翌日はアカデミーが休みだったので、カカシはグーグーと眠るイルカを起こさずに、好きなだけ寝かせてやった。
イルカが目を覚ましたのは、もう十一時になろうかという頃だった。
「な、ななな、なんで…俺こんなところに…!?そ、そうだ、あんたが急に俺に当身を食らわせて…あ、あんた俺に一体何したんだ…!?」
目覚めた途端イルカはじたばた暴れたり、赤くなったり青くなったり、ついでにぐーっと腹を鳴らしたりと大忙しだった。
「別に何もしてませ〜んよ?まあ、当身を食らわせたのは悪かったです。お詫びに飯を奢るんで、食べに行きませんか。近くに食べ放題の店ができたんですよ。」
カカシの言葉にイルカの尖った表情が揺らぐ。
「食べ放題…」
「そ。しかも美味いです。」
だから食べに行こ?と駄目押しするカカシに、イルカは暫しの逡巡の後、こくりと頷いた。鳴く腹に勝てなかったらしい。
早速連れ立って食事に出かけた。店に着くまでの間、イルカは何処か浮かない顔をしていたが、食べ放題のサラダバーを前にぱあっと顔を輝かせた。
「ええっ!?これ全部食べ放題なんですか?サラダと言いながら、カレーとかスパゲッティとかもあるじゃないですか…!」
「スープやデザートやドリンクもあるんですよ〜」
イルカは酷く感動しているようだった。目がきらきらしている。皿の上に山のように料理を盛り、「幸せだー」という顔で口をもぐもぐさせるイルカを見ていると、カカシはまだ何も食べていないのに、ほんわかと満ち足りた気持ちになった。
俺も何か料理を取ってこようと席を立ったカカシは、サラダバーの前によく見知った姿を認めてハッとした。
「蜂巣…」
思わずその名を呼ぶと、
「カカシさん…」
呼ばれた蜂巣も吃驚したように顔を上げ、手にしたトングからブロッコリースプラウトをぱさりと落とす。
険悪な空気が二人の間に流れた。先に沈黙を破ったのは蜂巣の方だった。
「カカシさん…昨晩イルッチがあなたの後を追った筈だ…あの後何があったんです?イルッチは家に帰っていないみたいだし…」
辛そうに表情を歪ませる蜂巣に、カカシは自分が有利な立場にいる事を知った。
「ああ〜あの後、あの人俺んちに泊まったのよ。」
多少語弊があるが嘘ではない。カカシはしゃあしゃあと涼しい顔で言い放った。
「ええ…っ!?イ、イルッチが…?」
「イルッチイルッチって…馴れ馴れしい…お前あの人の事、碌でもない奴等と一緒に苛めてた癖に、調子良過ぎるんじゃない?」
カカシは追い討ちをかけるように、既にサウザンドレッシングのかけられた蜂巣のサラダの上に、わざとたっぷり中華ドレッシングを上掛けした。完膚なきまでに叩き潰すのがカカシの信条だ。ドレッシングに揺蕩うサラダは最早食べられるような状態ではない。
「ああっ、何を…!?」
堪らず悲鳴を上げる蜂巣に、
「大賀を弔う為にも、あの人の事は諦めなさいよ。」
カカシがにっこりと、壮絶な笑顔を向ける。
しかし蜂巣も負けてはいなかった。
「イルッチは地上に降りた最後の天使だ…あなたみたいな奴には渡せない…!」
蜂巣は挑戦的に言うと、まだ空っぽのカカシの皿に、ささっとアルファルファをてんこ盛りにした。
「ハハハ、てんこ盛りのアルファルファって、なんだかカカシさんの頭みたいじゃないですか。お似合いですよ!」
う…!俺アルファルファ大嫌いなのに…
大皿に戻す事のできないアルファルファを見詰め、カカシはわなわなと体を震わせた。
ばちばちとぶつかった視線が火花を散らす。
「お前も分からない奴だねえ。『蜂巣』っていう名前通り、頭の中もスカスカ穴が開いてるんじゃないの?」
れんこんの薄切りを手に取り、カカシがその穴から馬鹿にしたように蜂巣を覗けば、
「カカシさんも、他人にものを言う時は背筋を伸ばすのが礼儀ですよ。その曲がった背中に、これでもあてておいたらどうですか?」
蜂巣が骨付きチキンを差し出す。曲がった根性も真っ直ぐになるといいですねと、蜂巣が付け加えると、側で聞いていた他の客が「うまい!」と合いの手を入れた。
それが非常に気に食わず、
「随分と言ってくれるじゃない…」
カカシは周囲を巻き添えにして、ゴゴゴと不穏な殺気を滲ませ始めた。
まさに一触即発、これ以上がないほど緊迫感が高まった瞬間。
「な、何やってるんですか、二人とも…!」
おかわりをしに来たイルカが驚いたような叫び声を上げた。
「イルッチ…!?無事だったのか?」
どさくさ紛れにイルカに抱きつこうとする、蜂巣の意図を読み取ったカカシは、
「イルカ先生、危ない…!」
素早くイルカをひょいとお姫様抱っこして、伸びてくる蜂巣の腕からイルカの体を守った。
「イルッチ…!」
蜂巣の悲痛な叫びを聞きながら、カカシは手早にパパッと印を組むと、その場からどろんと姿を消した。
勿論、抱っこしたイルカごと。