(16)

「あんた血が珍しいの?」

初めて顔を合わせた時、皮肉混じりに言いながら口の端を片方だけ吊り上げ、卑下た笑みを浮かべていた。
暗部所属の部隊長はたけカカシ。若干十七歳にして戦線の総指揮を取り、写輪眼のカカシという異名を彼方の諸外国にまで轟かせる男。その突出した才能は他の忍の追随を許さず、一度動けばたった一人の力で小国を陥落せしむるほどだという。未だ治まらぬ戦乱の時代の、恐るべき寵児―――。
俺はその男の問い掛けに答えることも首を振る事もできず、瞠目したまま、ただただ呆然と立ち尽くしていた。
中忍になりたての俺はそれが初めてのAランクの任務だった。それまで本当の実践らしい経験も積まぬままだった俺は、正直目の前の光景に意識を呑まれていた。自分と大して年の変わらぬ少年が、役目の終わった捕虜達を眉一つ動かすことなく平然と切り裂いていく。その様は小さい頃絵巻物で見た地獄絵図にも似て、凄惨の一言に尽きた。

そう、まだ俺はその手で人を殺めた事がなかったのだ。

肉塊から噴出した血飛沫が風に舞い、俺の頬を濡らす。錆びた鉄屑のような臭いが鼻腔を掠め、その不快さに俺は思わず顔を顰めた。
するとその男はたけカカシは僅かに目を細めて、その手に握った血の滴り落ちる刀剣の先を、俺の喉元にゆっくりと押し付けてきた。そのまま切っ先をずらして、もっと顔を上げるように促す。カカシの惜しげなく晒された異能の瞳はまるで血を吸って生気を得たかのように赤く爛々と燃え、もう片方の青い瞳は残酷な冷たさを湛えていた。その恐ろしき眼が何かを確かめるように俺の瞳をじっと覗き込む。
俺は混乱しながらも蛇に睨まれた蛙宜しく、微動だにする事さえできなかった。
カカシはもう一度訊いた。

「あんた、人を殺した事がないんだ?」

そう言って更に押し付けられた切っ先が自分の喉に薄い傷をつけるの感じて、俺は今度はようやく頷く事ができた。

「ふうん・・・・」

カカシは切っ先を下げて一歩俺に近付くと、その手を伸ばして俺の鼻先の傷跡に触れた。瞬間ビクリと体を震わせて半歩退いた俺を、カカシは恐ろしいほど憎々しげな瞳で見詰めた。奇妙に歪んだ笑顔を浮かべてカカシは優しい声で言った。

「俺が怖い・・・・?あんた怯えた目をしてるよ・・・・そうだねぇ、あんたは分からないかもね・・・・あんたは殺した事がないんだもんね・・・?血に濡れた事がないんだもんね?でも駄目だよ・・・あんたは俺に償わなくちゃいけない・・・」

カカシはそう言うが否や、辿っていた俺の鼻先に抉るように爪を立てた。そして鼻の上の傷跡をなぞるようにその爪で一気に引っ掻いた。

「いっ・・・・・・!」

俺は一瞬何が起きたのか分らなかった。顔を襲う突然の痛みに、反射的に逃げるように体を折る。その俺の体をカカシはそのまま覆いかぶさるようにして押し倒した。背中を地面に強烈に叩きつけられて、痺れるような痛みが全身に走る。思わず呻き声を上げる俺にカカシは言った。

「今度はあんたが血を受ける番だよ。」

聞いた事がないほどの冷たい声だった。
しかし聞いたことのないほどの切ない声でもあった。
何がなんだか分らなかった。カカシの言っている事も、組み敷かれている自分の状況も何もかも。

今日戦線の部隊に合流して。
部隊長に挨拶に来た。それだけの筈だったのに。どうして。

そのまま強引に下肢だけ剥かれてカカシに犯された。
脱がされてすぐに捩じり込まれ、その体の内部から裂かれるような痛みに視界が赤く染まった。性経験は今までなかった。必死になって抵抗したが、それはまるで役に立たなかった。抵抗すればするほど下肢の狭間に埋め込まれたカカシの凶器は、残酷に俺の中を深く抉った。俺に恐怖と諦めを覚えさせるかのように。

それが全ての悪夢の日々の始まりだった。

 

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