裸の上忍様

その6〜その10

まさに滝壺へとまっさかさまに落ちる瞬間、その銀色の影がイルカの身体をぐいっと強い力で引き寄せました。
誰かが自分たちを助けに飛び込んでくれたのだと、イルカはすぐに理解しました。
滝を落下しながら、銀色の影はイルカの身体をしっかりと抱き、何か片手で印のようなものを素早く組みました。
するとどうでしょうあわや水面に叩きつけられるという寸前で、空気の膜のようなものが忽ちイルカ達を包み込み、手足がばらばらになるほどの衝撃から身を守ってくれたのです。
なんてすごい術なんだろう、とイルカは吃驚しました。

片手であんなに素早く印を組んで…中忍レベルが扱える術じゃない…

自分とナルトを岸辺へと押し上げてくれる人物が仲間の教師でない事を、イルカは何となく感じました。
一体誰が…と考えたのも束の間、腕の中のナルトがくったりしている事に気付き、イルカはパニックに陥ってしまいました。
ナルトは青白い顔をして意識を失っていました。
イルカもそれ以上に青くなっていました。
「ナ、ナナナ、ナルト、しっかりしろ…!」
ガクガク揺すってもぺちぺち頬を叩いても何の反応もありません。
ひとりアワアワしていると、
「大丈夫、水を飲んでいるだけですよ。落ち着いて、」
背後でザバッと誰かが水から上がる音がしました。
その音にハッとして振り返ったイルカは、そこに立つ銀髪の男の姿に目を見張りました。
男は斜めにかけた額当てで左目を覆い、更に口布で顔の下半分を隠していました。
顔はそんなに重装備なのに、何故か身体は黄金のパンツ一丁という露出の限界ギリギリの軽装備だったのです。
普通だったらありえない格好です。装備に重きを置く場所が間違っています。
「変態!」と叫ばれても仕方がないところでしょう。
しかしイルカはその男の姿に、何処か感動を覚えていました。

やはりこの人は只者じゃない…!着衣泳法だと流される俺達に追いつかないと判断して、咄嗟に服を脱いで飛び込んだんだな…!
すごい状況判断だ…さっきの術といい、この人はきっと名の知れた上忍に違いない…!

それに、とイルカは思いました。

滝に落ちるのも厭わずに、ナルトを助けてくれた…

男は助けた子供が九尾の子供だと知らなかったのかもしれませんが、それでもイルカには十分に嬉しい事でした。
水を弾き、ぴかぴかと陽光に輝く黄金のパンツは神々しいばかりで、服を着ていないからこそ、男の剥きだしの高潔な魂がありありと分かるような気がしました。
イルカは本当に世間からずれた感覚を持った、浮世離れをした大人なのでした。三代目火影様が心配する通り、大切に育てればいいというわけではない、典型的な見本でした。

それにしてもすごく高価そうなパンツだなあ…

イルカが思わずジイッとパンツを見詰めていると、男が見る見るうちに顔を赤くして、恥ずかしそうに手で股間を隠すようにして押さえました。
その仕草にイルカもハッと我に返りました。

ひょっとしたら、モッコリをジイッと観察していたと勘違いされたのかもしれない…
そ、それじゃあまるで俺が変態みたいじゃないか…!

「ち、違うんです、そ、その黄金のパンツがすごく珍しいから気になって…、」
慌てふためきながらもイルカがそう言い訳すると、「え…?」と男が怪訝な声を上げました。
「お、黄金のパンツ…?」
「そ、そうです!その黄金のパンツ…すごく格好いいですね!」
心からそう思ったイルカがにっこりと微笑みを浮べ、賞賛の言葉を口にした時、
「大丈夫かイルカ!?今そっちに行くからな!」と滝の上から同僚が姿を現しました。
イルカがそちらへ注意を向けた僅かな隙に、男はいつの間にか忽然とその場から姿を消していました。




黄金パンツの男が忽然と姿を消した後、イルカはまだ自分が一言のお礼も言っていない事に気付きましたが、後の祭りでした。
イルカは是非お礼を言いたくて、何かにつけ男の姿を捜してみましたが、遂に見つける事はできませんでした。

