5.イルカの切符(中)

汽車はごとごととうつくしい燐光の川岸を走っていました。窓の外には幻燈のように大小さまざまな三角標やその上を飾る測量旗が光を放ち、桔梗いろの空を仄かに明るくしています。吹き込んでくる風は実に透き通って、とても綺麗でした。
その透き通った風に混じる野ばらのにおいは、どうやら突然現れた、リンという少女から漂ってくるようでした。
リンという少女は断りも無くカカシの隣に座ると、自分の腕時計をジイッと覗き込みました。
「カカシがこんなに早く来るとは思わなかった、」
リンは少し悲しそうに微笑んだかと思うと手にしていた荷物の掛け金をぱちんと外し、中から黄金と紅で彩られた、それは見事な苹果を取り出しました。
「食べる?」
「……」
カカシは黙ったまま、首を横に振りました。
「お腹、減ってるでしょうに…」
リンはふうと溜息をつきました。そして向かいの席のイルカに今ようやく気付いたというように、あら、と小さく吃驚したような声を上げました。
「…あなたは私たちとは違うみたい…どこからこの汽車に乗ったの?」
リンは興味深い様子でイルカに尋ねてきました。
イルカはすぐに答える事ができませんでした。
(…この女の子は誰だろう?カカシと友だちみたいだけど…)
随分と可愛らしい女の子だなと思いながら、イルカが黙っていると、
「どこからでも関係ないでしょ、」
リンの好奇心を窘めるように、カカシが口を開きました。
その事に余程吃驚したのか、リンが大きな目を更にまんまるにしました。
「…カカシ、」
リンは急に気の毒そうな表情を浮かべると、
「そう…だから苹果を食べないのね…あなたひょっとして、汽車に乗ってから何も食べていないんじゃない?そうでしょう?」
よく分からない事を捲くし立て、カカシの手をそっと握りました。
(あ…っ!)
イルカはその様子に胸をドキリとさせました。
思わず声まで上げてしまいそうになって、イルカは慌てて手で口を覆いました。
(な、何をそんなに吃驚しているんだ…?ただ、手を繋いだだけじゃないか…)
照れ臭さとは別の居心地の悪さを感じて、イルカは視線を俯けました。
胸にもやもやとよく分からない感情が湧き上がります。
カカシはリンの手を払わずに、ただ黙って窓の外を見ていました。
「…そんな事をしてもどうしようもないのに…」
言いながら少女は手にしていた苹果をかりりと齧りました。途端に爽やかな酸味がぱあっと空中に広がりました。齧った跡から垂れる果汁はトパーズのようにきらめいて、床に染みを作りました。
その様子はとてもおいしそうなのに何故でしょう、イルカにはそれが泪のように物悲しく見えました。
カカシは少女の呟きには応えずに、
「かささぎがいるな、」
窓の外を見たまま言いました。
流れてゆく風景に、青白き河原に一列に並ぶ黒い鳥の姿が見えていました。
「…かささぎだけじゃないわ、」
リンという少女も同じように窓の外を眺めて応えました。
「次の停車場には先生もオビトもいるわ…、もう、降りなくちゃいけないのよ。」


続く