教科指導の実践例


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1995年度版

学習意欲を高め、学ぶ力を育てる指導
− 機械領域における課題解決学習を通して −

1 はじめに

 我が国における科学技術の進展と経済の発展は、社会生活や家庭生活を急激に変化させ、国民は直接・間接に様々な影響を受けてきた。これらの変化は、今後ますます進行することが予想されるが、二十一世紀において社会の重要な推進力となり、同時に家庭の経営者となる生徒たちには、変化に主体的に対応し、創造的に生きていくことができる資質や能力をもった人間に育つことが強く望まれている。
 このことを受け、新学習指導要領では、次の4つ基本方針が示されている。
  @豊かな心を持ち、たくましく生きる人間の育成
  A自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成
  B基礎・基本の重視と個性の伸張
  C国際理解と文化と伝統の尊重
 中でも、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成をきわめて重視している。そのために、「新しい学力観に立つ学習指導の展開」が強く要請されている。従来は、学んで得た結果としての知識や技能を重視し、獲得した量を問題にしたりしたが、これからは、生徒の主体的な学習活動を大切にし、一人一人の学ぶプロセスに注目し、興味・関心や学ぶ意欲、学習への態度まで含めて学力としてとらえていこうとするもので、新しい学力観「内発的な学習意欲を喚起し、自ら学ぶ意欲と思考力、判断力、表現力などの能力の育成を学力の基本とする。」を重視している。
 しかし、実際に機械領域を25時間の指導過程を編成して授業を行ってみると、生徒たちは機械に対する興味・関心が乏しく、授業の反応もやや鈍い。そして、手先が器用でない者が多かったり、見通しを立てて作業に取り組めないなど、今までとは異なる傾向が見られるようになってきている。これは、テレビゲーム機の普及や高学歴指向に伴う受験競争等、生徒たちをとりまく家庭生活やや社会状況が変化してきているのが原因と思われる。幼児期から小・中学生の成長期に、かつてはおもちゃや模型で遊んだり、近所の友達同士で日が暮れるまで遊び回った。また、物を大切に扱う習慣もあったために、物が壊れても直してくれる大人がいた。しかし、今では生徒たちが自分で考え行動できる時間の多くをテレビゲームや塾通いや稽古事に費やされている。大人も忙しいためか、壊れた物ばかりか、まだまだ使えるような物であっても古くなったというだけで処分してしまう。このような社会の状況や大人の生活感覚は、子どもたちに大きな影響を与えている。

2.研究のねらいと仮説

 従来からの教科指導の中心は、知識と技術について教師主導で与え、生徒はそれを受け身のかたちで受けとめるという方法が一般的であり、知識や技術の最重視に片寄る傾向があった。もちろん、これに対する反省や改善の試みもまた数多くなされてきている。しかし、今後も予想されるさまざまな社会や経済の変革に主体的に対応して行くためには、なお一層の改善や改革が求められている。技術・家庭科の機械領域の指導で考えれば、機械は生徒たちの身の回りに多くあるため、学習意欲の高まりが期待でき、個に応じた、自主的・主体的な学習を進めるのに最適な領域であると考えられる。
 また、次代を担う今の生徒たちに求められている力として、思考力、判断力、創造力、表現力などがあげられている。機械領域の指導の特性から考えると、身の回りに数多くの機械があり、製作課題を実際に利用されている機械にだぶらせて思考をめぐらすことが可能となる。「動く模型」の製作においても、これら身の回りの機械と対比しながら、設計・製作を行うことができる。生徒の興味や意欲が持続し、創造的で自由な発想を生かせるような製作課題を与え、授業過程を工夫することにより、より豊かな創造力・表現力を養うことができ、今後の情報化社会や日常生活の中のさまざまな問題に対応できるようになると思われる。
 そこで本研究テーマに沿うよう主体的な学習を可能とするような視点から、次のような仮説をたて、領域の指導計画の見直しを行い、その中で創造力・表現力を豊かにするための教材・教具の位置づけの研究をすることが重要な課題であると考えた。特に課題解決学習の位置づけを明確にした指導内容・方法とし、研究テーマに迫り得るものとしたい。
 機械領域の指導において題材(製作課題)を工夫し、生徒一人ひとりが主体的に学習できるような授業過程をしくめば、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成ができるであろう。

