(3)

男との奇妙な共同生活が始まって三日が過ぎようとしていた。
流石植物と言うべきか、男の目覚めは早かった。
毎日夜明けと共に目覚め、もたもたとした手つきで、しかしきっちりと忍服を着込んだ。
着替えにあまりに時間がかかるし、任務でも無いのに窮屈だ。

買出しの時に服でも買ってきてやるんだったな…失敗した…

次回は必ず買ってきてやろうと思いながら、カカシは自分の服を手渡した。
ゆったりとした明るい草色のセーターはずっと押入れの中に仕舞われていたもので、数少ないカカシの私服の中ではまともな方だ。
大抵カカシは任務に出ているし、忍服以外の必要性をあまり感じなかった。
一度も袖を通していないそれは、過去に誰かがくれた物かもしれないし、自分で買った物かもしれない。
もうそんな事すら忘れてしまったような代物だった。
そのセーターはまるで男の為に誂たように、不思議とよく似合った。
男もとても気に入ったようで、嬉しそうに笑いながらぺこりと頭を下げた。カカシはその様子に面食らった。

え…?頭を下げる事を知っているのか…?

実はこの三日間のうちに、こんな風に男に驚かされる事は良くあった。
何故か男には人としての生活習慣の知識があるらしいのだ。
料理ができるところも然り。初めての食事以来、男はまるで食事の用意は自分の仕事とばかりに台所に立った。
その動作は相変わらずのろくて効率は悪いのだが、男は根気よく料理した。
この三日間で皿に乗る料理が同じだった事はない。それは大して手間のかかったものではなかったが、

なんでこんなに料理の知識があるんだ…?何処で知ったんだ…?

カカシは不思議でならなかった。とんかつが出てきた時にはあまりにも違和感があって、「植物がとんかつ…?」とうっかり声に出してしまったくらいだ。その癖、男は一口も料理を食べる事は無いのだ。カカシが食べるのをにこにこと見詰めながらコップの水を啜っている。

ひょっとしてこいつは肉食で、俺を食べる機会でも窺っているんだろうか?

ふと考えて、カカシは苦笑する。こんなのたのたした肉食生物があってたまるかと思う。
捕食者は必ずしも獰猛ではないが、大抵は機敏と決まっている。
そう、男はとても動作が鈍かった。とろいというレベルを超えている。行動が一々緩慢だ。
しかし男がとろいところで、この家で急ぐ事は何もありはしない。カカシは特に支障を感じていなかったが、

途中で引っこ抜いてしまった所為だろうか?

その事が酷く気になっていた。
男を成長途中で地面から引き抜いてしまった。それに対し弊害があったとしてもおかしくはない。

口が利けないのも、食事を口にしないのも、ひょっとしたらその所為なんじゃないだろうか?

考えると不安になった。自分が何かとんでもない失敗をしてしまったかのような感覚に囚われる。
何か分かればと紙に文字を書いて男がそれを解せないかと試してみたが、文字の方もからっきし通じなかった。
 
このままでも大丈夫なんだろうか?この生活は…ずっと続く?

カカシは心細い気持ちで縁側に座る男を見詰めた。
男は午前中ゆっくりと時間をかけて食事やら洗濯やら掃除やらを終えると(そんな事しなくていいのに、男はそれをどうしてもやらずにはいられないようだった)、残りの空いた時間を縁側に座って過ごした。男の周りには不思議と雀や山鳩や綺麗な羽をした名も知らぬ鳥が集まった。まるで警戒心を持たない野鳥の姿に、初めてその光景を目にしたカカシは心底吃驚した。
鳥は男の肩や指先にちょこんと乗って、ピピピと何かを語りかけるように囀る。
すると不思議な事に、男は鳥の言葉が分かっているかのように、ゆっくりと頷いたり首を傾げたり。時にはおかしそうに噴出したりする。

