第96回

96. <イナーター>

スプリング、ダンパーの他にここ10年程の間に脚光を浴びているサスペンションパーツにイナーターがあります。

雑誌なんかにF1の秘密兵器みたいに書かれていたころがありますが、実際はどういう物かあまりきちんと説明したものが少ないように思います。


イナーターはその名の通り慣性力を使ったデバイスです。具体的にはボールスクリューという言ってみればボルトとナットみたいなものを使います。 ボールスクリューは工作機械のテーブルを動かすのにつかわれるもので、ハンドルを回すとねじが回ってナットに固定されているテーブルが動く、というものです。 イナーターはこれを逆に使ってねじを前後に動かすとナットが回るように使います。

図がイナーターの構造概略図です、ダンパーみたいですがオイルも入っていません、入っているのはボールスクリューとウェイトだけです。 ねじは軸方向には動けますが回転はしないようになっています、ねじを上下に動かすとねじにねじ込まれているナットが回転します、ナットはダンパーのボディみたいな筒にベアリングで支持されているので軸方向には動けず回転だけします。 ナットには鉛とかタングステンで作ったウェイトがくっついているのでこれがグルグル回ります、サスペンションが動くとねじが上下して重りの円盤を回したり止めたりするのです、まあこれだけです。

これの何が新しいかというと力の発生原理が違うのです、ばねはサスペンションの変位に応じた力を発生させます、ダンパーは速度に応じた力を発生させます、イナーターはサスペンションの加速度に応じた力を発生させるのです。

イナーターの力の式を図に示しましたので参照してください、基本はねじの式(1)です、これはナットトルクと軸力の関係式です、ねじの理屈はねじピッチのクサビを横から押し込むと上下方向に力が発生する、みたいなもんです。 あとニュートンの運動方程式F=ma の回転版がT=Iθ(点々)です、トルクは回転慣性モーメントx角加速度である、ってやつですよ高校で習いましたね。

最後の式を見ると確かに“x”(ストローク)の2階微分(加速度)の関数になっていますね、あとねじピッチとねじ径によっても力が変わるのが分かります、もちろん重りの重量でもです。

加速度に比例の力って何よ?って言わrそうなので説明すると サスペンションがサイン波形で動いているとして加速度が一番大きいのが動きの方向が変わる点です、上下動なら上死点と下死点ですね、上死点、下死点では一度止まらないといけないし次の瞬間には逆方向に動き出さなきゃいけないので。 反復横跳びで一番力を入れないといけないのが右の端と左の端で逆方向に動かないといけない時なのと同じですね、さっき出てきたF=ma(加速度)ですから力と加速度は同じ波形です。

その動きの方向の変わる時、加速度の高い時に一番大きい力を出すイナーターですが、イナーター力は慣性力ですから、止まっている物は止まっていたい、動いている物は動いていたい、これが慣性力ですね。 たとえば上死点へ向けて止まろうとしているサスペンションをそのまま動かそうとし、上死点で一旦止まって逆方向へ動き出そうとするのを動かすまいとするのが慣性力、イナーター力です。 サスペンションを動きにくくするのがイナーターです、なんだ良い事ないじゃんと思うかもしれませんが、たとえばばね上共振点で車が大きく動くのを止めるには効果大ですね。

じゃあ固いばねとなにが違うのか?
ばねを固くして減衰比を同じに保ったとしたら 第88回で説明した車体変位の周波数特性の山のピークは右へ移動しますが高さは変わりません。 対してイナーターは静的なばね定数は変わりませんから山のピークの位置はそのままです、そしてピークが低くなるのです。
でもいいことばかりじゃありません、加速度は周波数が高くなると高くなりますから道路の継ぎ目とか段差乗り上げなどの高い周波数の入力に対してツッパリ力も高くなるのです、だからでこぼこ道の乗り心地は最低でしょう。 実際F1用のイナーターは縁石に乗り上げると壊れちゃうのでマスにクラッチが付いていて過度の力が出ないようになっています。

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