(21)

「いいものが手に入ったからあげる。」

手ぇ出して?とカカシに促されて俺は特に何の疑いもなく手を差し出した。手のひらに乗せられたのは角砂糖が二つ。食糧すら満足に調達する事のままならない戦場では貴重品だ。上の一部の者だけに特別に支給される嗜好品を、カカシはよくこうして俺にくれるようになっていた。それは飴玉だったりカステラだったりとその時によって違い、しかも大した量でもない。始めのうちはそうした物をカカシから貰う事に抵抗があった。まるで体を明け渡した事に対する報酬のように感じたからだ。しかしそんな物はいらないと拒むと、カカシはそれを平気で靴底で踏みつけ無駄にした。あんたが食べないなら別に俺もいらないからと、貴重な品を、いとも簡単に無造作に。俺は呆然とした。戦場では何日も食事にありつけない時もある。生き延びたいのならば食べ物を無駄にするなんて、そんな馬鹿な事をする奴はいない。

この人は本当に一流の忍なんだろうか。

俺は心底呆れたものだった。そうした支給品を無駄にするに忍びず、俺は仕方なくそれを口にするようになった。始めて口にしたのは饅頭か何かだったと思う。食べた物はうろ覚えなのに、久し振りに口にした甘いものに、何処か疲れが取れるような気がしてホッと顔を綻ばせてしまった事を今でも鮮明に覚えている。そしてその時カカシが小さく笑った事も。その一瞬のカカシの笑顔に俺はどうしようもなく胸がざわめくのを感じて狼狽した。

幸せそうな笑顔をしていた。

何故だか知らないけど、俺が支給品を黙って食べているとカカシは嬉しそうに笑った。いつもいつも。どうしてそんな顔をするのか、そんな顔をしている自覚はあるのだろうかと思った。そして同時に俺自身も今どんな顔をして支給品を食べているのだろうと焦りを感じた。どうしてなのか、何となく自分の頬が熱いような気がしていた。
俺とカカシの関係には何等変化もなかった。二人の間に大した言葉のやり取りはなく、求められれば体を開く。今や繋いだ体から漏れるのは苦痛の呻き声ではなく、甘やか喘ぎのようなものに取って変わっていた。
男に突っ込まれて快楽を感じる自分。その事実は俺を絶望のどん底に突き落とす筈なのに。そして確かに俺は絶望と諦念を感じていたのに。それとは別の、形の無い微かな感情が俺の心にひっそりと息衝いていた。それが何なのか分からないまま。

この感情は何なんだろう。

思いながらも俺は無言のまま角砂糖を口の中に放り込んだ。途端舌の上で溶けていく甘さに俺は思わず顔を綻ばせる。カカシはそんな俺を表情の抜け落ちた顔をして見詰めていた。

いつもと違って冷たい瞳をしている。

俺はそんな気がして胸をドキリとさせた。気の所為かと思ったが、それを決定付けるようにカカシは口の端を片方だけ吊り上げ、歪んだ笑みを浮かべた。その酷薄な笑みを俺は良く知っていた。最近久しく見ていなかったが、その微笑みは出会った当初―――俺を残虐に鞭打ち蹂躙していた時のものだった。ぞくりと背筋を震わす悪寒に俺は全身の毛穴からどっと冷や汗を噴出した。しかし瞬間退いていった体温は急激な熱の上昇を以ってすぐさま俺の体を火照ったものに変えた。燃え盛る炎が体の内側を溶かしてしまったかのように、体中が熱くてたまらなかった。

「あ・・・っ・・・何で・・・・?」

ビクビクと痙攣するかのように体を震わせながら俺は思わずその場に蹲った。蹲った体の真ん中で、何の刺激も受けていないのに恥ずかしい箇所がぴくぴくと首を擡げているのが分かった。眩暈がして上手く物事が考えられない。俺は自分の体の異常に狼狽した。

おかしい・・・・急にどうしてこんな・・・・!

はあはあと乱れた息を漏らす俺に、カカシがクックッと意地悪そうな笑い声を上げながら近付いてきた。

「即効性だって知ってたけど・・・まさかこれほどまでとはねぇ・・・・」

言いながら俺の中心にするりと手を伸ばす。ぼんやりとした頭の中に飛び込んできた即効性という言葉に、俺は目を剥いた。

まさかカカシは俺に何か薬を・・・?

