(2)
繊細な顎の輪郭と、薄く整った唇だけが鮮明な、表情の無い男。
その男が自分に手を伸ばしてくる。
またあの夢かとイルカは朧げな意識の中で思いながらも、いつもと勝手が違うことに気付く。
男の手がイルカの腕を捩じり上げる。
苦痛に呻くイルカに口の端を吊り上げながら、
男は片手でイルカを拘束したまま、もう片方の手でイルカの服を捲り上げる。
露わになった肌の上を、細くて長い指が淫らに妖しく滑っていく。
イルカは嫌悪に膚を粟立たせながらも、体の奥で違う感覚がゆっくりと首を擡げるのを感じていた。
赤い舌が見せつけるように、ねっとりと、イルカの肌を嬲る。
イヤラシイ、と興奮した声で男は囁く。
もうこんなに零して。
あんたはイヤラシイ。
嫌だと叫びながらも、押し込まれる熱い塊に、甘美な痺れが背筋を震わせる。
激しく叩きつけられる腰に、イルカの口から熱い喘ぎが漏れる。それすらも奪うかのように、男は深く唇を合わせた。
ぐちゅぐちゅという淫靡な水音が更に激しさを増し、イルカの奥で急速に膨らむ快楽が限界を超えた。
「うっ・・・あっ・・あぁ・・・はぁ・・・・っ!」
吐精の感覚にイルカが急速に眠りから覚醒すると、股間は自分の噴いた汁でしとどに濡れていた。
なんて淫猥な夢。
イルカ・・・と最後に囁かれた熱い吐息にも似た言葉が耳に残る。
「なんだってこんな・・・」
イルカは荒い息で胸を隆起させながら、呆然と呟いた。
男は銀の髪をしていた。
「イルカ先生、コンニチハ〜!今日も可愛いですね〜!」
はい、これ報告書、と性懲りもなくいつもの調子でやって来たカカシに、イルカは平静ではいられなかった。
やばい・・・まともに顔が見れねえ・・・!
赤く染まる顔を俯けたまま、もごもごと、あ、どうも、などと口篭るイルカに、カカシは大袈裟に首を傾げた。
「どうしたんですか、イルカ先生?何かいつもと違う・・・。」
「えっ・・・そ、そうですか?べ・・・別に普通ですよっ!」
激しく動揺したイルカの声は妙に上ずっていた。
どうしてこう、俺はあからさまなんだ・・・!
イルカはそんな自分に更に顔を火照らせる。別に昨夜の男がカカシだったわけではない。ただ、カカシと同じ銀髪だったというだけだ。銀髪の男は珍しいとはいえ、他にもいるだろう。だからそんなに意識することはないのだと、イルカは自分にそう言い聞かせた。しかしイルカは実際のところ、銀髪の男をカカシしか知らなかったのだが。
カカシはそんなイルカの様子をじーっと見つめていたが、突然納得したかのように「うおおっしゃあああ!!」と雄叫びと共にガッツポーズを決めた。
「分かりました!遂に俺の思いがイルカ先生に届いたんですね!?イルカ先生、あんた俺のことが好きなんでしょう!」
自信たっぷりに満面の笑顔を浮かべるカカシに、イルカは瞬間魂が抜けそうになった。
「阿呆か――――――っっっ!?」
間髪いれず否定をするイルカに、「そんなに照れなくてもいいですよ。」とカカシは全く聞いていない。
「大丈夫ですよ〜俺が絶対にイルカ先生を幸せにしてあげます!ってゆーか、一緒に幸せになろうね、イルカ・・・!な〜んてね!」
うわ〜やばいいくらい、もう幸せ感じちゃってます、俺〜!とカカシは一人で盛り上がりながら、突然ぎゅーっとイルカに抱きついてきた。受付所に居合わせた人々はもう心得ていて、イルカとカカシから視線を外したまま、不自然なほど自然に振舞っている。
「あんたはどうしていつもそうなんですか―――!?」絶叫するイルカに、
「どうしてって・・・だって、好きなんだもんvvイルカ先生のことが、大好きです!」とカカシが恥ずかしげもなく答える。
イルカはじたばたと無駄な抵抗をしながらも気が遠くなりそうだった。恥ずかしくて涙が出る。憤死しそうだ。ふざけやがってとイルカは内心口汚く罵りながらも、今日はどうも勝手が違う自分に戸惑っていた。少しだけ疚しい後ろめたさを感じていた。
すると意外なところから助け舟が出された。受付所の入り口に現れた髭面の大男が、「いい加減にしろ、カカシ。そいつはお前の玩具じゃねえぞ。」と煙草をふかしながら嫌そうに言った。言いながらカカシに対して意味ありげに目配せをする。何か真面目な話がありそうな様子だった。
「何か用?アスマ。」と言いながら、カカシにはアスマの用事が何か分かっているようだった。
途端に緩められた拘束にイルカが数歩飛び退くと、カカシが苦笑しながら言った。
「う〜ん、残念。イルカ先生ともっといちゃいちゃしたかったけど・・・。」
言いながらももう、カカシの目は厳しいものに変わっていた。踵を返し去っていくカカシに、入り口で待っていたアスマが何か耳打ちする。アスマとカカシは忍の顔をしていた。
その様子にイルカの隣にいた同僚が、「何か極秘任務かな・・・?」と何気なく呟いた。するとまた別の同僚が声を顰めて言った。「そういえば、同盟国が裏切って戦争が始まったって噂聞いたぜ。」まじか、眉唾だな。大した事はないんだろう?と受付所はそんな物騒な話を呑気に受け止める。滅多な事では木の葉の里内まで火の粉が及ぶことはないからだ。
別に内勤を卑下しているわけでもないし、この仕事も誰かがやらねばならない仕事だ。
イルカだとてそんなことは分かっている。
ただちょっと失念していたから驚いただけだ。
「あの人、上忍だったんだっけ・・・」
イルカはもう見えなくなった後姿を見つめながら、呆然と呟いた。
3へ