不器用な願い事 

 

 

「……イルカ先生、おはようございます」

俺が台所に立って、簡単な朝食を拵えていると、寝ぼけ眼の恋人が寝室から出てきた。

恋人の名は、はたけカカシ。元暗部の凄腕で、今は俺が担当していた子供達の上忍師をしている。
そのカカシは、つきあい始めて一年と数ヶ月経つと言うのに、未だに俺の名を呼ぶ前には躊躇うように一拍間を置く。
そのぎこちなさは、とても手練れの忍のものだとは思えない。
それに、年下で格下の俺に対して、何故か敬語を使っている。だが、そうかと思えば、俺に対して誤解があったとはいえ、いきなり酷い暴言を吐いてみたりもする。
今はもう慣れたようだが、以前「カカシさん」と呼ぶといちいち顔を赤くしていたこともあった。本人は平静を装っていたつもりのようだったが、いくら無表情でも顔が赤くなるので、照れているのがバレバレだった。
とにかく、カカシという男は不器用で、その不器用さにこれまで散々振り回されてきた。
それでも、付き合う前に何故か目の敵にされて意地の悪いことばかり言われていた頃や、ついうっかり告白してしまって、成り行き任せみたいに付き合い出してからも名前は呼んでくれない、視線も合わせない、俺ばかりが喋っていてカカシからは何も話してくれないしで一度は別れたりもした頃から比べると、格段に進歩はしている。
とは言っても、やっぱり不器用なことに変わりはないのだった。


「おはようございます、カカシさん」

振り返って挨拶を返すと、カカシは洗面所へ向かった。
その間に俺は、卓袱台の上に目玉焼きと生野菜のサラダ、そしてトーストという、料理とも言えない品々を並べる。
それが終わる頃、丁度カカシが洗面所から出てきて、俺達は揃って朝食を食べ始めた。

「あ、そうそう、これ――」

 一枚目のトーストを食べ終わる頃、カカシに渡したいものがあったことを思い出して、それを卓袱台の上に乗せる。

「なんですか、これ?」

目の前に置かれた緑色の長方形の紙を眺めながら首を傾げるカカシに、明日は七夕だと告げた。

「ああ、笹を飾る日……でしたっけ?」

「ま、まあ、間違いではないですけどね……」

興味のなさそうなカカシに、彼らしいなと思いながら、簡単に七夕について説明した。

「――で、この短冊に、願い事を書いて笹に飾るんですよ。そうすると、願い事が叶うって言われているんです」

カカシはそれを聞くと、少し興味が湧いたようで、緑色の短冊を手にとって、まじまじと眺めはじめた。

「アカデミーに笹を飾りますから、それに願い事書いておいてくださいね。俺が飾っておきますから」

短冊を裏返したりして眺めることに夢中になっていたカカシは、俺の言ったことがすぐには飲み込めなかったのか、少し間を置いてから、

「え? あ、いえ、自分で飾ります」

少し慌てたように言った。
そんなカカシを変に思う。だが、カカシの不審行動なんて今に始まったことじゃないので、俺は気にしないことにした。





「カカシさん、短冊は飾りましたか?」

七夕当日の夜、アカデミーから帰宅した俺は、既に家に帰って来ていたカカシに尋ねた。
カカシはどんな願い事をしたのだろう。
いつも俺の想像の遙か前方を行く人だから、願い事も突拍子もないことなんじゃないかと、非常に興味が湧く。
だが、カカシは「飾りましたよ」と俺の方も見ないでそう言うと、俺がどんなに聞いても、願い事の内容は教えてくれなかった。
まあ、人の願い事を詮索するなんていい趣味とは言えないが、この人は自分の気持ちを巧く表現出来ないし、自分から自分のことを話すなんてことも無い。だからこういうことでもないと、俺はカカシと言う人を知るチャンスがないのだから、仕方がないのだ。
現に俺は、カカシがどんな願い事をしたのか、まったく検討がつかない。