この人だったら、鳥と話せても不思議じゃないなって気がする…

その穏やかな光景に笑みを浮かべながらも、カカシは何処か疎外感のようなものを感じた。

自分だけがあの光の輪に入っていけない。

そんな錯覚を覚えて。
カカシが近づくと鳥たちがサッと一斉に飛び立っていく。空を舞う鳥たちの姿を仰ぎ見て、カカシは一人取り残された男を見詰めた。
「あんたにも羽根があったらよかったのにね、一緒に飛んで行けたのに」
カカシは心にも無いことを言って、男の隣に腰を下ろした。
言葉は通じないはずなのに、よっぽど情けない表情を浮かべてしまったんだろうか。
男は吃驚したように目を瞬かせながら、フと微笑んでグリグリとカカシの頭を撫でた。
今度はカカシが吃驚する番だった。
「幾らなんでもそれは無いでしょ…?子供じゃないんだから…」
カカシは赤面して抗議したが、男は勿論分かっていないし撫でる手にも加減はなかった。

まいるね…まったく。

そう思ったが、カカシはその手を払い除けなかった。




男は風呂にも入らなかった。
きっと何処からか水分を吸収してしまう所為だろう。
男は地面から生えていた時と同じように、コップ一杯の水で毎日を過ごしていた。
今でもそれ以上の水分摂取は不味いらしい。
それなのに風呂に湯を張るのは男の仕事だ。何故か男は風呂の沸かし方を知っていて、またしても手伝おうとするカカシを頑として受け付けなかった。毎日男は釜に火を焚きふうふうと風を送る。するとその額に大粒の汗が浮かんだ。

あんなに汗掻いちゃって…大丈夫なのかねぇ…

何となく干乾びてしまいそうでカカシはハラハラした。出て行った水分を補わなくていいのかと気に掛かる。
でも余計に飲ませるのも怖くて、結局はそのままだ。
可笑しな事に、男は決して風呂には入らないのに、モアッと上がる湯気を見ると嬉しそうな顔をした。
風呂の蓋を何遍も開けてみては、周辺をくるくると回っている。
時々カカシが風呂に入っているのを遠巻きに覗いては、はあーっと心底羨ましそうに溜息を吐いた。
どうも風呂にただならぬ興味があるらしい。

変なの…

ククッとカカシは湯船の中で笑いながら、どうにかしてやれないかなあと考えていた。

あんなに毎日汗を掻いてるんだ。湯で洗い流せたら、さぞ気持ちいいだろうに…

だがそんな事は無理だと分かっている。
男は人としての心のようなものは持っているが、身体の機能的にはまるで植物のままなのだ。
コップ一杯の水しか飲まないのがいい証拠だ。男もそれを分かっている。だから湯に入りたそうな顔をしても、決して入る事は無い。

湯に浸かるのは無理でも…湯を絞ったタオルで体を拭ってやるのはどうだろう?それくらいは大丈夫じゃないか?

ふと閃いた思いつきに、名案だとカカシは少しばかり浮かれた。熱がある時に良くそうして体の汗を清める。それは十分気持ちのいいものだった。
「ね、ちょっと来て」
風呂場から大声で叫ぶと、言葉の意味が分からないにしても何事かと男がやってくる。
カカシは絞ったタオルを片手に、男のセーターをズボッと一気に脱がせた。
「…!……っ!…っっっ!!!」
男は吃驚したように目を丸くしながら、口をパクパクさせている。手足の抵抗が無いのは、まだ何が起こったのかよく分かっていないからだろう。ようやく男がじたばたと暴れだした時にはカカシは下のズボンの方もストンと膝下に摺り下げていた。
そのまま強引に風呂椅子に座らせると、タオルで優しく背中を拭いた。耳の後ろから首筋、肩とタオルを滑らせるようにして丁寧に拭ってやると、暴れていた男の動きがピタリと止んだ。どうやら思いの外気持ちいいらしい。大人しくなった男にカカシは気をよくして、

腋とか、汗を掻きやすいからなあ…

タオルを絞って、今度は腋へとタオルを滑らせた。
「…!…!!!……!!!!」
男はくすぐったいのか、ヒクヒク震えながら身を捩らせる。

くすぐったいって感じる神経があるのか…?