3 研究の内容

 (1) これからの技術・家庭科が目指す学力観

 技術・家庭科の目標は、「生活に必要な基礎的な知識と技術の習得を通して、家庭生活や社会生活と技術とのかかわりについて理解を深め、進んで工夫し創造する能力と実践的な態度を育てる。」である。これは一人ひとりの生徒が望ましい人間形成を図るために必要とされる基礎的・基本的な内容である。
 これを、新しい学力観との関連でとらえると、基礎的・基本的内容とは、生徒が身につける必要がある関心・意欲・態度、思考力・判断力・表現力などの能力、技能、知識・理解などの資質や能力を指す。なかでも生徒の自己実現に生きて働く思考力・判断力・表現力などの能力は、基礎的・基本的な内容の中核をなすものである。そして、これからの教育においては、生徒の側に立ち、基礎的・基本的内容を学習指導要領に示している、「目標」の体系の中に統合された「内容」としてとらえ、生徒の一人ひとりの自己実現に生きて働く力になったとき、はじめてそれは意味をもつものと考える必要がある。
 そこで、技術・家庭科の目指す学力は、次のように示すことができる。
@ 生活や技術について関心をもつとともに、進んで実践しようとする意欲・態度
A 生活について見直し、生活の課題について自ら考え、判断し、解決を目指して創意工夫する能力
B 生活を豊かに表現できる基礎的な技能
C 生活や技術についての基礎的な知識・理解ならびに家庭生活や社会生活と技術とのかかわりについての理解

 技術・家庭科の目指す学力をこのようにとらえて学習指導を行うことにより、技術・家庭科の立場から教育の最重要課題である「自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成」を中心とする新学習指導要領のねらいの実現が図れるものと考える。

 (2) 課題解決学習を位置づけた機械領域の指導計画

  ア 題材の目標

 簡単な動く模型の設計と製作を通して、機械のしくみを理解させ、機械を適切に活用する能力を養う。

  イ 製作課題

 興味・関心を高め、持続させるために、製作課題の設定には特に留意した。機械領域に限らず、一般的に生徒が興味・関心をひくものは、生徒にとって設計・製作が困難なものが多い。学習内容や作業要素、難易度などを考慮し、次のような製作課題を設定した。
発泡スチロール(60×60×120 mm)をつかんで持ち上げる、動く模型・2軸制御ロボットを設計・製作する。

  ウ 作品例

  エ 指導計画

時間 ね  ら  い 学  習  内  容
・作品例のビデオ教材の視聴をとおして興味・関心を高めさせる。
・模型の動きをもとに作品のおおよその形を考えさせる。
・作品の構想を図にまとめさせる。
・作品例のビデオ教材を視聴する。
・与えられた課題(模型の動き)をもとに、アイデアを図にまとめる。
・「自転車で時速50km」という課題を与え、学習意欲を高めさせる。
・回転数、ギヤの歯数、速度などの関係を調べさせる。
・回転比についてまとめさせる。
・「自転車のペダルを毎分何回転させたら時速50kmになるか」という課題について調べ、回転数とギヤの歯数の関係をまとめる。

・教材・教具の工夫により、リンク装置への興味・関心を高めさせる。
・リンク装置とリンクの長さの関係を調べさせる。
・リンク装置の種類と概要をまとめさせる。
・リンク装置シミュレータ(コンピュータ教材)を参考にして、リンク装置実験盤でリンク装置を組み立てる。
・リンク装置の種類やリンクの名称をまとめる。
・思考段階ではリンク装置シミュレータを、動作を確かめる段階では実験盤を使わせ、学習意欲を持続させる。
・使用するリンク装置を決定し、各リンクの寸法を決めさせる。
・リンク装置シミュレータやリンク装置実験盤を使い、課題に対する動きが実現できるようなリンク装置を選択して、各部の寸法を決める。
・ビデオ教材を視聴させ、カムの形や動きに興味を持たせる。
・カムの仕組みと動きを知らせ、目的とする動きをカムで作らせる。
・カムの種類と動きをまとめさせる。
・カム装置についてのビデオ教材を視聴する。
・与えられた動きをするカムを発泡板(発泡スチロール)でつくる。
・カムの仕組みや種類をまとめる。

