佐渡の味覚

 佐渡は味覚の宝庫だ。四面海に囲まれ、高い山と豊穣な平野をも
つ佐渡は、新鮮な魚介と山菜、大佐渡・小佐渡の山なみの伏流水に
育つ極上のコシヒカリとくれば、四季山海の美味にはこと欠かない。
 常にとれたての味、旬の材料なら、手間ひまかける豪儀な料理法
は関係なくなる。つまりグルメ時代といわれる珍妙な世の中にあっ
て、いかなる調理術もかなわぬ自然のうま味の前には、どんな王侯
貴族の食卓も顔色なしとした檀一雄の言葉に誇張はない。


 佐渡の冬は、越後と違って雪が少ない。しかし冬の厳しさは北国特有のものだし、
それだけに春の喜びもまたひとしおなのだ。
荒々しい冬の日本海に育った海草顆は、そんな早春の嬉しい香りだろう。
モズクやギンバ草の酢味噌あえ、新ワカメは味噌汁・酢の物と単純で美味。
ワカメの刈りとったあとのメカブ(ワカメの根株)の味は、佐渡の春そのものといっていい。
メカブを細く刻んで味噌汁に入れ、すぐに食べる磯の香りはたまらない。
また、炊きたてのご飯の上にメカブをのせ、味噌汁をかけて食べるのもオツな味で、
トロロイモのょうに食べるところから島では「メカブトロロ」と呼んでいる。
もちろん魚も豊富だが、とりわけ白魚・サヨリなど旬のものが楽しめる。
食べ物にこと欠かぬ佐渡の人たちにとって、山菜は春の香りの脇役でしかなかった。
しかし島外から訪れる人の多くなるにつれて、いまや饗応の素材として春の味覚の主役に迫る勢いだ。
宿の主人がその日の客の人数にあわせてとってくるほど、種類・量ともに山菜も豊富
コゴメ・ワラビ・タラの芽・ウド・ノビル等々、野趣溢れる山の香りがいっぱいだ。
また山で栽培されるシイタケは良質で知られ、その味と香りは、
いまや佐渡の味覚に欠かせない存在だ。


 夜の海に点々と旅愁を誘う漁火は、イカ釣り船の灯だ。
佐渡は四季を通じてイカのとれるところだが、一番うまいのが6月頃からとれる真イカである。
白い色のイカしか知らない都合の人が、港にあがった赤い色をしたイカを見て、
このイカは腐っていると失笑されたことがあるが、そんなとれたての透きとおったような
イカの刺身は、まったく都合では味わえないものだ。
本当のうま味を知りたかったら、イカの細く切ったものを井に入れ、
ショウガ醤油におよがせて、トコロ天かそばのょうにすすりこむ。
地元でいうこのイカソウメンの味は、一度食べたら忘れられないだろう。
夏の佐渡を印象づけるのは、アワビとサザエ。ことにサザエの壷焼きは、
島中のどこにもお目にかかれる。トコロ天やモズクも同じだが、トビウォも佐渡の夏の旬の味だ。


穀倉の団仲が黄ばみはじめると実りの秋になる。
夏から秋にかけて、エゴ草(海草)をトコロ天のように煮つめて固めたものを、
そばのように刻んで、ねぎとワサビ醤油で食べるイゴネリは、
さっぱりとした磯の風味を楽しめる佐渡の味だ。
海の代表的な秋の味は、エビとカニだろう。オニエビ・ボタンエビ・ズワイガニが最高の味だ。
春の山菜と同じように、きのこ類も豊富で、とりわけマツタケは、味・香りとも良質で知られる。
特産のおけさ柿も忘れられない。
佐渡は昔から柿の栽培の盛んな土地だが、八珍柿を改良しておけさ柿と名づけたもの。
「ひらたねなし」といわれて種がなく、甘味の多い柿で、佐渡の代表的な特産の一つになっている。


 冬は佐渡の味覚を堪能する掛け値なしの季節である。
島中が海の句に溢れている感じなのだ。
まずはスケトの沖汁。とりたてのスケト(スケソウ鱈)を生きたままぶづ切りにして、
佐渡味噌で煮る荒っぼい漁師の料理。肉がしまってうまい。
魚のもつ平凡なイメージを一新させるまさに王侯の珍味だろう。
まだピンピンはねている南蛮エビを金網で焼いて、熟いうちに殻ごと食べるエビの殻焼きも絶品。
調味料が不要なほどうまい。真野湾や加茂湖のカキも冬ならではの味。
形はやや小ぶりだが味はいい。
殻つきのまま炭火にのせて焼き、生醤油かレモン酢で食べるというだけのものだが、
風味はすばらしく、調味料なしでも適度の塩気で野趣十分。酒にもあう珍味だ。
鍋物が冬のものなら、カニでも魚でも、その日とれたものを野菜などと一緒にすれば、
豪勢な鍋の出来あがりという寸法になる。
とにかく佐渡のうまいものなら冬が一番といっても間違いなさそうだ。


 ほかに佐渡の味の一つにそばがある。年中食べられるのだが、
そばのとれる秋の新そばなら一番いい。
そば粉をそのつどひき、山芋と卵をつなぎにする手打ちそば。
色は黒く田舎ぶりだが、香りが高くてうまい。豊富な海の材料からとるダシも抜群。
小木町の「手打ちそば」や真野町の「白魚そば」など、よく通人の口にのぼる。
味噌も風味と香りで特産の一つ。
この佐渡味噌の味を生かしたのが、田楽豆腐やコノメ田楽(山椒の新芽の田楽)。
変ったところでは、焼いた石の上に味噌で土手を作り、
その中でアユを焼く羽茂町の「アユの石焼き」が有名だ。
佐渡牛の産地なので牛肉の味も格別。牛乳もこれが牛乳の味かと思うほどコクとうまさがある。
うまい米と水から生まれる日本酒も忘れられない。
醸造元が8つもあり、アルコール共和国が出現するほど、佐渡は酒造りの島でもある。
味は淡麗辛口のスッキリした飲み心地で、昔ながらの造り酒屋のかたくななまでの姿勢がうれしい。
佐渡へきて、食膳に佐渡の地酒がなかったら、画竜点晴を欠くというものだろう。