同じ木の葉の額当てをしていたのに…こんなに見つからないなんて。
何処か遠方任務にでも赴く途中だったんだろうか…

それにしても、あの男の名前が何というのかくらい、中忍の情報収集能力を持ってすれば分かってもよさそうなものなのに、そんな事も分からないのです。
というのも命の恩人ともいえる黄金パンツの男の姿を見たのはイルカだけでした。
ナルトは溺れて気絶していましたし、同僚の教師達が心配して駆けつけた時には男は既に姿を消してしまっていたからです。
誰も銀髪の男がイルカを助けた様を見ていないのでした。
男を捜すに当たって頼れるべきはイルカの証言だけでしたが、それには致命的な誤解があったのです。
イルカはみんなに協力を仰ぐ際に、一生懸命説明しました。
「銀髪で、斜めに額当てをしていて、顔半分を口布で隠してるんだ…」
するとみんなはすぐに思い当たる節があるのか、一瞬「まさか、」という驚いた表情を浮かべ、
「その銀髪の男はどんな格好をしていたんだ…!?」と物凄く深刻な様子でイルカに詰め寄ってきたのですが、幾ら浮世離れしたイルカでも、「黄金のパンツを穿いてた。」とは流石に答えませんでした。

水に飛び込む為に止む得ず下着姿になっただけで…いつもは普通に忍服を着てるだろうし…

イルカはそう考えた結果、
「別に普通の忍服姿だったけど?」と答えを返しました。
大変な誤解ですが、仕方がありません。
その服装は、思い浮かべていた人物のものとは違うのか、みんながあからさまにホー…ッと脱力するのが分かりました。
どうやらイルカの命の恩人は、何かよくない事情を持つ人物と似た特徴を持っているようでした。

あんな風貌の人が他にもいるなんて…

世の中って広いなあとイルカは思いましたが、兎に角そんな感じで捜索は進まず、無為に月日が経ってしまったのです。

あの時、ちゃんと「黄金のパンツ姿だった」ってみんなに言っていればなあ…
もっと早くに命の恩人がはたけ上忍だって分かっていただろうに…

イルカは至極真面目にそう思っていました。
そう、威風堂々とした黄金のパンツ姿のカカシに、そのパンツ姿こそがカカシの日常の戦闘服なのだとイルカはまたしても勝手に間違った解釈をしていました。
何度も言いますが、レスラーや相撲取りだって尻も露わな姿で戦いに挑んでいる訳ですから、そういう忍もありかな、なんて納得してしまったのです。

暗部だっていい加減変な格好だし…
上忍クラスになると支給服じゃなくて、自分の戦闘スタイルに合った服を選べるのかもしれないな…

それを俺は下着と勘違いして、とイルカはひとり頬を赤くしました。
冬はどうしてるのかなあ、それともあれは遠赤外線の保温効果の高いパンツなのか…などと呑気に考えながら、イルカががらりと受付の戸を開けますと、心配顔の同僚達がワッと一斉にイルカを取り囲みました。
「大丈夫だったか、イルカ!?特例措置でお咎め無しって聞いたけど…本当に何もなかったのか…?」
「ああ、なんかよく分からないけど、大丈夫だった…!ナルトの担任で助かったよ、心配かけてゴメンな、」
にこやかに答えるイルカに同僚のひとりがおずおずと、だけれども何処か興味深そうな様子で言いました。
「そ、それでどうだったんだ?イルカ…本当にはたけ上忍の格好は噂通りだったのか…?」
「え?噂は知らないけど…そりゃあ立派で見事なものだったよ、はたけ上忍の金…、」
金のパンツ、とイルカは続けようとしたのですが、
「わーーーーーーっっっ!!!!ば、ばばば、馬鹿野郎……!!!!そんな事細かに例のモノを説明する奴があるか…っ!女性の職員もいるんだぞっ、そ、それに条例違反になるだろうが…っ!!!!」
何故か同僚が非常に焦った声を上げて、その先を制してしまったので、イルカは最後まで言葉を口にする事ができませんでした。

な、なんだよ?自分から聞いてきたくせに…

イルカは何処か腑に落ちないものを感じましたが、顔を真っ赤にする女性職員の咎めるような視線に、

やはり金のパンツネタは、女の人の前では幾らなんでも不味かったか…

ちょっぴり己の不用意さを反省しました。
これからはあまりパンツパンツと言わないようにしよう、とイルカは硬く心に決めました。




はたけカカシ条例違反で連行されていた為に仕事の滞ってしまったイルカは、その日遅くまで残業しなければなりませんでした。
しかも要領の悪いイルカは夕飯を食いっぱぐれてしまったものですから、帰り道を急ぎながらもなんだかふらふらでした。