・機械や模型を提示し、機械要素について興味・関心を持たせる。
・機械要素について、種類や役割を知らせる。

・機械や模型を観察し、軸、軸受け、ばね、ねじ、ピン、キーなどの機械要素についてまとめる。

・設計と実験による確かめを繰り返しながら、作品の設計をまとめさせる。 ・与えられた課題を解決するための動きや形を図にまとめる。
・考えた方法や設計が有効であるかどうか、コンピュータ教材や実験装置を使ってたしかめる。
10 ・材料の準備と工程表の作成させる。 ・各自の設計に応じて材料の準備を行う。学校で準備をする材料の他に、何が必要かを明確にする。
・工程表を作成し、製作の見通しを立てる。
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24
・動く模型の製作を行う。
・与えられた課題を実現させる動作をするように工夫・修正させる。
・各自の工程表に従い製作する。
・動きがスムーズになるように、機構部分を工夫する。
25 ・製作の反省(自己評価)を行う。
・機械が生活の中でどのように利用されているか知る。
・学習カードに反省をまとめる。
・機械の利用についてのビデオを視聴する。

4 検証授業

 (1) 指導案

  ア 本時の目標

(ア) 自分の求める動きが出せるように、リンク装置実験材料やリンク装置シミュレータを進んで活用できる。
(イ) リンク装置シミュレータで印刷した図をもとに、自分の製作しようとしている動く模型の構想を修正できる。

  イ 指導過程

時間 ◎学習内容  ○・生徒の活動     □教師の指導 ■評価
5分 ○本時の目標を知る。

□生徒の設計した動く模型の構想図を教材提示装置で示し、可動部分の寸法決定を中心に行うことを確認する。

10分 実験模型の組立

○リンク装置実験模型を使って、自分の作ろうとしているリンク装置を組み立てよう。
 ・実験模型が自分の予想通りに動くか確認する。

□クランクが回転できるように、リンクの重なりやビスの取り付け方に注意をさせる。
□揺動スライダクランク機構を作る場合は、切れ込みの入ったリンクを使用させ、ピンの代わりにビスを使用させる。
□実験模型に使うリンクは、10mmごとに穴があけてあるため、寸法の確認は大ざっぱになってもよい。
■目的のリンク装置を組み立てることができたか(机間巡視より)

30分 ◎構想図を修正する。

○リンク装置シミュレータを使って、自分の求める動きがでるようなリンクの寸法を決定し、構想図を修正しよう。
 ・リンク装置の各部の寸法が決まったらプリンタで印刷する。
 ・印刷されたリンク装置に必要な線を記入し自分の求めるような動きになるか確認する。
 ・目的とする動きを出せたら、構想図を修正する。

□リンク装置シミュレータでは、「ステップ10〜20、軌跡を残す」で作図させる。
□リンク装置シミュレータは、リンク装置だけを作図するので必要に応じて線を書き加えさせる。
□完成した構想図を教材提示装置で示し、参考にさせる。
■リンク装置の寸法を決めるために進んでリンク装置シミュレータを活用できたか(机間巡視)
■印刷されたリンク装置をもとに、構想図を修正できたか(構想図より)

