Happy,HappyBirthDay






丈夫なだけがとりえなのに。

アカデミー時代は皆勤賞の健康優良児だった、栄えある過去は何処へ行ったのか。

俺も年をとって体力が低下しているのか…それとも普段からの鍛え方が足りないのか…

熱で朦朧とする頭でイルカはそんな事を考え、嘆息した。どちらの理由も情けなさ過ぎる。
目下イルカは風邪を引いて寝込んでいた。
昨日の晩から高熱がでて、それからずっと布団の住人だ。身体が重くて、自分で起きる事さえままならない。
今日は恋人であるカカシの誕生日なのに。
最悪だ、とイルカは己に舌打ちした。
一年は365日もあるのに、よりにもよってどうしてこの日なのか。
日頃の行いが悪いのかと、ついつい己を振り返ってしまう。
九月は風邪を引きやすい季節でもないのに。
「大丈夫?イルカ先生。お粥作ったんだけど、食べられる…?」
優しい恋人は湯気の上がる土鍋を枕元にことりと置いて、イルカの顔を覗き込んでくる。
誕生日が台無しになって内心ガッカリしているだろうに。
それをおくびにも出さず、甲斐甲斐しくイルカの世話を焼く姿に、申し訳なさが募る。
「すみません…カカシ先生の誕生日なのに、こんな…」
カカシに身体を抱き起こされながら、イルカがションボリと言えば、
「何言ってるんですか、イルカ先生は何も気にしないで寝ていればいいんですよ〜」
とカカシが優しく微笑む。
だけど、カカシが優しければ優しいほど、イルカは居た堪れない。
眉尻はぐぐうっと下がっていくばかりだ。
「俺、カカシ先生の為にケーキもご馳走も用意できなくて…」
「そんなの、いつだって食べられるでしょ。今日じゃなくてもいいじゃないですか、」
「プ、プレゼントもまだ買ってなくて…」
「その気持ちだけで十分ですよ。」
「しかも風邪なんか引いて、迷惑かけてばかりで…」
うだうだと泣き言めいた事を言い続けるイルカに、カカシは困ったように笑った。
「迷惑なんかじゃない〜よ。俺が好きでやってる事だし。イルカ先生、遠慮し過ぎ。具合が悪い時くらい俺を頼ってくださいよ。恋人なんだから。」
そのほうが俺も嬉しいです、とカカシに大きく寄った眉間の皺を軽く弾かれて。
イルカは瞳をうるうるさせた。

なんて出来た恋人なんだろう。俺には勿体無いくらいだ。ってか、本当に勿体無い。

カカシは誕生日なんて、病気が治ってから後日祝えばいいと言うけれど、誕生日は誕生日当日に祝ってこそ意義があるとイルカは思うのだ。
クリスマスやお正月だって、一週間ずらして祝う者がいないように。それは誰しもが持っている共通認識だろう。
嗚呼、それなのに…
「お、俺、俺は恋人失格です…!だって毎年毎年、カカシ先生の誕生日になると風邪引いて寝込んでばかりで…っ…付き合ってから三年も経つのに、一回もまともに誕生日を祝ってあげた事がないじゃないですか…!!!」
イルカはそう叫んで、ボロッと涙を流した。
そうなのだ。カカシの誕生日にイルカが寝込むのは今回が初めてではない。
付き合いはじめてから三回カカシの誕生日はやってきたが、その三回ともイルカは風邪をこじらせて寝込んでいる。
故に誕生日当日にケーキやご馳走を溢れんばかりに卓袱台の上に並べ、用意したプレゼントの箱をじゃーん!と渡す、という事を一遍もしていない。
何度も言うけれど、一年は365日あるのに。そしてそのうちの360日くらいはほぼピンシャンしてるのに。

どーしてなんだ!?俺!ってか、どーなってんだ…!?

俺が何をしたって言うんだ?と神様をちょびっと恨めしく思ったりしてしまう。

カカシはどんなに忙しくてもイルカの誕生日には身体をあけて、盛大に祝ってくれているというのに。
一年目寝込んだ時は、まあそんな事もあるかと思っただけだった。二年目は間の悪い偶然が続くものだなと少し焦りを感じた。
そして三年目は慎重になった。今年こそ風邪を引かないようにしようと、日々うがいを欠かさずに、ビタミンC剤を飲み、十分な睡眠を心がけ、数ヶ月前から体調を整えてきたというのに…
イルカの努力も虚しく、「二度ある事は三度ある」という言葉の通りに、今年もドンピシャリで風邪を引いてしまった。
忍の癖に満足に健康管理もできない。
カカシの誕生日を誰よりも祝いたいのに。
その気持ちは本当なのに。
うっうっとイルカが本格的に泣き出すと、カカシは酷く焦った顔をした。
「泣かないで、イルカ先生…身体に障る…」
ぽろぽろと零れる涙を舌で舐め取りながら、カカシがイルカの身体をギュウッと抱き締めた。
「カ、カカシ先生、風邪がうつります…っ、」
慌てて身体を離そうとするイルカを、カカシは更に強い力で抱き締めた。
「うつってもいいよ、そうしたらイルカ先生が看病して。」
「カカシ先生、何言って…」
「俺はねえ、イルカ先生には申し訳ないけれど、正直な話、案外風邪もいいなあなんて思ってるんですよ。だって一日中こうしてあんたを独り占めできる…いつもだったら仕事に行っている時間も一緒にいられる…」
「え…」
「俺って酷いやつでしょう、」
ぺろりと舌を出すカカシに、イルカは唖然としてしまった。
そんな風に考えていたなんて。
カカシらしいというか何というか…
イルカは熱の所為だけではなく、火照る頬を手で擦った。
確かにこうして一日中二人でいられる事なんて滅多にないから、カカシの言い分もなんとなく分かる。

