第十二回

 

 

はあ〜…やっとジャリどもの下忍試験も終ったし…

俺の仕事も一段落って事で、ようやくイルカ先生といちゃいちゃできると思ったのに…

自分に纏わり憑く不穏な気配に嘆息し、カカシは一楽の前でイルカとナルトの二人と別れた。そのまま何食わぬ顔で暫し一人で夜道を歩く。その後ろを気配はついて来る。

十年振りの逢瀬を邪魔してくれちゃって、まあ…無粋にも程がある〜よ、

カカシは月明かりだけが道を照らす人気のない道に差し掛かると、振り返らぬまま背後の闇に向けて言った。

「隠れてないで出てきたら?」

すると背後の闇から音も無く、すっと影が現れ出た。

「隠れるつもりはありません、」

「でしょ〜ね、気配だだ漏れだったもん。お前、俺を付回してどーいうつもり?」

カカシが振り向くと、そこには大賀の弟・蜂巣が立っていた。

「お久し振りです、カカシさん」

「挨拶はいいよ、蜂巣…と、今はれんげ上忍か。」

何気ないカカシの言葉に蜂巣が顔を歪ませる。

「今まで通り蜂巣でいいです。そんな事よりもカカシさん…どうしてあの男と…海野イルカと馴れ合ってるんですか?この前も受付であの男を庇ったりなんかして…あの男が兄さんを殺した事を忘れてしまったんですか?ずっと以前にも言った筈です…あの男は俺達にとって憎むべき仇だって…」

厳しい口調で詰め寄る蜂巣の問いには答えず、カカシは反対に蜂巣に問いかけた。

「お前口ではそんな事言ってるけど、本当にイルカ先生の事憎んでるの?」

「も、勿論。」

「そ〜お?確かにお前はイルカ先生に嫌がらせをする、くだらない連中とつるんでるけど…な〜んか無理してる感じだ〜よね、」

カカシがそう思うのには根拠があった。

三日前、忙しい仕事の合間を縫って、カカシは受付所にこっそりとイルカの姿を覗きに行った。

何故こっそりかというと、ジャリどもの下忍試験が終わった後に、劇的にその身分を明かしてアッとイルカを驚かせる予定だった為、身分がばれるような事を避けていたのだ。

だが、思いがけずイルカが柄の悪い連中に囲まれ、絡まれている場面に出くわし、吃驚した。

火影の前情報で、自分の担当する問題児ナルトの唯一の理解者がイルカである事を聞いていた。

その為に一部の者から快く思われていない事も。

でもだからといって、こんなにあからさまな嫌がらせを受けているとは思わなかった。

俺のもんに勝手に何してくれんのよ、この連中は…!

また火影の爺様が心配して、この人をどっか遠くに隠しちゃったらどーしてくれようか…

ぐるっと嫌がらせをする面子を見渡して、その中に蜂巣がいる事を発見し、カカシは二度吃驚した。

カカシは蜂巣の「イルッチ」発言を忘れた事はなかった。本当にこんな連中と徒党を組むほど、イルカを憎んでいるとは思っていなかったのだ。

ま、そんな事は今はどうでもいい…あの人を助けるのが先…!

カカシはすぐさま、その騒ぎに割って入った。

イルカの花瓶の花を踏み付けそうになっている男の動きを止める為、殺気を撒き散らして。

その花がどういった花か知っていた。ちょっと前まで一緒だったナルトが、休憩時間にぽろっとイルカに預けてきた花の蕾の事を漏らしたからだ。

「咲いたら俺に見せてくれよ、楽しみだ、」とイルカが言った事も。

だから絶対に、花を踏み躙らせるわけには行かないと思った。

カカシが花の蕾を無事拾い上げた瞬間、さっきまで他の連中と一緒になってイルカを押さえつけていた蜂巣が、ホッと安堵したかのような表情を浮かべた。

カカシはそれを見逃さなかった。

あの時確かに、蜂巣はイルカが助けられた事に安心したのだ。

カカシにイルカへの憎悪を疑われて、蜂巣はムキになった。

「無理してなんかない、俺は本当にあいつの事が憎い…っ!」

「そお?でも説得力ないよ。お前さ、兄さんが兄さんがっていつも大賀の事引き合いに出して、俺にあの人から離れるように強要するけど…実は俺に嫉妬してるんじゃないの?」

「な、何言って…!」

動揺する蜂巣にカカシはズバリと切り込んだ。

「お前、本当はイルカ先生の事が好きなんでしょ?」

「ち、違う、そんな事は絶対に…」

蜂巣は即座に否定したが、カカシの恋する嗅覚が恋敵の存在を間違えるわけがない。土の下に隠れたトリュフを嗅ぎつける豚の如く鋭いのだ。

「それならこの俺の秘蔵イルカ写真を、今俺の前で踏んでみなさいよ。」

踏めたらお前の言い分を考えてやってもいい。

カカシはそう言って、蜂巣の足元にイルカの写真をそっと置いた。

ナルトから買い上げた、パンツ一丁のイルカの寝乱れ姿の写真だ。

あどけない寝顔に口の端から零れる涎の筋。

股に挟んだうす掛けに抱きつく格好をして、腕の下から僅かに乳首を覗かせている…イルカに好意を寄せる者にとっては垂涎の一枚だ。

「こ、こんな、こんなもの…っ!こんな、こんな…っ、」

蜂巣はぶるぶると体を震わせながらも、グワッと足を上げた。

今にも踏み付けてしまいそうなその様子に、しかしカカシは腕組したまま、眉ひとつ動かさない。至極冷静だ。

蜂巣は暫しの間足を上げたままでいたが、突然ガバリと頭を抱えると、

「こ、こんな可愛いイルッチを、踏めるわけないじゃないかあああああ―――――!!!!!」

夜の静寂を切り裂く大絶叫を上げた。蜂巣はよよとその場に崩れ落ちる振りをして、どさくさ紛れにささっと写真に手を伸ばしたが、カカシは神をも凌駕する奇跡的素早さで、蜂巣より先に写真を拾い上げた。

「やっぱり好きなんじゃない。」

してやったりと、にやりとカカシが蜂巣の方へと顔を向けると、しかしそこにはただ夜の暗闇がしんと横たわるばかりで、既に蜂巣の姿は見当たらなかった。

逃げ足の速い奴め…しかしどーして好きなのに苛めたりしてんのかねえ。

子供じゃあるまいし、あれじゃ伝わるもんも伝わらないでしょ…やっぱり大賀の事が多少引っ掛かってるのか?

…ま、俺にとっては好都合だからいいけどね!

カカシはイルカの写真にチュッと口付けながら、本物にしたかったなあと少しだけ眉尻を下げた。

 

 つづく