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カカシの意外な言葉にイルカは瞬間きょとんとした。

白い花に似てるって・・・・俺が言ったって?カカシ先生に?

考えながら首を捻る。そんな記憶は全く無いし、今でも猫柳以外にカカシに似てると思う花を思いつかない。元々花の名前や種類にとても疎いのだ。

「いや、そんな事言ったのは今日が初めてですよ。」

カカシもその答えを想像していたようで、「やっぱりそうですよね・・・・イルカ先生がそんな事言ってたら、俺忘れてる筈無いし。」と、あっさりと引き下がった。
だが、何処かカカシの顔に影が差しているのに気付いて、イルカは何処となく不安になる。その時ふと、失った記憶にその事が関係しているのではないかとイルカは思った。確かな映像として捉えることのできない、記憶の残像のようなものがちらついてるのではと。その奇妙な感覚はイルカにも分る。あの火の種の夢を見た後の、ただの夢として片付ける事のできない不思議な感覚。漠然としながらも、どこか自分の心の奥底を震わせる。

カカシ先生も今そんな感じなんじゃないだろうか。

イルカは突然昨日の自分の不可思議な行動を思い出し、瞬時にぼっと顔を赤くさせた。

昨日俺も変な感じだった・・・・何か良く分らない衝動に突き動かされて・・・・カ、カカシ先生の手にキ、キスを・・・・!!

あまり今までのカカシの無礼をどうこう言えない自分の行動に、イルカは思わず「ううう〜〜〜!」と呻き声を上げて頭を抱えていた。

「ど、どうしちゃったの、イルカ先生突然・・・・顔もトマトのようですよ・・・・ねぇ、やっぱりアレかな・・・・イルカ先生アレなんじゃないかな・・・・」

カカシは一人ニヤニヤと意味ありげにイルカを見詰める。そんなカカシにイルカは何故かどぎまぎした。アレって何だ。自分が何だというのか。カカシの言おうとしている事が見当もつかなくて、イルカは返答に困ってじっとカカシの次の言葉を待った。するとカカシは自信たっぷりに高らかと言い放った。

「イルカ先生は気が付いてないみたいだけど・・・あんた俺を好きになっちゃったんですよ。絶対です!だって毎日お見舞いに来て、手にはキスまでするし。それにそんなに顔を赤らめて、熱い眼差しで俺を・・・・・・。」

ちょっと待ったーーっ!!!!」イルカはカカシの言葉を聞いていられなくて、遮るように大声で叫んだ。

「あ、あんたまた勝手に自分に都合のいいように・・・・!」と言いながらも、丁度そんな自分の行動を不審に思っていたところだったので、イルカは必要以上にうろたえてしまった。まるで図星をさされて慌てふためいているようにも見える。あわあわと言葉もなく口をパクパクと開閉させるイルカの傍らで、カカシはウンウンと頷きながらしたり顔だ。

「俺は別にあんたの事なんか・・・・っ」

一生懸命イルカが反論しても、そんな事言っても分かってますよ、と言わんばかりにカカシの態度が気に入らない。イルカはムキになればなるほどカカシを喜ばせている事に気づき、終いには憮然と口を閉じた。
しかし、カカシの言う通り、そう考えれば昨日のキスの不可解さに説明が付く事に、イルカは内心愕然としていた。どうしてあんなことをしてしまったのか。今でもよく分からない。

好き・・・・なんだろうか。

カカシの言葉の暗示にかかりそうな自分にハッとして、イルカはそれを掃うようにブンブンと大きく頭を振った。危ない危ないと小さく呟きながら、そういえばとイルカは思った。

カカシ先生と俺は以前はどんな関係だったんだろう。
あんまり深く考えてなかったけど・・・よく考えると、な、何か気になるな。

カカシが禁術を使った場に自分も共に倒れていたという。それは巻き込まれたのか。それとも共犯なのか。ついイルカが思い耽っていると、ゴツンと床を叩くような派手な音がした。えっと思って顔を上げると、何とカカシは頭を逆さにして半分ベッドからずり落ちていた。ゴツンというのはカカシの頭が床にぶつかった音らしい。

「カ、カカシ先生大丈夫ですか!?何やってんです!?」

イルカは慌ててカカシの身体を抱き起こして、「なんじゃこらあ?!」と間抜けな声を上げていた。カカシは頭というより顔から落ちたらしく、夥しいほどの鼻血を流していた。助け起こしたイルカも血塗れだ。
鼻血をだらだら零しながら、カカシは照れ臭そうに、

「やー失敗しちゃいました〜・・・l昨日より調子がいいから自分で起き上がってみようと頑張ったんですけど・・・・落っこちて鼻血出すなんてコントみたいですねえ・・・ここはぎゃふんと言うべきですかね?ごめんね、イルカ先生・・・」と三日月に目を細めて笑った。

「何馬鹿な事を・・・・」

イルカはカカシの鼻血を拭い、ベッドに寝かせてやりながらカカシの笑顔を痛ましい気持で見ていた。出来るなら、早くカカシを元のような元気な状態に戻してやりたい。こんな状態で笑うカカシを見ると、イルカは辛いものを感じる。

俺の記憶が戻れば、カカシ先生を助ける事ができるんだろうか。

記憶を呼び戻す。そう考えただけでも何か嫌な汗をかいてしまう。しかもそれは一つの可能性で、それで本当にカカシを救えるかどうかは不明なのだ。けれども、火影が頭を下げるくらいだ。言い換えればそんな些細な可能性に賭けるしかないほど、カカシを救う手立てが見つからないのだ。

俺の記憶が戻れば・・・・戻りさえすれば・・・・

イルカは複雑な表情でカカシを見つめた。カカシが胸の上で組んだ手の欠けた薬指が、またイルカに何かを訴えてくる。禁術の代償として失われたという指先。やはり自分は禁術に何か関わっていたんだろうか。

「カカシ先生・・・・ちょっとだけ、手に触れても・・・いいですか?

 カカシはイルカの言葉に一瞬吃驚した顔をして「もももも、勿論ですよっイルカ先生!ってゆーか、寧ろ触って?俺に」と激しく暴走気味だ。イルカは「いやらしい言い方しないでください。」と少し顔を顰めながらも、躊躇いがちにカカシの指先に自分の指先を這わせる。そうすれば何かを思い出せるような気がして。何度も欠けた指先をなぞっていると、何かがイルカの胸に込み上げてきた。イルカはその感覚を見極めようと、夢中になって指をなぞった。
しかしその時突然、カカシが熱い息を吐いて興奮気味に叫んだ。

「あの〜・・・他も触ってくれてもいいですよ・・・・イルカ先生の好きにしてください・・・!」
イルカ先生に俺を捧げます〜〜〜!俺にもイルカ先生をくださいねっ俺もあなたしかいらない!!です〜〜〜!!

 「何言ってんだこの変態野郎が〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!!!」

遂にイルカは切れて大絶叫した。失った記憶について考えていた事は、あっという間に頭から消えてしまっていた。

またその晩夢を見るまで。

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