(18)

混迷を極める戦乱の時代にあって、ずば抜けた才能を持つカカシは何においても優遇されていると知ったのはその時だった。その激しく気紛れな気性を飼い慣らす為にも、里の上層部はカカシのご機嫌取りと化していた。
その為なら高々中忍風情、取るに足りない存在の俺を差し出すくらいは安いことだと、知らぬうちに俺は里の人身御供となっていたのだ。俺を助けるものは誰一人として里には存在せず、何時終わるとも知れないこの馬鹿げた任務から俺は逃れる事が出来なかった。
その日から俺は自分の家に帰る事は無かった。カカシが里にいる時は、カカシの家で部屋を一歩も出る事を許されず蹂躙され、カカシが任務に就く時は、それが如何なる難易度の高い極秘の任務であっても必ず同行させられた。俺には片時の自由もなかった。
しかしそんな中でも少しだけカカシの監視の目から離れられるような時もあった。それは同行した任務で俺が瀕死の重傷を負った様な時だ。俺は木の葉病院に入院する事を余儀なくされ、カカシは任務がない限りは俺のベッドの傍らでじっと黙ったまま座っていたが、そんな事は滅多になかった。カカシは大半を戦場で過ごす忙しい身の上だったからだ。俺は体の不自由さと引き換えにカカシからの束の間の自由を得ていた。時々火影様が見舞いに訪れ、涙ながらに俺にカカシを止められない無力さを詫びた。その火影様自身も、疲労と焦燥に困憊する皆を鼓舞するために、大将自ら戦陣を指揮する事が多く、いつも体から硝煙と血の臭いを漂わせていた。そんな火影様に頭を下げられて、俺は泣き言を言う事ができようか。できなかった。誰もが長い戦乱に疲弊しながら収束の為に無理をしていた。辛いのは俺だけじゃないのだ。誰もが多かれ少なかれ犠牲を払い、背負い込んだ辛さに耐えている。だから言える訳がなかった。
俺が入院していた際、一度だけ火影様とカカシが行き会ったことがあった。俺はその時麻酔が効いていて、少しうとうととしていた。

もうこんな馬鹿げた事は止めんか、カカシよ。

火影様の厳めしくも苦々しい言葉が聞こえた。

こんな事をしておっては、いつか必ずイルカは命を落とす。

張り詰めた空気を蹴散らすように、カカシがクッと失笑を漏らす。

だいじょう〜ぶですよ。安心してください?俺はこの人を絶対に死なせないですから。俺より先になんて、絶対に。

それは俺がいつも聞いている言葉だった。そしていつも疑問に思っている言葉だった。
カカシのその言葉に火影様が驚いたように息を呑んだのが分かった。カカシよ・・・・と思わずその名を零したまま絶句する。

俺はぼんやりとした意識の中で火影様は何をそんなに驚いているのだろうと思った。分からなかった。
だがカカシの言葉が本当だという事は分かっていた。カカシは何時だって既でのところで俺を助ける。俺が死んでしまっては、またカカシの御眼鏡に適う新しい慰み者を探さねばならず、それが面倒なのだろう。わざわざご苦労な事だと呆れながらも、そうとしか考える事ができなかった。それ以外何があるというのか。

いっそ、死んでしまえた方が楽なのに・・・・

揺蕩う意識の中にふと浮かんだその思いに、俺は戦慄した。

な・・・・何て馬鹿な事を。しっかりしろ・・・!怪我をして・・・少し弱気になっているんだ、きっと・・・・

必死で遣り込めた破滅への甘美な憧憬は、しかし完全に消えることなく、心の片隅にひっそりと息衝いていた。


「お前のここは相当具合がいいらしいじゃねぇか?え?」

卑下た笑いを浮かべながら、男は節の太いごつごつとした指先で俺の尻の狭間を撫で上げた。同じ部隊の上忍で、俺に対していつも邪な嫌な目つきをする男だった。その男の息の掛かった部下と思われる中忍が二人、仰向けに倒された俺の上半身をニヤニヤと押さえつけていた。
いつもの如くカカシに連れ出された任務先の戦場で、止むに止まれぬ事情でカカシが俺を置いて留守にした時、仲間の上忍に人気のない森の中に引き摺り込まれた。その際抵抗した時に殴られた俺の鼻先が、熱を帯びてズキズキと痛んでいた。勿論鼻血も出ていたがそれを拭う事さえできない。自由を奪われ口にはタオルを捻じ込まれ、下肢だけ剥かれた格好で俺に出来る事といったら、精一杯の反抗を込めて、ただ相手の顔を睨み付けるだけだった。
おお、恐、と男はわざとらしく肩を竦めて見せると「お高く止まってんじゃねえよ、写輪眼のカカシを射止めて殿様気取りか?男なのに突っ込まれてよがる淫売の癖して・・・・」と興奮したように捲くし立て、俺の頬を拳で殴った。ごりと嫌な音がしてひょっとすると歯が何本かいってしまったかもしれないと俺は思った。激しく口腔に逆流してくる鼻血に俺がむせて咳き込むと、男は途端に優しい声音で俺の顎を撫でた。

「これから俺達がたっぷり咥えさせてぶっ掛けてやるからよ・・・・なあに、カカシには言わなきゃばれねえよ・・・・お前は突っ込まれるのが好きなんだろ・・・?せいぜい楽しもうじゃねえか、なあ・・・・?」

