第十三回 

 

 

ナルトが下忍に合格した翌日、仕事が早く終った事もあって、イルカはひとり回転寿司に立ち寄った。

昨日ナルトと(カカシと)一緒に一楽で合格祝いをしたばかりだが、今日はひとりしみじみと教え子の前途を祝いたい気分だったのだ。

お祝いだから、ちょっと贅沢に寿司。回転寿司だが、ネタの新鮮さで定評のある店だ。金銭的な贅沢ではなく、舌の贅沢といったところか。

イルカはビールを頼み、

よかったなあ、ナルト…本当によかった…

ナルトの姿を思い浮かべながら、ひとりカウンターに向って乾杯した。

そして一頻り感慨に浸った後、

さてと、まずは何を食べようかな…

イルカはガリを小皿に取りながら、流れる寿司に目を向けた。

まずは鯵。白子にいくらと魚卵を続けて、しめ鯖で口をサッパリさせると、エンガワ、カンパチ、赤身、中トロと好きなところを攻める。

次は貝類もいっとくか…

イルカが回ってきたウニ軍艦を狙っていると、横から伸びて来た手にひょいと先に取られてしまった。

あっ、とられちゃったか…

ちょっと残念な表情を浮かべたのも束の間、狙っていたウニの乗った皿を目の前にことりと置かれて、イルカは吃驚して隣りに目を向けた。するとそこにはいつの間にか蜂巣が座っていた。

「そろそろイルッチは貝類に行くころかな、と思って…」

お茶を啜りながらそっと囁く蜂巣の姿に、イルカは茫然とした。

「ハッチ…どうしてこんなところに…?」

「寿司が食べたかったから。別に回転寿司で隣り合う事くらい、誰も不審に思わないよ。」

「や、でも他の席空いてるし…明らかにおかしいだろ?おいハッチ、今からでも別の席移れよ。」

お互い前を向いたまま、ひそひそ声で話す。

蜂巣はイルカの言葉に耳を貸さず、

「イルッチ、お前最近太ったんじゃない?」

それどころか世間話を振って、今の状況をはぐらかそうとした。

十年も上手く騙してきたのに…どうして今頃になってこんな軽率な行動を…?折角上忍になったのに…全てをふいにするつもりか…?

イルカはウニを頬張りながら、表情を暗くした。蜂巣が何を考えているのかサッパリ分からない。

ハッチが移動しないんなら、俺が席を移るか…

そう思って、イルカがビールジョッキを手に持ち、腰を浮かしかけた瞬間。

「もう、こんな馬鹿げた事は止めよう、イルッチ…」

蜂巣が思いがけない事を言った。

「え…」

聞き間違いかと目を瞬かせるイルカに、蜂巣は噛んで含めるように、もう一度ゆっくりと言った。

「イルッチ、もうこんな馬鹿げた事は止めよう…俺、ずっと言えなかったけど、別にそんなに上忍になりたかったってわけじゃないし…」

「しっ!声が大きいぞハッチ。何弱気になってんだ…!?

イルカは回ってきたプリンの皿を取ると、さり気無く蜂巣の前に置いた。

「お前小さい頃からプリンが好きだったよな…これでも食って元気出せ…」

「イルッチ…」

「どんな事があっても俺達は親友だ。あの時約束したろ?」

相変わらずひそひそ声で会話をしながら、イルカが蜂巣の為にスプーンも取ってやる。

「…イルッチ、この上のサクランボあげようか。」

「お、いいのか、ハッチ?」

密やかにイルカがサクランボに手を伸ばした、丁度その時。

「イルカ先生…あんた何やってるんですか…?」

地を這うような低い声が背後から響いた。イルカが慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか銀髪の覆面上忍はたけカカシが立っていた。

「カ、カカシ先生…!?ど、どうしてここに…?」

なんて不味い場面にと、ひとりオロオロするイルカに、カカシは恐ろしい形相をして詰め寄った

「質問したいのは俺の方です!『イルッチ』『ハッチ』って、何なんです、それ…?」

「い、いや、それは…」

一体何処まで聞かれてしまったのか。

イルカは内心冷や汗を掻いた。折角十年間隠し通して来た事が、一瞬の油断に全て駄目になりかけている。

ここはよく考えて返事をせねばと、イルカが慎重に言葉を選んでいると、

「…なんで答えてくれないの…?イルカ先生の…イルカ先生の、バカ―――――――!!!!!」

突然カカシが大声を張り上げ、ダダッと店を出て行ってしまった。

「え…ちょ、ちょっと待ってください、カカシ先生…!」

もう寿司どころの話ではない。

よりにもよって、大賀上忍の死について未だ不審を抱いているカカシに、こんな場面を見られてしまうとは。

何か言い訳をしなくては、取り返しのつかない事になる。

それに。

なんかあの人…泣いてなかったか?

走り去っていく時、確かに頬を滑る涙がきらりと光ったような気がする。

カカシが何故泣いているのか、わけが分からなかったが、何だかとても気になった。

イルカは慌ててその後を追いかけようとしたが、蜂巣に腕を掴まれ引き止められた。

「放って置けよ、イルッチ。」

「阿呆、そんなわけいくか、いいからここは俺に任せとけ!お前は寿司食うなり家に帰るなりしてていいぞ、」

やはり小声でぼそぼそと言いながら、イルカは蜂巣を振り切り、カカシの後を追いかけ店を出た。

しかし外には既にカカシの後姿も無く、イルカは途方に暮れながらも、暫くの間カカシの姿を求めて夜の街を走り回った。

もう家に帰っちゃったのかなー…俺、カカシ先生の家知らないしなあ…

困った事になったなと、人気のない道をとぼとぼと歩いていると、突然目の前の曲がり角からカカシがゆらりと姿を現した。

「カ、カカシせん…」せい、と最後までその名を呼ばないうちに、鳩尾に一発、ずんと重い拳を食らわされて。

イルカはその場でガクリと気を喪ってしまっていた。

 

つづく