(8)

どおいう事、信じられないな〜。イルカ先生が連続でお見舞いに来てくれるなんて・・・・」

カカシは病室に入ってくるイルカを認めて、懐こい、嬉しそうな笑顔を浮かべた。イルカはわざと憮然とした表情を作って、「いけませんか、俺がお見舞いに来ちゃ。」と開き直る。
カカシはそんなイルカの態度に少し驚いた顔をしながら、「いいえ!嬉しいです・・・!気紛れでも面白半分でも、同情でも何でも!イルカ先生なら嬉しいです・・・・!」とイルカを宥めるように息急き切って叫ぶ。

何だよ、その言い草は・・・。俺が酷い人間みたいじゃないか・・・・。

イルカはそう思いながらもカカシの手放しの喜びように、気恥ずかしいような、嬉しいような、よく分からない居心地の悪さのようなものを感じた。カカシは昨日よりは少し元気になったようで、明るい調子を取り戻していた。

「イルカ先生には、できれば毎日来て欲しいな〜って思うくらいです。」とニコニコと相好を崩しながら、「だから・・・・毎日来てはくれませんかねぇ・・・?駄目?」と控えめながらちゃっかりした一面も見せる。
イルカはそんなカカシの様子に、イルカ先生いいですか、駄目です、いいですか、駄目です、と押し合いをしていた騒がしい日常を思い出し、口の端に薄い笑みを浮かべた。あの時はこんな事になるとは露ほども思っていなかった。あの頃のカカシの態度に対する悩みは、今の悩みに比べたら何と些細なものなのか。イルカは俄かに気持ちが塞がれていくのを感じながらも、それを誤魔化すようにわざと大袈裟に呆れてみせた。

「あんた、昨日は俺に会いたくなかったとか言ってたじゃないですか。」

「でも顔見たらもう駄目です。我慢できません!」
俺は毎日イルカ先生に会えないと駄目なんです、そういう風にできてるんです!だから、責任、とって?イルカ先生大好きv

ぎゃあぎゃあと喚きたてるカカシに、今では僅かばかりの安堵すら感じてしまう。イルカは苦笑しながら、お見舞いとして持ってきた猫柳を花瓶にさした。イルカがそれを見舞いの品として選んだのは、そのふわふわとした白い絹毛をした花穂が、何となくカカシの豊かな銀髪を髣髴させるからだ。その優しい姿が運ぶ暖かな春の訪れに、見るものの心も自然と和むような気がした。

猫柳って、カカシ先生に似てると思いませんか?この白い花穂のふわふわとした感じがすごく。だからお見舞いの花はこれにしたんです。」

あ〜・・・とカカシは少し考えをめぐらせながら、「それは・・・・俺は花のように可愛いって事ですか?それとも俺の事を花のように愛でたいということですか?あの・・・喩えが難しいんで、もうちょっと易しく・・・・」と至極真剣な顔をして頓珍漢な事を言う。

「何言ってるんです・・・!?喩えがどうのって・・・言葉のままだろうが!?」

イルカが大声でつい怒鳴ってしまうと、カカシはクククと小さく笑いながらも、「あ〜よかった。いつものイルカ先生ですね・・・なんか元気ないみたいだったから・・・ちょっと心配してました。」と何の気なしに零した。
その言葉に、自分はそんなに顔に出ていたのかと、イルカは吃驚すると同時に自分を不甲斐なく思った。こんな状態のカカシに気を遣わせている。実際イルカの心は不安と憂いでいっぱいだった。昨日火影から聞いた事実は、イルカにとってはかなり衝撃的なものだった。自分はかつてカカシと知り合いであったという事。そしてイルカが記憶を失った戦争でカカシも記憶を失っていたという事。その時に使った禁術がカカシの今の状態を招いているかもしれないという事。どれもこれも今のイルカには覚えのない事で、俄かには信じがたいものばかりだ。
だが火影がわざわざそんな嘘をつく理由もなく、それは真実なのだ。そして火影は言った。イルカの失った記憶を呼び覚ます術を施してもいいかと。
イルカはその問い掛けに対して、結局、頷く事も首を横に振る事もできなかった。
何故ならばその言葉を聞いた直後に、イルカは意識を失ってその場に倒れこんでしまったからだ。イルカの常ならぬ様子に火影も思うところがあったのか、記憶を呼び戻す事は取り合えず保留という事になった。イルカは追って火影の沙汰を待つ状態だ。これを不安に感じぬ筈がない。
どうしてなのか、火影の言葉を聞いた瞬間、恐ろしいような何か思い出したくないような気持ちに強烈に襲われた。それでいてそれと同じくらい思い出したいような気持ちも感じた。その感情のぶつかり合いが答えを出す事を拒むイルカから意識を奪うようだった。

一体過去に俺とカカシ先生の間に何があったというんだろう・・・・

イルカはカカシを見つめながらじっと考える。失くした記憶がカカシのイルカに対する奇妙な執着を生んでいるのだろうか。
そして。
自分の見るあの夢は、ひょっとしたら現実で、過去の失われた記憶の断片なのだろうか。

イルカが沈んだ顔で黙っていると、カカシも猫柳を見つめたまま、何故かじっと黙っていた。すると突然カカシが思いがけないことを言った。

「イルカ先生、以前にも猫柳みたいな・・・何か白い花を俺に似てるって言った事ありませんか?」

カカシは何処か遠くを見るような、煙るような表情をしていた。

 

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