――俺に言いたくない願い事ってなんだよ……

なんだか、悪い方へ悪い方へと考えが進んでしまって、最終的には、俺と別れたいなんて願い事じゃないのかという所まで来てしまった。
否、でもカカシは俺の想像の遙か前方どころか、遙か頭上を行ってもおかしくない人だ。俺と別れたいなんて、俺の考えつく願い事を書くわけがないじゃないか。
そんな失礼なことを思いながら、自分の恐ろしい考えを否定する。
それに、今までそんな風に思い込んだりしてそれが当たったことなんて、一度もなかった。
そうだ、もっとカカシを信じてもいいじゃないか。
目の前にカカシがいることも忘れて、自分の思考に没頭していると、肩を叩かれた。
ハッとして顔を上げると、何度も俺のことを呼んでいたようで、カカシは困った顔でこっちを見ていた。

「あの……、何か俺に言いたいことありませんか?」

カカシが遠慮がちに尋ねてくる。

「言いたいこと?」

何かあっただろうか。
短冊を飾ったかどうかはもう聞いたし、教えてもらえなかったが、願い事も聞いた。

「何もないんですか?」

考え込んでいる俺を、カカシが急かす。

「ええ、何もありませんけど……」

「本当に、何もないんですか?」

「何もありませんよ。何なんですか、一体」

奥歯にものが挟まったような言い方に少し苛立って、きつい口調になってしまった。
しかし、苛立ったのはカカシも同じだったようで、少し乱暴に俺の両肩を掴むと、

「だったら身体に言って貰うしかないですね」

そう言って、荒々しく唇を押しつけて来た。

「なッ――!?」

あまりに突然のことに驚いて抵抗する。けれど上忍のカカシには敵うはずもなく、俺の服が全て脱がされるまで、そう時間は掛からなかった。



「ちょ……っ……カカシさ……」

乱れた呼吸の合間に、俺の下肢に顔を埋め太股に吸い付きながら、勃ち上がった性器を手で扱くカカシに必死で呼びかける。
しかしカカシは、その呼びかけに答えるどころか、先走りの汁を滲ませる俺のモノを手だけでは飽きたらず、口を使って更に責め立てた。
カカシの立てる、グチャグチャと湿った音がやたらにはっきりと耳に届く。
恥ずかしいし気持ちいいしで、俺はもうおかしくなりそうだ。
どうしてこの男は、普段は呆れるくらい不器用なのに、こういう時にばかり器用さを発揮するのか。

「も、やめ……」

懇願すると、ようやくカカシは顔を上げた。
しかし、今にも達してしまいそうな快感から解放されホッとしたのも束の間、

「ああ、すみませんね。こっちばっかりじゃ物足りませんよね」

カカシはまったく見当違いなことを言う。
もちろん、これはわざとだ。
ちょっと親しげに呼ばれただけで顔を赤らめていた人物とは思えない程、性行為の時のカカシは人が変わる。
これは、俺に意地の悪いことを言う時のカカシそのものだ。

「ちがっ――!」

不本意な言葉を即座に否定するが、俺の言うことなんて聞いちゃいないカカシは、俺に見せつけるように自分の指をいやらしく舐め回すと、無遠慮に俺の身体に湿った指を侵入させてくる。
飲み込まされた異物に、身体が強ばった。
しかしそれも始めの内だけで、男同士の性行為に随分と慣らされた俺の身体は、カカシの指を奥へ奥へと飲み込もうとするのだった。



「ねぇ、俺に言いたいこと、ないですか?」

我が物顔で俺の中を掻き回していた指の動きを止めて、カカシが何度目かの同じ問い掛けをする。
今日のカカシはどこかおかしい。
まあ、いつもおかしいと言えばおかしいのだが、いつにも増しておかしいような気がする。
否、そんなことよりも、指を突っ込まれて、大事な物を掴まれている状態でそんなことを聞かれても、ちゃんと考えることなんて出来るわけがないじゃないか。
というか、この状態で言いたいことって、やっぱアレだろうか……。
ふと一つの答えに行き当たって、俺は一瞬息をするのを忘れそうになった。

――いやいやいやいや、それは無理! 言えねぇよ!!
そんな自分から「入れてくれ」なんて言えるわけがないだろう!

