(13)
「カカシ先生、今日は具合はいかがです・・・か・・・」
イルカがいつものお決まりの挨拶を口にしながら病室の扉を開けると、思い掛けない光景が目に飛び込んで来た。
カカシのベッドの傍らに獣面を付けたままの暗部が三人、カカシを取り囲むようにして立っていた。彼らがただの見舞い客でない事は、鮮血に濡れたその装束からすぐに窺い知れた。
まさかカカシ先生がこんな状態なのに、次の任務の話でもしに来たのか・・・・?
イルカは急に表情を険しいものにしたが、暗部の三人は別段イルカの登場に驚いた様子もなく、カカシとの話し合いは既に終わってしまった後らしかった。
「イルカ先生、今日もお見舞いに来てくれてありがと〜ございマス!・・・・ごめんね?こんな縁起糞悪い奴らと対面させちゃって・・・・ほらほら、お前等とっとと帰っちゃって!俺はこれからいちゃいちゃタイムなの!」
臆面もなくしゃあしゃあと言ってのけるカカシに狼狽したのはイルカただ一人で、暗部の三人は何等動じた様子もなく、カカシの言葉を受けて音も無くサッとその場から姿を消した。
「何ですか、いちゃいちゃタイムなんてまた出鱈目な事を言って・・・・!!」
イルカが顔を赤くしながら呆れたように言うと、
「ん〜・・・俺はイルカ先生と一緒にいられれば、もうそれだけでいちゃいちゃタイムなんですよ〜。」
いつもの調子でカカシがしれっと臭い事を言う。驚くべき事に、こうしたカカシの言動に最近少し慣れてきたイルカだ。慣れてきたというか、感覚が麻痺してきたと言った方が近いかもしれない。
なんだかなあ・・・以前はあんなに悩んでいたのに馬鹿みたいだ・・・・
イルカは大分血色のよくなったカカシの顔を見つめながらそう思った。カカシを見舞いに訪れるようになって早半月が過ぎようとしていた。カカシの体の調子はその間に格段によくなっていた。半月前の悲惨な状態から比べると、まさに雲泥の差だ。忍として任務を請け負えるほど全快したわけではないが、取り合えず日常生活が送れる程度には回復している。その様子にイルカは人知れずホッと安堵に胸を撫で下ろしていた。
カカシの容態が回復に向かっている事も然ることながら、これでもう記憶を呼び戻す必要がなくなったのではないかという思いが根底にあった。
あれから火影様も何も言ってこないし・・・・きっともう大丈夫だ・・・・
イルカは懸命に自分に言い聞かせながら、何と自分は今のこのカカシとの関係を大切にしているのかと思い知る。失くしてしまった過去の面影に怯えていた。特に最近イルカは例の火の種を飲み込む夢を頻繁に見る。禁術だ、と男が囁くあの夢を。その夢が何故か回を追う毎に鮮明になってきている。そんな事は今までに無かった事だ。それがイルカの不安を煽る。
何か自分を堰き止めていたものが外れかかっているような気がした。
だけど今はそんな事よりも・・・・・あの暗部たちが何をしに来たのか気になる・・・・・
イルカは婉曲に訊いても仕方が無いとばかりに、ずばりと訊いた。
「カカシ先生、もう任務なんですか?」
自分が問うたところで中忍風情に答える事ができない内容かもしれない。分ってはいたが問わずにはいられなかった。
しかしカカシもその質問を予期していたようで、誤魔化しても仕方が無いとばかりに、これまた実にアッサリと言った。
「ええ、そうなんです。」
半ば予想していた答えとはいえ、イルカは顔色を失った。
「そ・・・・そんな・・・・カカシ先生はようやくまともに動けるようになったくらいなのに・・・・・っ!む・・・無茶です・・・!」
動揺も露わに声を震わせるイルカに、カカシは困ったように眉尻を下げて笑った。
「う〜ん・・・・でも写輪眼は使えそうなんですよねぇ〜・・・・同盟国との戦争が今は不味い方向に傾いてるんですよ・・・・短期決戦のつもりが思いがけず長引いてしまったお陰で、折角切り離した3国間の結束が、また最近じわじわと力を取り戻しちゃったみたいなんです・・・・もう俺みたいなお粗末な忍びも借り出さないといけないくらい、戦局は切羽詰ってるってことです・・・・ま、大丈夫ですよ〜!ケ・セラ・セラ、人生なるようになるさって言うでしょ?それよりも心配なのはイルカ先生の方ですよ〜。」
カカシの言葉にイルカは目を何度も瞬かせた。
「え・・・・?俺・・・・?俺の何が心配なんです・・・・?」
カカシは真剣な顔で言った。
「だってイルカ先生、これから毎日俺のこと心配で心配で、泣いたり食事も喉を通らなかったり眠れなかったりと大変でしょう?そんなイルカ先生のことを思うと心配です・・・体壊したりしないかって・・・・」
「はぁ!?」な、何言ってんだ、この人!?と素っ頓狂な声で叫ぶイルカに、
「え、違います?な、何か・・・ま・・・間違ってます?俺」とカカシも焦ったような間の抜けた声を上げた。
「はぁ・・・・・・・」
間違っているかって・・・・?
イルカは脱力したように曖昧な返事をしながら、カカシの言葉を考えていた。
心配で心配で。泣いたり・・・はしないかもしれないけど、食事も喉を通らなかったり眠れなかったりはするだろうな。
うん。カカシ先生の言っている事は間違っていない。でも、それじゃあ俺はまるで・・・・
「間違ってないです・・・・・」
イルカは思わずポツリと呟いていた。
まるで、の後に続く言葉の代わりにイルカは言った。
「心配で心配で。あんたのことを思って泣いたり食事も喉を通らなかったり眠れなかったりするんで、早く帰って来てください・・・・早く帰って元気な姿・・・・俺に、見せてください。」
言いながらイルカはもう泣いていた。泣かないかもしれないなんて嘘だった。もう心配で心配で堪らなかった。まだ本人が目の前にいるのに気が早い事だとイルカは泣きながらも小さく笑った。その瞬間。伸ばされたカカシの腕がこれ以上ないほどきつくイルカを抱き締めた。
14へ