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旧オノサト・トシノブ美術館(五反田)で個展


1984年10月22日(月)〜11月2日(金) 日曜日休館 12:〜6:00
オノサトギャラリー
保倉一郎個展


木漏れ日 うつりゆく雲

会場のオノサト・トモコ 黒田オサム・保倉一郎・オノサトトモコ・小野里六丸・境 博
作  品 愛の想いで




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後日、桐生のオノサト・トシノブ美術館にて「七の会」の展覧会を開いたときのエッセイをご覧下さい

               保倉 一郎 

二十歳前の時の思い出に、当時オノサト・トシノブ夫妻が養鶏をしていて私が時折に手伝っていた、私も養鶏に少なからず興味があったことも確かだった。 

ある時「保倉さん、鶏は一所懸命に餌を食べて自分の生命をつくすことに夢中だよ!」と唐突に言った。時折にそのような思いがけない事を言う方だったが、その時ばかりはハッとして無言のまゝ眼で問い返した。

「鶏は自分のなりゆきや立場などは考えずにたゞ生きることに精一杯で、毎日を暮らすから偉いよ」と言うような意味のことを独り言のように呟きながら私に話続けた。

数年を経てから、「僕が画家になれたのも、教員勤めや養鶏をやっていたのも、みんな人から勧められたり世話されたりしてそうなったので、自分の考えや努力はいつも後から続いて生じてきたものだよ! 何事も一身にやっていればチャンスや道は自然に出来るよ」と話してくれたのも、忘れられない言葉だ。<br>

 自分に大切と信じられることをひたすらに追い求めて行く努力よりも、それを求めて当面の行いを継続して築いていく実態のほうが大切なのだと解している。

オノサト・トシノブは精敏でいながら朴訥なまでにそうした生活を実行できる一面を持った人だった。

還暦を過ぎた今に思い返して、私の人生にもおゝかた当てはまっていると思われる。生活の糊口をつなぐ為の家業のやり繰りは、まわりの人々の計らいで不思議とチャンスと道がついてくれて、どうにか人並みの人生を過ごしてきた。

だが、好きで描きつづけているアートの方は未だ「人並みの線」までは繋がっていないようだ。知恵と努力が足りないせいだろう?・・・ 

なにしろ好奇心と興味と楽しさが中心で続けていることだから、趣味とか道楽の範囲を出ることは難しいのだと感じる。私の生活の知恵で「アートの道に職業として生きること」をためらって避けて通って来た。だから仲間うちで私ひとりが素人でいる。

それは気楽であったが、厳しさに欠けた面もある。それでも、人さまの世話を頂いて個展やグループ展を幾度も経験し、汎美術協会の運営活動に道が繋がっているのも、それなりの幸運な巡り合わせだったのかもしれない。

こゝにオノサト美術館の主催で「7の会」のメンバーに参加できるのは、かって五反田のオノサト美術館での個展に次いで大きな喜びであり、故オノサト・トシノブ夫妻に深く感謝したい