今でこそこうやって組み敷かれる立場になっているが、俺だって一応男で、本来ならばその言葉は言われることはあっても、言う事なんてないはずなのだ。
しかも、そんなことを言う俺ってどうよ? 気持ち悪いだけだろう!?
思わず自分がその台詞を言っているところを想像して、体中の血液が顔面に集中したかのように熱くなった。

「無理です、言えません……」

顔を背けてぼそぼそと訴えると、カカシは諦めたように溜息を一つ吐いて、中に埋めたままだった指を引き抜いた。

「ン……ッ――」

思わず漏れた声に、ますます顔が熱くなる。
身体はこの行為に慣れたと言っても、俺の気持ちはまだまだこの行為に羞恥心を抱く。

「すぐに、もっとイイ物あげますからね」

その俺の羞恥心を一層煽るような言い方をするカカシが恨めしい。
けれども、俺の身体は否応なしにカカシの台詞に反応してしまう。そして与えられた快感をなんなく飲み込んでしまうのだ。
そういう時、俺はいつも自分の身体に裏切られたような気持ちになる。
そして、カカシがどんなに不器用で俺を振り回そうとも、もう後には引けないと思うのだった。


それから散々揺さぶられ、いつもよりしつこいカカシに口では言えないような色々なことをしたりされたりして、俺は酷く疲れてしまった。
おまけに身体中がべとべとしていて気持ちが悪い。
とにかくシャワーを浴びて眠りたかった。
俺はいつの間にか、カカシの願い事のことをすっかり忘れていたのだった。





翌日、ちょっとヒリヒリするとある部分に薬を塗ろうと、薬入れにしているひきだしを開けて、短冊を発見した。
その短冊は、一昨日カカシに渡したもので、そこに書いてある願い事に、俺は目を丸くした。

『イルカ先生が好きだと言ってくれますように』

それが、カカシの願いだった。
昨日カカシがしつこく聞いてきたのは、これだったのか。
昨夜は凄い勘違いをしていたということに気が付き、変なことを言わないで良かったと、心底思った。
だが、今考えるべき事はそんなことではなく、ついうっかり口を滑らせたという形でしか、俺はカカシに好きだと言ったことがないという事だ。バレンタインには本命のチョコレートを渡しはしたが、言葉に出してはっきりと「好き」とは言っていなかった。
あの不器用なカカシが、この時はちゃんと「好き」だと言ってくれたのに。そして、俺はもの凄く嬉しくて仕方がなかったと言うのに。
もしかしてカカシは、こんな子供だましの七夕の短冊に縋る程、不安だったのだろうか。俺と同じように、いろいろ悩んだり傷付いたりしたのだろうか。
だとしたら、カカシにそんな思いをさせていたなんて、本当に申し訳ない。
しかしそうは思うものの、その一方で、カカシがこの短冊に願い事を書いているところを想像して、思わず笑ってしまった。
こんな神頼みみたいなやり方じゃなくても、他にいくらでも方法はあっただろうに、それがまた彼らしい。
ぎこちなく、けれど宝物のように俺の名前を呼ぶところも、俺にだけ敬語だったり暴言を吐いてみたり、態度が変わるところも、意外に照れ屋なところも、みんなみんな大好きだ。
カカシはきっと、願い事が叶わなくて、がっかりしたことだろう。
まあ、笹に飾ったと言った癖に飾ってなかったのだから、それも仕方ないのかもしれないが。

――でも特別に、その願い俺が叶えてあげますよ。その代わり、俺の願いも叶えてもらいますからね!

心の中で呟いて、にんまりと笑う。
今頃俺の短冊は、笹の一番てっぺんで風に揺られているだろう。


『カカシさんがまた好きだって言ってくれますように』


俺も大概、不器用らしい。




END