一体何時の間にという疑問にさっきの角砂糖が頭に浮かぶ。あれに混ぜ物が、と俺は唇をきつく噛んだ。何の薬かと訊かなくてもすぐに分かった。欲望に滾り張り詰めた俺のものが全てを伝えていた。

催淫剤。しかも強力な。

どうしてこんなことを、と口にしようとしてそのあまりの馬鹿らしさに口を噤んだ。今までだって散々無体を強いられてきた。カカシにとってこんな事、特に意味はないのだ。また俺を弄る新しい趣向を思いついたのだ。それだけの事だ。それなのにどうしてなのか、俺は自分の胸に苦いものが広がっていくのを感じた。もうこれ以上ないほどこの男には傷つけられ奪われたはずなのに、俺はまた自分の心に新たな傷を付けられたのを感じた。

「や・・・・っ!」

伸ばされたカカシの手を跳ね除けようとしても、緩慢な動きの俺には防ぎようがなかった。布越しに撫で回されただけで俺の体は大袈裟に跳ね、口からは淫らめいた喘ぎが引っ切り無しに零れた。カカシの指先が俺の形をそっと辿るだけで、先端から滲み出るものが見る見る間に布地を濡らしていく。

「ね・・・・つらいでしょ・・・・・?いっぱいして欲しい・・・・?」

カカシは直に俺のものを握り込みながら、耳孔に息を吹きかけるように囁いた。それだけでヒクンと体が震える。緩急をつけて扱かれると、信じられないほどの悦楽が脳髄をも痺れさせた。カカシは恍惚と喘ぐ俺に薄っすらと笑みを浮かべ、「俺にして欲しいんでしょ・・・・?」と巧みに愛撫の手を追い上げては緩める。終いには止められてしまった手の動きに、俺は情けなくも涙を零していた。こんな情交は耐えられないと思うのに、浅ましい体は続きを求めていた。

俺を何処まで貶めれば気が済むのか。

嫌だと思う気持ちとは裏腹に、俺は何時の間にか腰を揺らしていた。体の中心が熱かった。痛いほど張り詰めたそれが解放されたがっていた。

「ほら、答えて・・・?」

カカシが俺の先端に焦らすように爪を立てた時、俺は嬌声を上げながらカカシの首にしっかりしがみついて訳も分からず何度も頷いていた。カカシは上機嫌な笑みを浮かべると、俺に服を全部脱いで自分から跨るように命令した。俺は言われた通りに服を脱ぎ、自らカカシの上に跨った。

「自分で入れて、動いて。」

そうしたら前は俺が扱いてあげる。

淫らな事だと分かっていても、カカシに握られてしまった後ではもう何も考えられなくなってしまった。俺は言われるがままに従った。俺がちゃんと動かなければカカシの手はすぐに動きを止めた。

「あ・・・あぁ・・・っ・・・ちゃ・・・ちゃん、と・・・して・・・・・っ」

俺は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら訴えた。普段ならば決して口にしないような言葉だった。薬の齎す悦楽が俺から理性という理性を根こそぎ奪い取り、残っているのは快楽を貪欲に貪ろうとする体の欲求のみだった。

「ちゃんとして欲しかったら、ほら、しっかり腰振って俺を気持ちよくさせて?」

カカシは緩く腰を突き上げながら、俺の前をやわやわと愛撫する。堪らなかった。早くもっと強く扱いていかせて欲しかった。俺は夢中になってゆさゆさと腰をゆすった。意識は飛びかけていた。

その時。

「失礼致します。」と天幕が開いた。

誰かが息を詰めた後、怯んだ様子で入ってきた。いつもだったらその事にいち早く反応して、羞恥に煩悶しながら身を隠そうとするのに、絶頂を間近にして俺は快楽を追いかけることに集中していて、その声が耳に入らなかった。

「あ・・・ああ・・・っ・・・ああぁぁ・・・・・っっっ!」

次の瞬間激しく腰を揺らしながら俺は体を仰け反らせ、前から汁を勢いよく撒き散らしていた。はあはあと荒い息を吐く俺を抱き抱えながらカカシが涼しげな声で言った。

「ああ、ご苦労様。これ、明日の任務についての詳細。あんただけの極秘任務だから、読んだら燃やして。じゃ、よろしくね?」

誰かが来ていたのか・・・?

カカシの言葉に俺はようやく事態を把握して、羞恥にカッと全身を赤く染めた。見られてしまった。俺が男に突っ込まれていやらしくよがる姿を。自ら腰を振って悦楽に耽る姿を。

「任務をしかと承りました。失礼致しました、はたけ隊長。」

答えるその声に俺は体を凍らせた。知っている声だった。よく、知っている。恐る恐る薄く目蓋を開いて俺は声の主をそっと見詰めた。

飛び込んできたのは侮蔑に彩られた、冷ややかな瞳。

ヒラマサがこれ以上ないほどの嫌悪の表情を浮かべて俺の前に立っていた。

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