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カカシは追って来る敵とつかず離れず適当な距離を保ちながら、時には牽制のクナイを振るって、気取られない様に仲間の待つ包囲網まで誘導する。余裕のようでいて、カカシを追随してくる敵の数は一個小隊ほどもあり、一瞬でも気を抜くと命取りになる。誰にでも出来る芸当ではない。

だからって、扱き使い過ぎデショ。

ギリギリの緊張感を維持しながらカカシは薄く笑った。派遣された木の葉の部隊は少数精鋭で、迎え撃つ敵の人数に対してあまりに少ない。派遣された木の葉の忍一人の戦闘能力が、一個小隊のそれを上回るという計算のもと弾き出された人数だった。万が一に備えて、ある程度の戦力も木の葉に残しておかねばならぬとはいえ、酷使しされ過ぎだとカカシは思った。いけすかない狸爺いめ、とカカシは内心火影に向かって暴言を吐く。
木の葉の放った秘密部隊は3部隊に分散して各々の国に潜入し、謀反を企てた3国が開戦に踏み切る前に、3国間の連携の弱い所を突いた。まずは情報の混乱を謀り3国間に不審の種をばら撒く。元より利害関係のみで繋がった3国の間で種は萌芽し、あっという間に葉を茂らせた。後は簡単だった。3国間で小競り合いのようなものが起き始め、足並みが揃わなくなってきた所で火の国は強攻策に打って出た。戦争の火蓋は今切って落とされたのだ。

はあ〜・・・。生きて帰りたいねえ・・・。

カカシはぬるつく脇腹に手を当てて苦笑した。敵のクナイを一発食らってしまった。毒が塗ってあったのか、意識の芯が痺れてくる。毒に耐性があるとはいえ、早く辿り着かなくては不味いことになりそうだ。疾走する足が鉛のように重くなってきた時、「ご苦労さん」と自分の横を自分が来た方へとすり抜けていく影があった。振り向かなくても、それが誰だか分かった。その言葉が合図だったかのように、パラパラと姿を現した仲間が、また影の様に散る。カカシが疾走する足を緩めると、背後で轟音が鳴った。と同時に次々と上がる悲鳴を耳にしながら、カカシはその場に腰を下ろした。髭面が結界を張ってくれたらしい。少し休めということだ。余計なお節介をと、いつものカカシなら軽い屈辱感を覚えるところだが、今回は大人しく従うことにした。子供騙し程度の毒が思いの外効いている。それにこの身体の疲労感は一体どうしたことか。自覚できるほどの回復力の低下に、カカシは荒い息を吐きながらチッと軽く舌打ちした。

実戦から離れてた所為かね・・・は〜やだやだ。情けない。

カカシは解毒剤を口に含むと、ホルダーからナイフを取り出して毒で壊死した部分を素早く抉り取って縫合した。その上から患部を乾燥させるための粉末をかけ、ガーゼを当てて包帯を巻く。これで一安心だとほっと息を吐いて空を見上げると、空はいつもと変わらない表情をしていた。空は青く高く澄み、白い雲がその海原を流れている。地上では血みどろの戦いが繰り広げられているというのに。カカシは雲の行方を追いながら、あの雲はどこまで行くのだろうかと思った。あの人のところまで行くのだろうかと。

「会いたいなあ・・・」カカシは独り言ちた。

俺のポッカリあいた心の隙間を埋めてくれる人。

何時の頃からだったろうか。
ずっと、ずっと。心が半分欠けている様な気がしていた。
何か一つであったものが、引き千切られてしまった様な気が。
欠けているものが何なのか分からないのに、探していた。ずっと。
自分の頭の中でいつも声がしていた。
早く辿り着かねばと、自分を急き立てる声が。
その声は狂おしいほどに自分を駆り立てる。

何か分からないけれども、失くしてしまったのだ、俺は。
とても大切なものを。

この心に大切なものがあった。

それは確かにそこにあったのだ。そう感じるのに。
感じるだけで。何も分からなくて。

割れた鏡の欠片を集めるように、記憶の欠片を全て繋ぎ合わせたら、
何か映るだろうかと思ったけれど、繋ぎ合わせる欠片すらなくて。

その事を考える度左手の薬指が痛んだ。ずっと昔に欠損した指先。
お前も欠けた指先を探しているのかと憐れに思った。

ずっとずっと、探していた。だからすぐに分かった。

初めて会った時に、すぐに。

「はじめまして、カカシ先生。宜しくお願いします。」

穏やかに顔を綻ばす人。差し出された右手を恐る恐る握りながら、あんただったのかと思った。
手の中に確かに感じるその存在に泣きたくなった

やっと辿り着いたのだと感じた。

失くしてしまった、大切なものに。やっと辿り着いた。

「イルカ先生・・・」

溜息のように呟くと、何時の間にか隣に立っていた大男が、ケッと呆れたような声を上げた。

「何がイルカ先生・・・だよ。人が死闘繰り広げてる間に悠長なもんだなあ、おい。」

男は自分も一休憩とばかりに、胸ポケットから煙草を出すと、口に咥えて火をつけた。

「・・・どっちが悠長なんだ〜よ。も〜折角のムードぶち壊し・・・何?もう終わったの?」

カカシが視線を向けないまま、不貞腐れたように言うと、

「ま、この場は終わったな。だが休んでる暇は無え。次の作戦場所に移るぞ。さっさと立ちやがれ。」と髭面の男がカカシを急かす。

「あ〜やだやだ。毎日髭面ばっか拝んで。もう耐えられない〜よ・・・本当、もう嫌。苦しい・・・会いたいよ、イルカ先生・・・・」

スンスンとわざとらしく鼻を鳴らすカカシに、アスマが「お前ぇ正気か!?全く・・・聞いちゃいられねえ・・・勘弁してくれ!」と嫌そうに眉を顰めると、咥えていた煙草を地面に投げ捨て靴底で残り火を消した。

「ったく・・・またイルカに会いたいんなら、もう一頑張りしろ。取り合えず、生きていて良かったじゃねぇか。そういうこったろ?まぁ、あいつはお前に会いたくねぇかもしれないけどな。」

「アスマ煩い」

不機嫌そうに立ち上がるカカシに、アスマと呼ばれた大男は失笑を漏らした。こんなに感情を露わにする奴じゃなかったのにと思う。抜き身の刃のような男だったのに随分と変わったものだ。まさかあの中忍先生に本気とは思っていなかったが、どうやら本当に本気らしい。拗ねるカカシは鬱陶しいけど、悪くはない。折角だからもう少し生き延びさせてやりたいと思う。帰りたいなんて思ったことは、この男は初めてだろうから。

「咲かずに散らん想い花・・・ってか。そりゃ、お前が憐れってもんよ。」

アスマがニヤニヤと笑うと、

「何の話?馬鹿な事言ってないで先行くよ。」とカカシが胡散臭げな声で告げて、地面を蹴った。

「いや別に。気合入れていこうぜって事だ。俺も行くぜ。」

アスマがそう言って、カカシの後に続こうとしたその時、前を行くカカシの姿が大きく傾いだ。前のめりに倒れていくカカシの姿を、アスマは信じられないものを見るような眼差しで見つめていた。

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