前回イナーターは高い共振周波数に適用した方が効果があると書きました。
コメントもらってイナーターのそもそもの論文を読み返してみたんですが内容はすごく難しくて良く分かりません。
でもそのConclusionの中に次の一文があったんですね、「おー ここに書いてあったじゃん」って感じです
初めからよく読んどけばとも思いますがまあ間違ってなかったんだということで良しとしましょう。
“Synthesis of Mechanical Networks: The Inerter” by Malcolm C. Smith, OCTOBER 2002
「The problem of designing a suspension strut with very high static spring stiffness was considered. It was seen that conventional spring and damper arrangements always resulted in very oscillatory behavior, but the use of inerters can reduce the oscillation.」
さて今回はモデルを4自由度にしてイナーターがどこに効果的なのかを見てみます。
そもそも4自由度って何よ、っていう人もいるかと思います、前後輪のばね下の上下で2つ、ばね上の上下とピッチングで2つ、合わせて4自由度です。
それぞれの力のつり合いの式は書いてある通りです、サスペンション力の中にイナーターを入れ込んであります。
ここはさらっと流しましょう、難しい式は自分で本気でやってみようと思う人だけ真面目に見てください。
使用した定数も載せておきました、一応スーパーフォーミュラあたり相当としておきます。
入力は2自由度と同じ路面からサイン波です、これで実際のリグ試験と同様のシミュレーションができます。
では2枚目の結果のプロットを見てください、大分見慣れてきましたかね、今回はスペースの関係でDisp.のプロットは省きました。
イナータンスやら減衰力やらを上げたり下げたり配分を変えたり等色々試しました、それができるのがシミュレーションの強みです、その中で説明にちょうどいいのを選びました。
まずは一番左のCPLのプロットを見てください、接地性の良し悪しのプロットです低い程良いんでしたね、フロントとリヤがあるのでプロットが2つになりました、ベースが赤でイナーター付きが青です。
ベースのピーク周波数が4Hzと乗用車と比べたらすごく固いですがイナーターとしては高くないのでイナーターを強く効かすと高周波でのCPLが極端に悪化してしまうのでイナータンスは大きくありません。
ですのでピーク抑制の効果はほぼなく高周波での悪化もちょっとだけです。
真ん中のΘでイナーターの効き具合も見ておきましょう、フロントでちょっと、リヤはほとんどないのが分かります。
ここで右の新しいプロット、ピッチングの出番です。
ピッチングは車体の前軸の変位と後軸の変位の差になります、注意してほしいのはピッチングというとホイールベースの真ん中あたりを中心にしてシーソーのようにギッタンバッコンするのを想像すると思いますが
そうでなくても例えば車体が前も後ろも同相で振動していても動きの量が違えばピッチングします、前後の位相を考慮しない前後変位の差を表しています。
ベースの仕様でのピッチングのピークは6Hzです、まあまあ高いですね、そして青のイナーター仕様での線を見てください、随分と良くなってるじゃないですか。
フォーミュラカーといえど上下動のピーク周波数はイナーターには低すぎます、そして6Hzかちょっと上あたりにあるピッチングのピークには上下動を悪化させないでイナーターを効かせることができます。
ピッチングは車体前後の動きのタイミングで大きくなったり小さくなったりするのでうまく動きを合わせてあげるとピッチングは小さくできます。
イナーターの特性を考えるとイナーターは上下動(Heave)よりもピッチング抑制に使ったほうが良い、となります。
ピッチングはフォーミュラカーのような重量配分が50:50から大きくずれた車両では問題になります、先天的にピッチングが発生しやすくピッチングを良くしていくとCPLが悪くなったりします。
つまりピッチングと接地性を両立するのは難しくてピッチングが悪くなりすぎないように気をつけながら接地性を改善するというようなチューニングが必要になります。
ですからイナーターでピッチングが少なくなる、もっと言えばフロントの動きの大きいピッチングが少なくなるとCPL、接地性の良いセットアップへ振ることができます。
まあサスペンションで稼げるラップタイムはタイヤやエアロから比べたら大きくはないですけどね。
イナーターをダンパーダイノで計測するとわかりますがイナーター力は加速度に対して遅れて発生してるしすごく波打ってます、複数のメーカーのイナーターを計測してみた結果がそうなのでイナーターはそういう物なのでしょう。
もう減衰力のグラフと比べると「ぐちゃぐちゃ、なにこれ」のレベルです、原因はボールナットのがた、剛性、シャフトのねじり剛性、取り付けピロボールの回転などがあげられます。
イナータ力の遅れ、ヒステリシス(減衰力でも使いますね)は実際かなり大きいです、遅れはフィルターとして機能しますのでイナータ力は周波数特性を持つことになります、つまり同じ加速度でも周波数が高くなるにつれ発生するイナータ力は小さくなっていくということです。
これは意外と大事なところで遅れ(ヒステリシス)のおかげで高周波での過大なイナータ力の発生を緩和するのに役立っています、ヒステリシスをうまいことコントロールできれば面白いことになると思います、そこまでイナータ屋さんもまだ考えてないと思いますが。
今回のシミュレーションにもダイノデータから見積もった1次遅れを入れてあります、時定数を変えて計算してみるとそれくらい結果に違いがあるかわかりますよ。
もう一つ高周波での過大なイナータ力の悪影響が縁石乗り上げです、走行中タイヤが縁石(Kerbね)
に乗り上げるとイナータ力が大きすぎてイナーター自体がシャフトが曲がったりして壊れてしまうことがあります。
これを防止するためにクラッチをつけたりすることがあります、既定のトルクで重りを切り離します、元々はイナーターの破損防止の物ですがこれをうまく使うと高周波でのイナータ力を抑制することができます。
まだまだイナーター自体の理解が十分に広まっていないと思います、使い方を研究してイナーター自体も改良していけばもっと能力を引き出せるのではないかと思います。
その参考になればうれしいですが。
あっもう一回言っときますけどバイクや乗用車につけようとか考えちゃだめですよ、FFのエンジンマウント共振が10Hzちょっとだからいいかもと思いますがそもそも値段で無理ですね。