのに。そんな覚悟も無いくせに、どうしてあんたは…

下手な感傷だ。大賀らしい。非情に徹しきれないところが。

それなのにどうして。

例えようも無い悲しみと例えようの無い怒りとがカカシの中でぶつかり合い激しく逆巻いた。
思い出の中で、カカシの頭を掻き回す大賀のがっしりとした掌が、何時の間にかカカシの首に回りその指先をゆっくりと食い込ませる。
温かい指先。信頼を預けて繋いだ手で、首を。朗らかな笑顔さえ浮かべて。

「先生」なんて柄じゃねえ。「大賀」でいいぞ。同じ仲間って事でいいじゃねえか、

大賀の言葉が頭の中でぐるぐると回っていた。
あの大らかな笑顔の何処までが真実で何処からが偽りなのか。何を信じたらいいのか、信じるべきものは何なのか。
心が体から剥がれ落ちてしまいそうだった。

苦しくて、息ができない。

落ちてきた滴と共に詰めた息を吐き出すと、ひゅうひゅうと喉の奥から悲しい嗚咽が漏れた。

…何か事情があったんだと思いたい…

事情があったからと言って許されるわけでは無いけれど。それは深く傷付くカカシに僅かな救いを与える。

大賀…あんたに何があったのかは分からない…だけどあんたの死が…あの人の人生を変えた事は確かだ…

カカシの脳裏に凛としたイルカの姿が思い浮かんだ。大賀を殺したくせに裁かれずにのうのうとして、と憎んでいた。
あの時。年若い中忍の将来を考え、大賀の死について取り沙汰される事を防ぐ為、華美な葬儀を控え緘口令を敷いたと聞いた。守られたのはイルカだと思っていた。大賀を殺したと噂されるイルカだと。だが違う。イルカは守っていたのだ。

あの人は蜂巣を…

今ならばそれが分かった。木の葉でも特別な血筋…つまり血継限界のような、個人が一個小隊の力を上回る能力を持つ者は例外として、一般の忍は罪を犯せば一族連座制だ。大賀が裏切ればその咎は肉親の蜂巣にまで及ぶ。蜂巣の忍の道は閉ざされ、裏切りに厳しい社会で迫害を受けるだろう事は想像に難くない。

だから大賀の罪を二人で隠蔽した…

だが、どうしてイルカだけが大賀の死に関し全てを被らねばならないのか。どうしてイルカだけが皆に蔑まれなければならないのか。
カカシはそこに苛立ちを覚える。どうしてと問いながらも、それがイルカという人間なのだと分かっていた。
自分が傷付く事になっても、誰もが厭う狐憑きの忌子を慈しむ事を決してやめないように。
イルカは蜂巣を守ろうと決めたのだ。

馬鹿な人だ、

カカシはそう思いながらも、蜂巣を庇い通すイルカの姿に激しい嫉妬を感じた。
大賀の死にイルカに罪が無いなら憎む理由もなく。許す理由を捜す必要も無い。
もしもそうなら。それが本当なら。カカシを止めるものは何も無い。
もう愛する事しかできない。イルカを愛する事しか。
狂おしいほどに心がイルカを求めていた。
「大丈夫だよ」と手を掴まれた瞬間から既に、心も囚われていたのかもしれない
しかし大賀の死の真実を大方把握しながらも、それはまだ不確かで。
確かめる事を何処か恐ろしく感じながらも、カカシは聞きたかった。イルカの口から真実を。
それはかつての肉親ともいえるべき師を罪人に貶め、カカシに苦痛を与えるだろう。
だがそれを上回る思いがその苦痛を凌駕する。

あんたが好きだ。

カカシはそれを伝えたくて、十年前の約束をイルカに果たしてもらおうと思った。
慰霊碑へと向かう蓮池の前で立ち止まったイルカに昔の記憶が重なった。『憎いですか』と真っ直ぐな瞳でカカシを見詰めた。あの時両脇に咲く白蓮の花がイルカの罪なき身の潔白を告げているようだと感じた。

白蓮は俺に教えてくれていたのに。

「ねえ、俺に教えて…大賀が死んだのはあんたの所為じゃない。全ての罪は大賀にあった…そうでしょ?」
蓮池の前でイルカに問うた。大賀の罪の真実を。イルカと蜂巣を繋ぎ止める秘密を。
それなのに。
「俺は何も答える事はできません…貴方に話してあげられる事は何も無い…だけどそれ以外の事は何でもします。それで貴方の気が済むなら…」
イルカは真実を語る事は無いと言った。蜂巣との絆の強さを思い知らされた気がした。どうしたらそれを断ち切れるのか。
蜂巣がイルカを見詰める瞳は自分と同じだ。イルカはそれに気付いているのだろうか。

気付いていて、そんな事を言っているのか。

それは分からなかったが、自分よりも蜂巣の方がイルカの心を大きく占めている事は確かだった。
蜂巣への激しい嫉妬と真実を告げ無いイルカに対する悲しみを感じた。

これからもずっと、イルカの心は蜂巣に繋がれたままなのだ。

それはとても絶望的で。それでも諦められない心は卑しくもイルカの体だけでも欲しいと鳴く。
だから組み敷いた。何でもすると言ったのはイルカだ。
一度組み敷いた後もカカシはイルカに関係を強要していた。「あんたが言ったんでしょ、」と権利を振り翳して。その思いのままに、イルカに強請る。イルカとはもう何度も体を繋げていた。
馬鹿な事をしているとカカシは思った。