屈辱的な言葉の数々に俺の心は今更ながらに激しく打ちのめされていた。皆が自分を好奇と蔑みの瞳で見ているのは分かっていた。

忍の癖にあいつの仕事は淫売宿の婢女と同じだよ。
恥ずかしくないのかねぇ。
俺だったら自害ものだよ。意外に好きものなんじゃねえか。

ひそひそと囁かれる声はしかし俺に隠すというほどのものでもなく、カカシに与えられる恥辱以上に俺を責め苛んだ。どうしようもない実力差を前に、力で捻じ伏せられる屈辱と絶望をお前達は知らない癖に、と俺は叫んでやりたかった。お前達の安穏のために俺は里に差し出されたのに。逃げる事ができないのに。誰も分かってくれない。
泣いたら嗜虐を煽るだけだと分かっているのに、俺の目からは止める事のできない涙が零れていた。その俺の様子にやはり男は興奮を高ぶらせたようだった。

「今日からはお前は俺達の相手もするんだよ、お前の価値なんて公衆便所と一緒だ。咥え込んでなんぼなんだよ。」他に何もできねえんだからな、と意地悪く言いながら、ジー・・・とジッパーを引き下げた。

俺の霞んだ視界にグロテスクな怒張した一物が飛び込んでくる。

アレを突っ込まれるのか。

俺は絶望的な気持ちでそれを見詰めた。どんなに抵抗しても。どんなに嫌悪しても。俺の体はあのおぞましき男根を受け入れ、中まで汚されてしまうのだ。そして蔑まれるのだ。突っ込まれるのが好きな淫売だと。

嫌だ・・・・嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ・・・・・・!!

情けないほど瞳から涙が流れていた。どうしてこんな事になってしまったのか。男が自分の手のひらにベッと唾を吐き出して己のペニスに塗りたくった。そしてその先端を掲げた俺の尻の狭間に擦りつけた時。

「ひぎゃあああぁぁぁぁぁ・・・・・・・っ!!!!」

この世のものとは思われない恐ろしい叫びを上げて、俺を犯そうとしていた男が口から泡を吹きながら地面を転げまわっていた。その男の股間は血に濡れ、側には切り取られた男根がまるで蛭のようにぴくぴくと滑稽に蠢いていた。俺を押さえ込んでいた中忍二人の顔色が瞬時に青褪めた。二人はすぐに俺を離しその場から逃げ出そうとしたが、時既に遅く、駆け出した足を膝下から地面の上に残して、前のめりに倒れこんでいた。膝からばっさりと足を分断されてしまったのだ。一瞬にして血の海に染まったその場所に降り立った銀色に髪を輝かせた男は、面もつけずにその美しい素顔を晒していた。その美しい顔に開かれた異形の瞳が憤怒に轟々と燃え盛っていた。

「よくもまあ、俺がいない間にこんな事を・・・・人のものに手を出したら泥棒でしょ?そんな事も知らないの・・・?」

カカシは俺の口からタオルを取り出し体を抱き起こすと、鼻血を出し腫れた頬に気づいて眉を顰めた。

「こんなんじゃ足りないな・・・・あんた達の事殺しちゃおうかな。上官に対する命令違反って事で・・・・だってそうでしょ?俺のもんに手を出して傷つけたんだから、仕方ないよね?」

カカシは綺麗な笑顔を浮かべながら、しかし恐ろしいまでの殺気を噴出してホルダーに手をかけた。転がっている三人は現実が理解できないようで痛みに呻きをあげながらも、まさかという顔をしている。だが俺にはカカシの言っていることが真実だと分かっていた。やるといったらこの男は本当にやってしまうのだ。

「カカシさん・・・・っだ・・・駄目です・・・やめ・・・・」

俺は必死でカカシの腰に追い縋った。気に入らないからと殺していたのではきりがない。それにこの三人はもう反抗するだけの気力はあるまい。罰は十分に受けたのではないだろうか。

「カカシ・・・さん・・・・!」

泣きながらカカシの名を呼んだ。カカシは懸命な様子の俺の顔をまじまじと見つめ、急にやるせない顔をして俺を抱きかかえた。

「今度こんな事があったら、あんた達を殺す。絶対に、ね・・・よく覚えといて?」

カカシはそう三人に吐き捨てて、素早く俺を専用の天幕に連れて行った。カカシはすぐに俺の顔の血を拭い水で冷やしたタオルを腫れた頬に当てた。痛いか、とカカシは自分の方が痛そうな顔をして尋ねた。おかしな話だと思った。カカシから受ける拷問のような暴力の方がよっぽど苦痛で身に堪える。それなのにこの程度の事に血相を変えている。俺は黙ったまま首を横に振った。カカシは我慢できないといった様子でぎゅっと俺を抱き締めた。

「俺はもう絶対あんたを一人にしない・・・・!」

カカシは震える手で俺の頬を何度も何度も撫で上げながら、叫ぶように言った。

「絶対に一緒に連れて行く・・・・」

叫ぶカカシの声も震えていた。寄せられる唇の上でその瞳が泣きそうに揺れているように見えた。訳が分からず俺は動揺していた。カカシのそんな顔を見るのは初めてだった。何処か幼い子供のように心許ないそんな表情を見るのは。
その後カカシは信じられないくらいそっと優しく俺のことを抱いた。苦痛を伴わない、快楽さえ感じる、そんなセックスは初めてだった。こんな男と体を重ねて快楽を感じる事が出来るのかと、驚きと共に自分に対して嫌悪のようなものを感じた。セックスをしながら俺はあいつらとは違う、とカカシは何度も言った。苦しそうに、顔を歪めて。

俺は違う。俺はあいつらとは。

カカシのしていることとあいつらのしていることと何処が違うというのか。俺はそう言ってやりたかったが、遂に口にする事が出来なかった。鞭を打たれることが恐かったわけではない。

ただあまりに。カカシが泣き出しそうな子供の顔をしていたので。

 

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