8.灯篭流し

イルカがハッと目を開くと、そこは公園のベンチの上でした。
イルカは何時の間にか眠ってしまっていたのでした。
胸はなんだかおかしく熱り頬には涙が流れていました。
(ぎ、銀河列車は…?カカシは何処に…!?)
イルカはばねのように跳ね起きて、辺りを見回しました。高台の公園の下に広がる町はたくさんの灯を綴ってはいましたが、その光は何となくさっきより淋しく見えました。
(そうか、夢だったんだ…何もかも…)
現実である筈が無いと、イルカは頭を横にふりました。
(おかしな夢だったな…俺もカカシさんも子供で…どうしてか記憶が曖昧で、それを不思議に思わなかった…)
本当におかしな夢だったとイルカは思いました。
(だけど…酷く、幸福な夢だった…)
『ずっと一緒だよ、』とカカシが自分を抱き締めてくれた温もりが、残っているかのようでした。
とても幸福な夢は余計に現実を辛く感じさせました。
二年前に任務に出たまま戻ってこない恋人。
里が八方手を尽くしても見つからず、その名前はとっくの昔に慰霊碑に刻まれていました。
誰もが諦めても、イルカは諦めるつもりはありませんでした。諦めないように、必死にこの二年間自分に言い聞かせてきたのです。
でも、イルカは今ようやく分かったような気がしました。
『ずっと一緒だよ、』とカカシが言った言葉に、全てがわかったような気が。
死が二人を別つ事があっても、二人の心はずっとともにあり何があっても離れる事は無いのだと。思いは永遠なのだと。だからもう。
(待つのは止めよう…)

あの人は帰って来ないのだという現実を受け入れよう。

イルカは溢れてくる涙を堪え切れませんでした。
見上げた夜空には、たった今夢の中で見た天の川が白くぼんやりかかり、その側には蠍座の赤い星がうつくしく煌いていました。
(あの赤く燃える火にカカシさんはいるのかな…)
イルカは涙で滲む目でじっとその星を見詰めました。
(里の為に命を尽くし、今尚天上からこの闇を明るく照らし見守っている…バルドラの蠍の様に。)
きっとそうだろうとイルカは思いました。
(きっとあの場所から俺を見ている。だから、もう心配をかけないようにしなくては。)
イルカは溢れる涙をぐいぐいと一生懸命拭いましたが、涙は暫くの間ずっと止まりませんでした。



町に降りたイルカはその足で、灯篭流しをしている川へと向かいました。
ようやくカカシをおくる気持ちになったのです。
明かりの無い、舗装されていない道を暫く歩いていると、前方に川にかかる大きな橋のやぐらが見えてきました。その橋の上や河原は灯篭を持つ人々でいっぱいでした。
大小のいろいろな明かりが水面を揺ら揺らと流れていました。
それはどこか銀河鉄道から見た天の川の様子に似て、透き通った水の上に星が揺れているようでした。それを見ていると、イルカはまた堪らなく辛い気持ちになりました。
カカシをおくろうと思っていたのに、川を目前にして足が止まってしまいました。
すると、橋の上にいたナルトが目敏くイルカを見つけて駆けて来ました。
「イルカ先生っ、」
しかしあまりの人混みに思ったように抜ける事ができず、遂には途中で転んでしまいました。
「いってえー、」
思い切り顔面から倒れ込んだナルトの鼻先は、擦り剥けて血が出ています。
「…ナルト、大丈夫か!?」
はっと正気に返ったイルカは駆け寄りながら、何か血を拭うものは無いかと慌ててポケットに手を突っ込みました。
その時。

カサリ

指先が何か紙切れのようなものに触れました。
(…こんな場所に紙なんか入れたっけか…?)
不思議に思いながら、何気なくそれを取り出してイルカは愕然としました。

金いろの唐草模様の中に、おかしな十ばかりの字を印刷した紙切れ。

それには半分に破られた跡がありました。
(そんな…馬鹿な…)
茫然とその紙切れを見詰めるイルカの前で、誰かが転んだままのナルトの体を引っ張り起こしました。
「ナルト、お前相変わらず落ち着きが無いねえ…」
聞き覚えのある声でした。
その声に弾かれたようにイルカが顔を上げると、目の前に銀の髪をした長身痩躯の姿がありました。
その顔は記憶よりも痩せこけ、体は包帯だらけでボロボロで、立っているのが不思議なくらいの酷い有様でした。
だけど。嬉しそうに三日月に撓んだ瞳は二年前とまるで変わりませんでした。
「ただいま、イルカ先生。」
「……っ…、カ、」
言葉になんてなりませんでした。もっとよく見ていたいのにその姿も視界の中で急激に滲んでいきます。イルカはわくわくと震える足を懸命に動かして、カカシに近付くとその体を夢中で掻き抱きました。カカシもイルカの体に腕を回し、きつく抱き締めました。その瞬間イルカの手の中で半分に破いた切符が金色に輝き、さあっと風に溶けて言葉となって耳元を掠めました。

『ずっと一緒だよ、』

幼いカカシの声が聞こえた気がしました。


終わり