抱く度に絶望を深めながらも、求める心は大きくなるばかりで止められないのだから。






「あ…ッん…あぁ…っ」
黴臭い書庫に湿った音が響く。
ぐちゅぐちゅと淫猥な音を立て、カカシの熱を従順に呑み込む場所を、カカシは指先でなぞった。
「やらしー…ねえ、あんたのここ、凄く美味そうに俺のしゃぶってるよ?」
ほら、俺のに絡みついてくる。
「そんなに、イイ?」
ひくつく後孔の襞を撫で、カカシは耳元で囁く。
「あ…や…っ」
そのまま耳孔に舌を差し入れねっとりと舐め回せば、イルカの内側が埋め込まれた硬く太い質量をキュッと締め付けた。カカシは僅かに呼吸を乱しながら、クッと意地の悪い笑い声を上げた。
「嫌とか言いながらこんなに締め付けて…あんたが大賀の事喋らないのは、本当は俺に突っ込んで欲しいからじゃないの…?」
揶揄しながらも半分本気の台詞。
「ち、ちが…」
「違わないでしょ、ほら」
首を横に振るイルカに苛立ちを感じて、カカシは言い様激しく後孔に己の猛りを打ち込んだ。叩き込むようにして、容赦なくイルカの敏感な箇所を突き荒らす。
「や…あ…っああ…っ!」
過ぎる快楽にイルカの体が跳ね上がる。逃げようとする腰を引き寄せて、カカシは更に深くを犯す。
「うっ…あっ、あぁ…っ、は、」
激しく突き上げると、イルカが前を弾けさせ痙攣する。勢いよく飛んだ精液が、書庫の壁を白く汚した。
ギュッと肉の輪に締め付けられて、カカシは堪える事無く熱い迸りをイルカの中に叩き付けた。
「ひぁ…っ、」
その衝撃に慄くイルカの腰に指を食い込ませ、緩く抽挿して最後の一滴まで注ぎ込む。
あまりの気持ちよさにカカシの腰が震えた。暫く余韻を楽しんで己のものを引き抜くと、はあはあと息を乱しながら、その場にイルカが崩れ落ちた。カカシを受け入れていた場所から白濁した精液が漏れ、書庫の床に淫猥な染みを作る。
カカシはその光景に満足しながら、口付けをしようと顔を寄せると、それを避けるようについとイルカが顔を横に向けた。
その拒むような仕草に、カカシの胸に痛みが走る。
かける言葉が見つからず、カカシは黙ったままイルカを見詰めた。
「…いつまで…こんな事を続けるつもりですか…?」
不意にイルカが小さな声でポツリと零した。
「そんなの…」
言いかけてカカシは言葉を続けられなかった。気の済むまで、と答えたところで、そんな日が来ない事を知っていた。
抱く毎にイルカを手放せなくなっているのだから。

終わりなんて、考えたくない。

それでも終わりの時は来るのだろうか。
カカシが黙っていると、突然書庫の扉がばんという音と共に乱暴に開いた。
「…!」
廃館となった旧社屋の書庫に、一体誰がと驚きに振り返る。
するとそこには怒りを全身に滾らせた蜂巣が立っていた。
「は、蜂巣…っ、」
イルカが動揺した声を上げ、慌てて床に散らばった己の衣服を掻き集める。その顔が羞恥に赤く染まっていた。
蜂巣はそんなイルカの姿に一瞬顔を歪め、その後は視線を外すようにしながら、イルカを自分の背中に庇うようにしてカカシの前に立った。燃え立つ瞳でカカシを睨み付ける。
「最近イルカの様子がおかしいと思っていたら…カカシさん…あんたイルカになんて事を…恥を知れ!」
怒りを露わに食って掛かる蜂巣をカカシは軽く往なした。
「この人が言ったんだよ、大賀の真実を探らない代わりに何でもするって…」
「だからってこんな…っ、」
「恥知らずはお前のほうじゃないの?」
カカシは冷たく言い放った。
「お前はこの人にここまでさせて…のうのうとしてる。嫌らしい連中と徒党を組んでこの人を蔑んで…お前の方が、」
「はたけ上忍…っ、」
イルカがその先を制するように会話に割って入る。

こんな時まで蜂巣を庇って。
今まで自分に抱かれて乱れていたくせに、それを感じさせないほど澄んだ目をして。

苛立ちと焦燥と。嫉妬と悲しみと。様々な感情が一遍に押し寄せて、カカシはおかしくなってしまいそうだった。
カカシの言葉にぐっときつく拳を握り締め、
「…そんなに知りたいですか?」
蜂巣はカカシを鋭い目で射抜きながら言った。
「そんなに兄の事を…大賀の事を知りたいなら…俺が真実を教えます…だからもう…」
「蜂巣…!」
蜂巣の決意をたしなめようと、身を乗り出すイルカを蜂巣が後ろ手で制する。
「イルカには近づかないでください…。」

馬鹿馬鹿しい。

蜂巣の真剣な表情にカカシは鼻白んだ。

見当違いにも程がある…蜂巣、お前馬鹿だねえ…

「やだね、お前から聞いても意味無いし、」
カカシの言葉に蜂巣が目を見開く。
そんなに驚く事じゃないだろうとカカシは小さく笑う。

だってそうでしょ?イルカの口から聞かなくちゃ意味が無い。そんな事約束できる筈が無い。

「お前が語る真実よりも、この人が欲しい。」

もう、このままでもいい。

驚くイルカの前で、カカシはそう言った。

続く