(14)

「イルカ先生、泣かないで・・・・」

カカシは囁くように言って、顎まで伝い落ちた滴をその舌先で受け止め、濡れた跡を辿って目元までそっと舐め上げる。
そして思わず目を閉じてしまったイルカの目蓋に、宥めるような優しい口付けを落とした。
その間に解かれたイルカの額当てが床の上に落ちて、かつんと乾いた音を立てていた。
露わになったイルカの米噛みや額にカカシは何度も口付けを繰り返した。途中は離れていく唇から零れる、溜息のような熱い吐息がイルカの鼓膜を震わせる。その度毎にゾクゾクと甘い痺れのようなものが体を走るのをイルカは感じた。
少し恥ずかしいような気持ちと男同士でこんな、と不安な気持ちも幾許かあったが、カカシの唇の気持ちよさにそんなものはすぐに消し飛んでしまった。第一誘ったのは自分の方だとイルカには自覚があった。

「イルカせんせ・・・・」

イルカの鼻筋を食むように滑り降りてくる唇が、切なげにイルカの名前を呼ぶ。

好きだよ、ずっと好きでした・・・・」

告げられた言葉は重ねられた唇の間に混ざって溶けていく。唇が触れ合った途端、カカシは堪えきれないといった様子でイルカを抱き締めていた手をその項に滑らせ、しっかりと固定するようにして、最初から激しく深くイルカの口を貪った。
絡み合う舌は滾る情熱を伝えるかのように熱く、その熱に心も体も全てが蕩けてしまうような気がした。
イルカは何がなんだか分からなくなりながらも、カカシの背中に腕を回して必死になってしがみついていた。
長く執拗な口付けが終わった後、イルカの息はすっかり上がってしまっており、頭の中はぼうっとして何も考えられなくなっていた。カカシはイルカを離さないまま、その首筋にきゅっと吸い付くとその痕に軽く歯を立てる。その甘痒い刺激にイルカははっと正気に返った。

「ちょ・・・ちょっと待ってください・・・!こ、これ以上は・・・・」

あんたまだ病人なんだから、とイルカが慌てて体を離そうとすると、

「ん、分かってます。大丈夫ですよ〜・・・ただもうちょっと、こうしていていいですか・・・・?」

言いながらカカシはぎゅっと手の拘束を強める。駄目だといっても離す気がないのが見え見えだ。
イルカはハアーッと呆れたように嘆息した。

「・・・・仕方ないですね。」

素っ気無い言葉とは裏腹に、イルカ自身も回した腕に力を込める。離れがたいのは自分も一緒なのだ。
この甘美な余韻が引いていった後に残る現実が一瞬頭に過ぎって、イルカは思わず体を震わせた。

ひょとしたら、カカシが帰って来ないかもしれない現実。

それはイルカよりもカカシ本人の方がずっと感じている事だろう。イルカ自身も「ひょっとしたら」程度の事と本当は思っていない。

「イルカ先生、好きですよ・・・・」

イルカの思いを他所にカカシがうっとりと耳元で囁く。

「イルカ先生は・・・・?口に出して、言って・・・・」

カカシの言葉にイルカは暫し憂いも忘れ、少しだけプッと噴出してしまった。

いつもはあんたは俺のこと好きなんでしょ、好きに決まってます、って自信満々にほざいてる癖に・・・・
なんだか必死で自信無げだなあ・・・・

ププ、ともう少しだけ笑ってイルカは「そうですねえ・・・・」とわざともったいぶって言った。
いつも振り回されていたお返しだと内心ほくそ笑みながら。
カカシはそんなイルカの言葉の続きをじっと縋るような瞳をして待っている。
それを見たらちょっと可哀想な気がしてきて、イルカは慌てて言葉を続けようとした。

「俺・・・・俺はカカシ先生のことが・・・・・」

憎い。

イルカは突然頭に浮かんだ言葉に驚愕してビクリと体を震わせた。カカシはその間も変わらずにイルカを見詰めたままだ。まだ、待っている。

俺は今一体何を・・・・・?

イルカは甘やかな余韻が一気に醒めていくのを感じた。引いていく余韻の代わりに押し寄せてきたのは、身を凍らせるような感覚だった。それを振り切るようにイルカは言葉をつなげようと懸命になった。

「俺はっ、カカシ先生のこと・・・・・す」

好きというつもりか、と心の中で誰か別の声がした。

お前は思い違いをしている。目の前の男が誰なのか、もう一度その目でよく見てみるがいい。
そして思い出すがいい。その憎しみを。深い絶望を。身を捩る苦しみを。恥辱を。

お前は憎い筈だ。お前は憎んでいるのだ。その男を。

ガンガンと激しく頭が痛み、込み上げる嘔吐感に眩暈がする。

「・・・っそだ・・・・・・!違う・・・・っ・・・俺は・・・・・!」

カカシ先生のことを・・・・

悲鳴のような叫びを上げながら、イルカは目の前が急速に暗くなっていくのを感じた。
どうしたんですかイルカ先生、とカカシが心配そうに呼ぶ声を聞きながら、イルカは何時の間にか意識を手放していた。

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