ああー…もう二時過ぎかよ…食って帰りたくても、こんな時間じゃ店も開いてねえし…
冷蔵庫の中に、何かすぐに食えるものあったかなあ…

昨晩最後のカップ麺を夜食に食べてしまった事を激しく後悔していると、
「イルカ先生、」
不意に名前を呼ぶ声がして、イルカは吃驚してその場に足を止めました。
きょろきょろと辺りを見回してみても、真っ暗で鬱蒼とした竹薮があるばかりで、他に人影は見当たりません。
聞き間違いかとイルカが首をかしげていると、
「イルカ先生、」
もう一度声がしました。
どうやらその声は竹薮の中から聞こえているようで、イルカはその異様な状況にゴクリと唾を飲み込みました。
こんな時間に真っ暗で鬱蒼とした竹薮から、自分を呼ぶ謎の声…
時間から言っても、同僚や誰か知人がそんな場所に潜んでいるとは考えられません。
となると、残された可能性はひとつでした。

ま、ままままま、まさか…ゆゆゆゆゆ……幽…!!!!!

『ゆ』のつく超常現象で頭のいっぱいになったイルカは、酷く取り乱しました。
幼い頃悪戯をする度に、「悪い事ばかりしていると、お化けの国に連れて行かれるぞ、」と火影様に恐ろしい百鬼夜行の図絵を見せられていたイルカは、お化けだとか幽霊だとか、そういった類のものにかなりの恐怖心を植えつけられていました。
妖怪百科を開いては、「妖怪漆塗りに追いかけられた時の為に、木登りの練習をしておかなくちゃな!」などと真剣に妖怪対策を考えていた子供でした。それは大人になった今もあまり変わっていません。

あわわ…た、立ち止まっちゃ駄目だ…!た、竹薮の方を見るな、見るな……!!!!

イルカは慌ててその場を足早に離れようとしました。
しかしその瞬間、前方の竹薮がほのかに光を放ったのです。青竹を透かすような、それはそれは美しい光でした。
そのあまりの美しさにイルカは恐怖も忘れ、陶然とその場に立ち尽くしました。

竹が光ってる…?こ、これって、まさか…『かぐや姫』と同じ状況…?

火影様の偏った教育はイルカを夢見がちな青年にしていました。
イルカは輝く竹の中に月からの赤ん坊が隠されていると、今や信じて疑っていませんでした。
名前を呼ばれた不自然さはすっかり忘れ去っていました。

今、竹の中から出してやるからな…!

イルカはホルダーに手をかけ小刀を引き抜くと、光る竹目掛けて「でやああああ!」と振り下ろしました。
その瞬間、
「い、いきなり何するんですか…!?」
悲鳴のような叫びが上がったかと思うと、振り下ろす手をガッシと空中で掴まれて、イルカはギョッとしました。
そこには美しい輝きを放つ黄金のパンツ姿のカカシの姿がありました。




「は、はたけ上忍、ど、どうしてこんなところに…!?」
光っていたのが竹ではなく、黄金のパンツだった事は最早イルカにとってはどうでもよい事でした。
それ以上に、思いもよらない場所からのカカシの登場に度肝を抜かれていたのです。
深夜の竹薮から黄金パンツ一丁の男が飛び出して来たとあっては、驚かないものはいないでしょう。驚くなという方が無理です。
次にカカシに会った時は昔助けてくれたお礼を言おうと思っていたのに、そんな事はイルカの頭から吹き飛んでしまいました。
真夜中の二時も過ぎたこんな人気のない竹薮で、カカシは一体何をしていたのでしょうか。
あまりにも不審過ぎます。それは浮世離れしたイルカでも感じるほどでした。

流石のはたけ上忍でもちょっと変質者みたいだな…

動揺するイルカの頭にちらっとそんな考えが過ぎった瞬間、何となくパンツの輝きが弱まり、街灯の無い夜道の暗さに深みが増しました。しかも何となくパンツの布地が透けているような…

あ、あれ…?

