ナルトが下忍に合格した翌日、仕事が早く終った事もあって、イルカはひとり回転寿司に立ち寄った。
昨日ナルトと(カカシと)一緒に一楽で合格祝いをしたばかりだが、今日はひとりしみじみと教え子の前途を祝いたい気分だったのだ。
お祝いだから、ちょっと贅沢に寿司。回転寿司だが、ネタの新鮮さで定評のある店だ。金銭的な贅沢ではなく、舌の贅沢といったところか。
イルカはビールを頼み、
よかったなあ、ナルト…本当によかった…
ナルトの姿を思い浮かべながら、ひとりカウンターに向って乾杯した。
そして一頻り感慨に浸った後、
さてと、まずは何を食べようかな…
イルカはガリを小皿に取りながら、流れる寿司に目を向けた。
まずは鯵。白子にいくらと魚卵を続けて、しめ鯖で口をサッパリさせると、エンガワ、カンパチ、赤身、中トロと好きなところを攻める。
次は貝類もいっとくか…
イルカが回ってきたウニ軍艦を狙っていると、横から伸びて来た手にひょいと先に取られてしまった。
あっ、とられちゃったか…
ちょっと残念な表情を浮かべたのも束の間、狙っていたウニの乗った皿を目の前にことりと置かれて、イルカは吃驚して隣りに目を向けた。するとそこにはいつの間にか蜂巣が座っていた。
「そろそろイルッチは貝類に行くころかな、と思って…」
お茶を啜りながらそっと囁く蜂巣の姿に、イルカは茫然とした。
「ハッチ…どうしてこんなところに…?」
「寿司が食べたかったから。別に回転寿司で隣り合う事くらい、誰も不審に思わないよ。」
「や、でも他の席空いてるし…明らかにおかしいだろ?おいハッチ、今からでも別の席移れよ。」
お互い前を向いたまま、ひそひそ声で話す。
蜂巣はイルカの言葉に耳を貸さず、
「イルッチ、お前最近太ったんじゃない?」
それどころか世間話を振って、今の状況をはぐらかそうとした。
十年も上手く騙してきたのに…どうして今頃になってこんな軽率な行動を…?折角上忍になったのに…全てをふいにするつもりか…?
イルカはウニを頬張りながら、表情を暗くした。蜂巣が何を考えているのかサッパリ分からない。
ハッチが移動しないんなら、俺が席を移るか…
そう思って、イルカがビールジョッキを手に持ち、腰を浮かしかけた瞬間。
「もう、こんな馬鹿げた事は止めよう、イルッチ…」
蜂巣が思いがけない事を言った。
「え…」
聞き間違いかと目を瞬かせるイルカに、蜂巣は噛んで含めるように、もう一度ゆっくりと言った。
「イルッチ、もうこんな馬鹿げた事は止めよう…俺、ずっと言えなかったけど、別にそんなに上忍になりたかったってわけじゃないし…」
「しっ!声が大きいぞハッチ。何弱気になってんだ…!?」
イルカは回ってきたプリンの皿を取ると、さり気無く蜂巣の前に置いた。
「お前小さい頃からプリンが好きだったよな…これでも食って元気出せ…」
「イルッチ…」
「どんな事があっても俺達は親友だ。あの時約束したろ?」
相変わらずひそひそ声で会話をしながら、イルカが蜂巣の為にスプーンも取ってやる。
「…イルッチ、この上のサクランボあげようか。」
「お、いいのか、ハッチ?」
密やかにイルカがサクランボに手を伸ばした、丁度その時。
「イルカ先生…あんた何やってるんですか…?」
地を這うような低い声が背後から響いた。イルカが慌てて振り返ると、そこにはいつの間にか銀髪の覆面上忍はたけカカシが立っていた。
「カ、カカシ先生…!?ど、どうしてここに…?」
なんて不味い場面にと、ひとりオロオロするイルカに、カカシは恐ろしい形相をして詰め寄った
「質問したいのは俺の方です!『イルッチ』『ハッチ』って、何なんです、それ…?」
「い、いや、それは…」
一体何処まで聞かれてしまったのか。
イルカは内心冷や汗を掻いた。折角十年間隠し通して来た事が、一瞬の油断に全て駄目になりかけている。
ここはよく考えて返事をせねばと、イルカが慎重に言葉を選んでいると、
「…なんで答えてくれないの…?イルカ先生の…イルカ先生の、バカ―――――――!!!!!」
突然カカシが大声を張り上げ、ダダッと店を出て行ってしまった。
「え…ちょ、ちょっと待ってください、カカシ先生…!」
もう寿司どころの話ではない。
よりにもよって、大賀上忍の死について未だ不審を抱いているカカシに、こんな場面を見られてしまうとは。
何か言い訳をしなくては、取り返しのつかない事になる。
それに。
なんかあの人…泣いてなかったか?
走り去っていく時、確かに頬を滑る涙がきらりと光ったような気がする。
カカシが何故泣いているのか、わけが分からなかったが、何だかとても気になった。
イルカは慌ててその後を追いかけようとしたが、蜂巣に腕を掴まれ引き止められた。
「放って置けよ、イルッチ。」
「阿呆、そんなわけいくか、いいからここは俺に任せとけ!お前は寿司食うなり家に帰るなりしてていいぞ、」
やはり小声でぼそぼそと言いながら、イルカは蜂巣を振り切り、カカシの後を追いかけ店を出た。
しかし外には既にカカシの後姿も無く、イルカは途方に暮れながらも、暫くの間カカシの姿を求めて夜の街を走り回った。
もう家に帰っちゃったのかなー…俺、カカシ先生の家知らないしなあ…
困った事になったなと、人気のない道をとぼとぼと歩いていると、突然目の前の曲がり角からカカシがゆらりと姿を現した。
「カ、カカシせん…」せい、と最後までその名を呼ばないうちに、鳩尾に一発、ずんと重い拳を食らわされて。
イルカはその場でガクリと気を喪ってしまっていた。
つづく