5分 ○本時のまとめと次時の予定を聞く

5 学習意欲と自ら学ぶ意欲の検証

 (1) 検証の観点と方法

 学んで行こうとする意欲の喚起と意欲の持続について3名の生徒に焦点を当てて調べた。学習カードの自己評価をもとに、総合的な授業の反省文を書かせ、子どもの変容をみた。

 (2) 生徒の変容

生徒A
 けっこう楽しかった。技術はつまらない教科、いやな教科だったけど、自分で機械が作れるなんて、すばらしく思い、心がときめいた。しかし、作るのはやっぱり大変で、手先が器用でない自分には、かなり難しく思われたが、楽しいことなのでつらくはなかった。
 身のまわりのものは、自分のつくった機械よりはるかに高度なものなわけだが、結局、技術の授業でならったものが難しく組み合わさっているだけなので、何だか機械が身近に感じるようになった。もっともっと色々なことを学び、次につくるときはもっとすばらしいものにしたい。
生徒B
 授業中先生の話を聞いているとき、一つを理解するのに、先生はもう次の次にまで行っているときが何度かあり、はっきりいってチンプンカンプンでした。で、実際にコンピュータ室へ行って、コンピュータでやってみて、「ああ、なるほどこういう動きか」と頭で考えるより、ずっとわかりやすかったです。ロボットと言うか何と言うかわからないけど、とても楽しく、何回も試行錯誤をして、つい夢中になって、家でも作るように持って帰り、父にいろいろなアドバイスをもらい作りました。また、授業中に先生が言ったことを思い出しながら、教科書や資料集を見ながら、いろいろ考えて作りました。最後は、単純なものになってしまったけれど、完成したときはとてもうれしかったです。また、暇をみつけて作りたいと思いました。
生徒C
 ぼくは、技術の授業が好きだった。コンピュータはいろいろできるし、つくるのもたのしかった。
 ぼくは、あの機械をうちにもって帰ってつくった。みんなより少しおくれていたからです。そして、それをもち帰った日にさっそく作業をすすめてみたら、やっぱりむずかしくて頭がいたくなることもありました。そのおかげで少し工夫ができたと思います。コンピュータは、かなりむずかしく思いました。これからもいろいろと真剣に取り組んでいこうと思います。

 (3) 考 察

 この授業は、生徒自らが考える動く仕組みが正しいか考え確認する場面である。リンク装置は、各リンクの長さによって、動作が変化し、場合によっては別のリンク装置になってしまうこともある。生徒たちにとって、自分の思い通りのリンク装置を作り出すことは容易なことではない。ここでつまずくと、以後の製作にまで影響を及ぼすため、意欲が急激に下がることが予想される。
 そこで、生徒の思考を助けるための自作コンピュータ教材「リンク装置シミュレータ」やリンク装置実験盤を使用した。Bの生徒は、リンク装置の仕組みを学習する際に、容易に理解することができなかったが、このコンピュータ教材を利用することにより、「頭で考えるより、ずっとわかりやすかった」と述べている。
 コンピュータ教材は、リンクの長さを容易にかえることができる長所があるため、リンク装置に対する理解を助けたり、自分で考えた仕組みを確認する場面では有効であるといえる。また、リンク装置を実際に作る段階では、リンクなどの部品配置や軸や軸受けのことも考えなければならない。そこで、リンク装置実験盤も併用し、イメージとしてとらえた仕組みを、実際に組み立ててみることをさせているため、確実に定着させることができたと考える。
 このことから、適切な教材・教具が、意欲を持続させ、自らの課題を解決させていくために有効であることがわかる。
 BとCの生徒は、製作中の作品を家に持ち帰って作っているし、文中にはないが、Aの生徒は、授業後に学校で製作をしたいと申し出ている。また、Bの生徒は、自ら資料集などの活用を図っている点や、家庭で父親からアドバイスを受けている点に注目できる。そして、作品の完成による成就感や満足感が製作終了後も続き、次の学習にも、引き続き意欲が継続されていくことが予想される。
 これらのことから、適切な製作課題が意欲を高め、生徒一人ひとりが主体的に学習できるような授業過程をしくめば、自ら学ぶ意欲と社会の変化に主体的に対応できる能力の育成ができることがわかった。

6 おわりに

 ナイフが上手に使えない、ちょっと直せば使える物も捨ててしまうなど、現代の子ども像を表すマイナス面での言葉は多い。これは、大人が子どもをこのように育ててきたわけであるが、学校教育の場に求められている事柄も多くある。科学の発展に対応するばかりではなく、子どもをとりまく現代生活が失ってしまっている「生きる・生活する」上での基礎的・基本的な事柄を学校教育に取り上げる必要性を痛感する。
 子どもたちに欠けている面を見つけ、それを教科の指導の中に盛り込むことも大切な課題となる。

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