…俺は熱で苦しいってのに…本当、酷い人だ…

イルカはそう思いながらも、カカシの背中に回した腕に力をこめた。
体温の低いカカシの身体はひんやりとして、とても気持ちよかった。
イルカはうっとりしながら、そう言えば落ち込んでばかりでまだあれを言っていなかったなあ、と思い出して、カカシの耳元で囁くように言った。
「誕生日、おめでとうございます。カカシ先生…」
ありがとうの言葉の代わりに、カカシの唇がちゅっと優しく首筋に触れた。

 

 

 

 
数日後。

カカシは高級菓子折りを片手に、暗部の実験室を訪ねていた。
「今年の風邪のウィルスね、なかなかいい具合だった〜よ。ありがとうね。これ、御礼。」
「ああ、いつもすみません。カカシ先輩。」
白衣を着た獣面の暗部が、嬉しそうに菓子折りを受け取る。
他の暗部もわらわらと寄って来て、おお、木の葉銘菓五十選に入る幻の三食団子だ!と歓声を上げた。
カカシはにこにこと笑いながら、
「またああいった感じの菌やウィルスをよろしく頼むね。」と約束を取り付けるのを忘れない。
いや約束というか、半分脅迫というべきか、カカシの手からはチチチと千鳥の鳴き声が聞こえていた。
「も、勿論ッス!」
「あんな兵器にもならない細菌やウィルスでよかったら、いつでもお渡しします!」
「持ってけドロボー!って感じですよ!!
「…ちょっと海野中忍が可哀相っすけどね、」
最後の台詞を口にした暗部は、「カカシ先輩に、な、なんて事を…!」と蒼白になった別の暗部に速やかに何処へか連れ去られてしまった。
そう、連れ去られた暗部の言葉の通り、カカシはイルカにちょっと可哀相な事をしていた。
暗部に都合してもらったウィルスや細菌をイルカに対して使っているのだ。
しかも自分の誕生日に発症するように、綿密に潜伏期間なども暗部に計算させて。

…三年も連続で、俺の誕生日にだけ風邪を引くなんて、そんな馬鹿な事あるわけないでしょ…?
何の疑いも抱かないでいるのはイルカ先生くらいのもんだ〜よ…

カカシはククッと喉の奥で笑った。
確かに付き合い始めて初めての誕生日にイルカが風邪を引いたのは、本当にたまの偶然だった。
しかしそれでカカシは味を占めてしまったのだ。
熱で目を潤ませ、赤い顔でふうふう言うイルカは酷く頼りなげで。
カカシが少しでも枕元を離れようとすると、「カカシ先生、側にいてください、」ときゅっと手を掴んできたりする。
いつもは男らし過ぎるほど男らしくて、「イルカ先生、好きですーv」とカカシが背中から抱き締めようものなら、「暑いしウザいです。離れてください。」とドきっぱりと斬って捨てる人なのに。
病に倒れたイルカ先生がこんなに可愛いなんて…っ、ときゅーんとしてしまったのだ。
たまにはこんなイルカ先生もいいなあ、なんて思ってしまった。
なのでカカシは自分の誕生日だけ、イルカに風邪を引いてもらう事にしたのだ。
一日中可愛い顔で自分に甘えてもらう事に。

それが俺への誕生プレゼントって事で。いいよね?

イルカの知らぬところで勝手に決めて、勝手にプレゼント略取。
最高の誕生日をいつも過ごさせてもらっている。
イルカには内緒だけど。
因みにカカシは前以て予防接種を受けて、絶対にうつらない算段をしている。
「新しいウィルスとか手に入った?もう来年用に捜し始めなくちゃ…人体実験してデータを取らなくちゃいけないし…。」
カカシはお菓子を食べる暗部に言いながら、去年の誕生日を思い出し、顔を顰めた。

今年は大成功だったけど、去年のウィルス…あれは失敗だった…進行がはやい上、高熱がなかなか引かないし…あんまりイルカ先生が苦しい思いをしないで済むような、ほどほどのものじゃないと、ね…

来年の誕生日に向け、余念のないカカシだった。

 


お終い