カカシはまた吃驚していた。足の裏の怪我を手当てしてやった時は、さほど痛そうな顔をしていなかったので、気がつかなかった。
喜びや悲しみや。感情めいたものがあるのは分かっていたが、暑さや寒さや痛みなど、そういったものを感じる知覚能力があるかどうかは分かっていなかった。男のゆっくりとした動作に紛れて分かり難かったのかもしれない。

ふうん…

カカシは男の腋から胸の方へとタオルを移動した。背中から抱き込むような形で前を拭く。乳首を円を描くように優しくタオルで撫でてやると、男の体がピクッと震えた。その反応に吃驚するほどカカシの興奮が掻き立てられた。

な、何やってんの俺…!?駄目でしょ、こんな…

そう思うのに浮きかけた男の腰を片手で抱え止めて、更に丁寧に乳首を拭う。まるで愛撫の様に乳首を転がしてはギュッと押しつぶす。散々そうした後にそっとタオルを離すと、赤くなった乳首がぷくりと尖っていた。そのいやらしい様子にカカシは下半身に熱が集まるのを感じた。
「ひょっとして気持ちいいの…?」
耳孔に息を吹き込むように囁きながら、ねっとりと舌で舐る。
「…っ…っっ…」
男は必死で身を捩ったが、それは返ってカカシを煽るだけだった。くちゅくちゅと音を立てて耳穴を舐り、片手を男の下半身へと滑らせた。カカシの手をぬらぬらとした滴が濡らす。

勃ってる…もうこんなに濡らして…

男の股間からは淫靡な臭いがしていた。
「…ねえ、もっと気持ちいいこと、していい?」
カカシは返事を待たずに男の唇を吸った。




「ね、もっと奥まで入れさせて…」
男の前をゆるゆると手で扱いてやりながら、半べそに濡れる頬をカカシは優しく舐めてやった。
丁寧に舌と指で解した後孔は、カカシの熱く猛るペニスが一気に入ってきた衝撃に慄いて、半分を咥え込んだまま食い締めてしまっていた。
強引に割り開く事はできるが、男に痛い思いをさせたくなかった。
「大丈夫だから…一緒に気持ちよくなろ?」
締め付けられて今にも暴発しそうな下半身を必死に堪えながら、カカシは辛抱強く男に愛撫を繰り返した。
だが未知の恐怖にか、半分萎えた男の性器はなかなか反応を示さない。

性急過ぎたか…

そう思いながらも宥めるように男の鼻の上にチュッと口付ける。
すると不意に男が手を伸ばしておずおずとカカシの額に触れた。その仕草にぱたぱたと零れ落ちた滴が男の顔を濡らす。
何事かとカカシが慌てて額に手をやると、何時の間にか玉の汗がびっしり浮かんでいた。やせ我慢も限界の印だった。

なんだか格好悪いなあ…

カカシが思わず照れ笑いを浮かべると、カカシの汗を拭いながら男も柔かく微笑んだ。男の体から緊張が消え、食い閉めていた内壁がカカシのペニスを解放する。その瞬間を逃さずにカカシは己の性器を男の中深くまで押し込んだ。
「……!…!…!!!」
衝撃に震える男の体を優しく抱き閉めながら、カカシは埋め込んだペニスを丸く揺らした。
さっき指先で確認した男のいいところ。そこを刺激するように先端を小刻みに擦りつけると、男の体が跳ね上がった。
硬さを取り戻した男のペニスからごぽりと淫蜜が溢れ出る。
「ん、気持ちいいね。」
カカシは子供をあやすように言いながら、一層激しくその場所を突いてやった。
すると男の体はビクビクと歓喜に戦慄いた。
開閉する男の先端からはだらしなく汁が零れ落ち、もっと強請るように男の中がうねってはカカシのペニスに絡みつく。
男の素直な反応にカカシの欲もこれ以上が無いほど煽られた。
「俺も気持ちいいよ…」
腰を抱えあげて、カカシは本格的に律動を開始した。
男の中は熱くて狭くて気持ちがよかった。下半身が蕩けてしまいそうだ。
より深くを犯すように激しく腰を打ち込みながら、カカシは切ないような幸福感が胸を一杯にするのを感じた。
何処か空っぽだった部分が満たされていく。ずっと欲しかったものが今この手の中にあった。
一人で居る時はこの無上の幸福を知らなかった。
溶け合う喜び、分かち合う温もり。
知ってしまった今ではそれを失う事が何よりも怖かった。
だがそれはなんと幸せな杞憂なんだろうかと思う。
どちらもこの腕の中の存在がなければ、知りえなかった感情だ。

