(24)

反吐が出た。カカシの指先が、唇が、舌が。俺の肌を辿る度に嫌悪に膚が粟立った。
傲慢に気紛れに。俺という人格を踏みにじるだけでは飽き足らず、友人を死に至らしめた男。
俺はカカシを許すことが出来なかった。無駄だと分かっていても死ぬほど抵抗した。カカシもまたそんな俺を屈服させようと死ぬほど鞭打った。 打たれれば打たれるほど萎えずに燃え盛る敵愾心とは裏腹に、体の方はあまりの痛みと出血に力を失っていく。ぐったりと四肢を投げ出す俺に、カカシは情け容赦なく覆い被さってくる。快楽など感じる筈もなかった。心も体も未だかつて感じた事のない痛みにばらばらに砕け散ってしまいそうだった。同じだった。かつて俺を輪姦しようとした奴らと。何処も違わなかった。それどころかあいつらの方がマシだとすら思った。

あいつらは俺の友達を殺すような事はしない。

扱いても萎縮したままの俺の性器にカカシは小さく舌打ちしながら、強引に割り開いた俺の内部の感じる部分を、小刻みに擦りつける様にして執拗に己の先端で突き荒らした。そうされるとどんなに嫌でも下半身に熱が溜まり、萎えた性器は浅ましく汁を零しながら腹につくほど反り返った。
しかし簡単に火の点く体と違い、心は冷え切ったままだった。突き上げられて込み上げてくるのは快楽でも嬌声でもなく、どうしようもない嘔吐感だった。俺はそれを我慢できなかった。我慢する気もなかった。俺は何度か激しく突き上げられた後、堪らずに口から胃液を吐いていた。その時何も口にしていなかった俺の胃は空っぽだったのだ。胃液は行為途中のカカシと俺を汚した。ごほごほと苦しげに咽る俺からカカシは体を引いた。

殴られる。

俺は咽ながらもそう思って、反射的に腕で顔を隠した。顔を殴られるのはキツイ。せめて腹や背中にして欲しかった。
だが思いがけず、カカシは苦しげに息を吐く俺の体をそっと抱き起こすと、汚れもそのままに抱き締めるようにして、まるで宥めでもするかのように俺の背中を優しく撫でた。その指先が腫れ上がり、時には裂けた背中の傷跡に触れる度に、ピクリと大袈裟に震える。自分がつけた傷に今更気付いて恐れ戦いているかのように。
その時、痛いか、とカカシが聞こえるか聞こえないかの小さな声で耳元で呟いた。気遣うようなその言葉に、俺は瞬間頭に血が上った。

痛いかだって?痛いに決まってる。
しかもその痛みは全てあんたが齎したものだ。
どの面下げて痛いかなんて俺に訊けるというんだ?

カカシのささやかな気遣いは俺の怒りを煽るだけでしかなかった。今更どうしてそんなに指先を震わせているのか。もう何もかもが遅いというのに。そう思った瞬間、俺の瞳の奥にぐっと熱いものが競りあがってきて、視界が溶けた水彩のように滲んだ。それは涙の所為だとすぐに知れた。一体何の涙なのかと俺は思った。友を失った悲しみなのか。蹂躙される悔しさなのか。カカシに対する憤怒なのか。それとも――――。

「あんたは・・・・っ・・・・俺から・・・全てを奪った・・・・・!」

俺は咽る苦しげな息遣いの元で、それでも力を振り絞って叫んだ。力の入らない体の変わりに、睨み付ける瞳には精一杯の力を込めて。その瞳からは堪え切れなかった大粒の涙がボロボロと零れ落ちていた。涙でぼやけている所為なのか、瞳に映るカカシの顔がゆらゆらと心許なく揺らいで見える。またそんな顔をして、と俺は内心苛立ちを抑え切れなかった。

どうしてそんな顔をするんだ。痛いのは俺だ。傷ついてるのは俺の方だ。
それなのにどうしてあんたが傷ついてるかのような顔をするんだ。

俺は思わずぎゅっと目を瞑った。どうしてだかそのカカシを見ていたくなかった。

「あんたは・・・俺の心を・・・体を、滅茶苦茶に踏みにじって・・・・そ・・そして・・・ヒラマサを・・・俺の友達までも・・・巻き添えにした・・・・!痛いに・・・・痛いに決まってる・・・・・心も体もっ・・・・痛いに決まってるだろ・・・・・っ!」

ヒラマサの名前を口にした瞬間、カカシは俺の背中のぱっくりと裂けた傷跡に爪を立てた。突然の抉るような痛みに小さく呻いた俺をカカシは骨が軋むほどの力で抱き締めた。

「その名前を口にするな・・・・!あんたは俺のだ・・・・・!全部俺のものなんだ・・・・・!」

 命令でありながら懇願するような縋るような響きを持つその声は、しかし俺の凍えた心を打つことはなかった。

「あんたのものなんかじゃない・・・・!」

俺は咄嗟に叫んでいた。

「俺はあんたのものなんかじゃない・・・・!」

叫ぶ俺の体をカカシは突然地面の上に叩き付けた。そしてすぐさま動けないように背中を足で踏みつけた。立てかけてあった馬鞭を手に取る音がことりと聞こえた。次に齎される痛みを思って、俺が体を思わず震わせた時。その声は降って来た。

「俺が・・・・どんな思いをして生きてきたか・・・・あんたは知らないくせに・・・・・!俺に生きろと強いたのはあんただ・・・・!」

聞いた者の心を揺さぶらずにはいられないような、無様に掠れた、悲痛な叫び声だった。
カカシの言っていることが分からずに俺が物問いたげに顔を上げた瞬間、風を切る勢いで鞭が振り下ろされた。

俺は痛みに問うべき言葉を失った。
そしてカカシのその言葉の続きを二度と聞くことはなかった。

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