イルカが目を擦っていると、
「落ち着いて、イルカ先生。驚かせてすみません…さっきは貴方が暗部に連行されて、きちんと挨拶が出来なかったので気になって…ここで貴方の帰りを待っていました。」
カカシは礼儀正しく頭を下げました。
その言葉にイルカは仰天しました。
「あ、挨拶って…まさか残業で遅くなった俺をずっとそこで待ってたんですか…?」
「ハイ、」
「ど、どうしてこんな竹薮で…!?」
「あの…こんな格好で夜間人目につく場所を歩いていると、どうしても捕まってしまうんで…こんな竹薮からすみません。怪しい登場だとは重々承知しているんですが…」
まさか小刀を出されるとは思ってもみませんでした、そんなに怪しかったですか?すみません、とガシガシと頭の後ろを掻くカカシの姿が本当に申し訳なさそうで、それを見ているとイルカもなんだか気持ちがすーっと落ち着いてきて、段々と自分も申し訳ない気持ちになってきました。

そうか…パンツ一丁姿で夜歩いてたら確かに不味いよな…
それでこんな場所で俺を待って…高名な上忍なのに俺なんかに挨拶する為に、わざわざ…

イルカはちょっとじ〜んとしながらも、疑問に思っていた事を口にしました。
「お付の人はどうしたんですか…?お付の人がいればこんなところで待つ必要もなかったでしょうに…」
するとカカシがいやあ、と照れ臭そうに、一層頭を掻きました。
「普段、夜は滅多な事では外出しないんですよ…だからお付のものもいないんです、今日はイルカ先生にどうしても挨拶したくて、抜け出してきちゃいました。本当はいけないんですけど。改めまして、今度からナルト達の上忍師となりましたはたけカカシといいます。至らないところもありますが、イルカ先生の子供達はこれから俺がしっかり面倒を見させていただきます。」
どうぞよろしくお願いします、と笑うカカシにイルカは心の底からじ〜んとしました。

この人なら、ナルトを預けても大丈夫そうだ…

そう思った瞬間、何故か薄暈けていたカカシのパンツの輝きが復活し、今は空に懸かる月よりも煌々と光っているのでした。
イルカはそれを不思議に思いながらも、
「あのう、余計なお世話かもしれませんが、仕事の時以外は上着を羽織ればいいんじゃないでしょうか?そうすれば、夜も自由に歩けると思うんですが…」
よく考えもせずに、どうも腑に落ちない点をついつい尋ねてしまいました。
しかし言ってしまった後で、イルカはハッと気付きました。

ば、馬鹿か俺は…!本当に余計な事を…!!
そうだよな、高名な上忍ともなれば、いつ何時刺客に襲われるか分かったものじゃない…!
常に命の危険に晒されているんだから、常に戦闘服でいないといけないんだ…!そんな事にも気付かずに中忍の物差しで、俺はなんて偉そうな事を…!!!!

イルカの言葉にカカシは戸惑った様子をしていました。きっと忍の道理を知らない中忍の浅慮にどう答えていいものか、呆れ果てているのかもしれません。イルカは急に恥ずかしくなり、ぼっと顔を赤くしました。
「す、すすす、すみません…!!!中忍の分際で過ぎた言葉を…!!!!」
ぺこぺこと米搗きバッタの様に頭を下げていると、
「イルカ先生、その話なんですが…俺がここであなたを待っていたのは、ナルトの上忍師として挨拶をしたい事もありますけど、実はそれ以上に確かめたい事があったからです…」
酷く真剣な様子でカカシがイルカに詰め寄りました。
天下の上忍が自分に確かめたい事などあるものでしょうか。
「はあ?なんでしょう、」
「火影様に聞きましたが…貴方に俺の姿がどう見えているか、実際に俺に説明してみてくれませんか?」
意外な申し出にイルカはきょとんとしました。

ど、どうしてそんな事を…?

よく分からないながらもカカシの迫力に気圧されて、イルカはカカシの姿を見たままに語りました。
「はたけ上忍は木の葉では見た事もないような、美しい金糸で編まれたパンツを穿いてらっしゃいますけど、」
「それはどんな形のパンツですか?」
「え?あ、ああ、ボックス型っていうんでしょうか…でも裾がフレアースカートの様にひらひらとして…昔本で見た、異国の古代神の衣装の様です…」
「古代神の衣装、ですか…」
カカシは何故かその言葉に難しい顔をしました。
何か気に触るような表現をしてしまったのかとイルカは気が気ではありません。
「あ、あの、でも不思議な事に、幾ら動いても裾はふわふわするだけで、決して中が見えないんですよ!そ、その辺はほんとにほんとなんで…!」
よく分からない事を言い訳していると、
「イルカ先生、貴方は嘘をついていますね、」
カカシが酷く冷たい声でそう言い放ちました。
えっと吃驚してイルカが顔を上げると、そこにはイルカを見詰める、冬の湖面よりも凍えたカカシの青い右目がありました。




カカシの冷たい瞳に慄きながらも、イルカはしっかりと首を横に振って答えました。
「お、俺、嘘なんて吐いてません…」
「嘘じゃなければ、なんだって言うんです!?俺はそんなパンツを穿いていない…!」
「え…っ、」
思いもよらないカカシの告白に、イルカは目を丸くしました。

そんなパンツを穿いていない…穿いていないって…?