離したくない…あんたが植物でも何でも構わない…あんたがいい…俺はあんたが…

カカシは堪らない気持ちになった。
「好きだよ、」
思わず言葉がついて出た。
「好きだよ、あんたの事が。好きだ。好きだ好きだ好きだ…」
返事が無い事は分かっていた。その言葉が男に通じない事も。それでも言い続けていたかった。
男の中に放ちながら、カカシは涙を零していた。
それは雪解けの水にも似て、春の訪れを告げる温かな腕がカカシを抱き締めていた。




それからが大変だった。
いい雰囲気だったのも束の間、男が急にグッタリとしてしまったのだ。
「ちょ…、大丈夫…っ!?」
回された腕がぱたりと床に落ちるのを見て、カカシは心臓を凍らせた。
受身側に如何に負担がかかるとしても、男の消耗具合は尋常じゃなかった。
どうしてこんなと考えてカカシはハッとした。

そうだ…や、やっぱり中で出したのが不味かったんじゃ…吸収しにくそうだけど水分といえなくも無いもんね…

オロオロと吐き出した精液を掻き出しては、、

い、いや待てよ…前を弄ったのがいけなかったんじゃないか?
コップ一杯の水しか飲んでないのに、この大量放出は幾らなんでも干乾びそうだ…

同じように遂精に濡れる男の前を見て、一人あれこれ考えながらタオルで汚れを拭ってやる。

どうしよう…どうしたらいいんだ…

男の閉じられた目蓋は開きそうにも無い。取りあえずカカシは男を布団の上へと運んだが、そのまま放って置いていいのか良く分からない。男のいつも健康的な肌色が青褪めているのを見て、カカシの不安はこれ以上も無く高まった。とてもジッとしてはいられないのに、さりとて他に何をしてやればよいのか分からない。馬鹿の様に男の枕元をウロウロしていたカカシは意を決したように台所に駆け込むと、コップ一杯の水を汲んだ。

どう考えても水分が足りないんだ…きっとそうだ…

正常に体を機能させるに必要な水分量が不足してしまったのだ。だから水を補給してやればいい。カカシはそう考えて、コップの水を少しだけ口に含んだ。そっと男の唇に己の唇を重ねて一瞬だけ躊躇する。このまま水を流し込んでいいものかどうか。自分の判断は間違ってはいやし無いか。『水は一日コップに一杯』。男は今日の分をもう飲んでしまっている。水を飲ませてもっと容態が悪くなったら。

でも何もしないで、手遅れになったら嫌だ…

重ねた唇の冷たさにカカシの躊躇いは消える。男の顎に手をやり口を開かせると、カカシは口移しで水を流し込んだ。
それでも何処か恐ろしくて。少し含ませては男の様子をジッと確認する。何の変化も無いことに安堵と落胆とを感じながら、カカシは時間をかけて少しずつ男に水を飲ませた。半分も飲ませたところで、腕の中の男の体温が戻ってきたような気がした。
長く抱き締めていて自分の体温が移っただけかもしれないのに、カカシは酷く励まされた。
「今度は俺が温めてあげる…」
カカシは残りの水も全部含ませると、男の傍らに滑り込んでその体をギュッと抱き締めた。
頬を摺り寄せ、きつく指先を絡める。
「大丈夫だよね…?」
後は待つ事しかできない。
「目を覚まさない事なんて、ないよね…?」
自分で口にしながら堪らなく不安が掻き立てられた。思わず抱き締める手にぐっと力が入る。
カカシは自分の浅ましい激情を後悔した。

あの時あんな事をしなかったら…

そう考えてカカシは首を横に振った。遅かれ早かれこうなっていた筈だ。だって我慢できない。
こんな状況でも、あの時の男のいやらしい姿を思い出すだけで胸が昂るというのに。
「ごめんね…」
そっと男の唇に口付けると、男の黒い睫が微かに揺れた。その目蓋がゆっくりと開く。
男の肌の色は何時の間にか温か味を取り戻していた。


続く