イルカは目の前のカカシの下半身をもう一度、まじまじと見詰めました。
カカシの下半身をすっぽりと包む神々しいばかりの金のパンツは、黄金の輝きを月下の闇に散らしながら、夜風に揺れて、そよそよとそよいでいます。
何度じっくり見てみても、確かにカカシはパンツを穿いてはいるように見えました。

お、俺の表現が悪かったのか…?
ボックス型の、裾がフレアースカートの様な古代神の衣装だなんて…そう言えばいまひとつ抽象的で分かり難いよな…

イルカは気を取り直して道端に落ちていた細竹を拾い、それを使って地面の上にパンツの絵を描き始めました。
「俺の説明が悪くて伝わらなかったようなので、絵にしますね…えと、はたけ上忍のパンツは、こう…トランクスみたいなんですけど、布地がカーテンの様になみなみしていて…」
説明しながらイルカがパンツの裾の部分に「〜〜〜」と曲線を入れていると、
「あんた、いい加減にしなさいよ…!」
突然激しい口調で叱責されて、細竹を握っていた手を強い力で横に払われました。
もとより大した力で握られていなかった細竹は、イルカの手から吹き飛ばされて、ぽとりと地面に落ちました。
「は、はたけ上忍…?」
じ〜んと痛む手を擦りながら茫然とするイルカの前では、カカシが地面に描かれたパンツを足でざっざと消しています。
それを見ていたら、イルカは無性に悲しい気持ちになりました。
なんだかよく分からないのですが、自分の何かがカカシを苛立たせているようなのです。

何が悪かったんだろう…お、俺の絵が下手糞だったからかな…

さっきまでは優しい笑顔を自分に向けてくれていただけに、イルカは悲しくて仕方がありませんでした。
どうにかしたくても、カカシの苛立ちの原因が何なのか分からないのでは、フォローの仕様がありません。
思わずイルカがえぐっと涙を浮かべると、カカシがハッとするのが分かりました。
「な、泣かないでください…どちらかというと泣きたいのは俺の方です…貴方には…貴方だけにはそんな風に馬鹿にされたくなかった…」
カカシは何故か辛そうな顔をして、イルカの涙を指先で優しく拭いました。
怒っていたかと思えば、今は辛そうで。それなのに指先は優しくて。
イルカはわけが分からなくなりました。
だけどカカシにそんな表情をさせているのは自分なのだという事は、なんとなく分かりました。
「お、俺ははたけ上忍の事を馬鹿にしてなんかいません…!」
「じゃあどうして変な嘘を吐くんです?黄金の、しかも古代神のようなパンツって…俺のパンツは横が紐状のTバックしかないんです…!しかも全部黒だ…!あんたの言うパンツなんて見えるはずがないんだ…!」
「ええ…っ!?」
イルカは素っ頓狂な声を上げて、またまじまじとカカシの下半身を見詰めました。
でもやっぱりそこに見えるのは四角い裾のひらひらした黄金のパンツでしかありません。
俺の目はどうかしてしまったのかとイルカは不安に思いましたが、昔から視力のよさには自信がありました。
先月の健康診断でも何も異常はなかったはずです。
「俺には…どうしても黄金のパンツに見えるんですが…信じてください、俺は本当に嘘なんか吐いていません…!ど、どうして黄金のパンツに見えるのかは分かりませんが…あの俺、本当に…」
必死に言い募るイルカをしばらくジッと見詰めていたカカシは、やがてふうっと悲しそうに微笑みました。
見るものの心を疼かせるような、本当に悲しい微笑みでした。
「貴方は何処まで俺を傷つければ気が済むんですか…そこまでシラをきるつもりなら…俺にも考えがあります。」
カカシは意味ありげな呟きを残し、風の様にサアッと素早くその場から姿を消しました。
イルカが追い縋る暇もありません。
「は、はたけ上忍…!でも、でも…俺は本当に嘘なんか吐いていないんです…!!!!」
今は誰の姿もない真っ暗な竹薮に向ってイルカは叫びました。カカシが最後に見せた微笑み以上に、イルカもまた悲しい顔をしていました。



続く


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