2004年 パリダカールラリー参戦レポート

 ビックオフロードクラブの皆様へ(第1話)

 2004年ダカールラリーに応援頂きありがとうございました。
 我々、チームスガワラは日野さんのご協力の下に新型のレンジャープロのラリー用車両を作って頂き、更に自工paridaka-challenge-200からお1一人と販社から選抜されたお二人のメカさんの派遣を受けての挑戦でした。

  

 今年はバイク195台、自動車142台、カミオン63台が競争部門で、アシスタント部門には何と200台が出場です。更に医療班、報道、オーガナイザーの車両が50台は居ますので7百台位の車両がダカールを目指しました。我々が驚いたのは、2輪駆動のバイクの出場と女性3名でカミオン部門出場です。更には、競争カミオンの台数とクオリティの向上です。今まで30台位だったのがどうしてこうなったのでしょう。
 理由があるのです。まずカミオンで出場するには、ホモロゲが必要なのです。このホモロゲとはメーカーがフランスの自動車連盟に厚さ5ミリ程度の書類(何処がどうなってるか写真付で証明する物)を提出して認可を事前に受けなければならないのです。そんな訳でベンツの大型4駆が出なくなったのは、ホモロゲの期限(10年)が切れてしまい、ベンツのメーカーとして新しくホモロゲを申請してないからで、ベンツのウニモグはホモロゲを申請しています。メーカーさんが動かないと我々は国際ラリーに出られないのです。
 10回大会でオランダのデュロイさんがDAFを使って出場したのを覚えておりますか。このカミオンのフレームはアルミ製で2基のエンジンをミッドシップに積み1基は前輪をもう1基は後輪を駆動して、自動車部門の6番手で走っておりましたが同じ型のクイックサポートカミオンが前転してナビがシートごと車外に飛び出し即死。それを聞いたデュロイさんは即ラリーを辞めて撤退したのです。喪に臥してたデロイさんは14年後の24回大会で息子さんをナビにして再挑戦をしてきましたが車両が良くなかったので注目されたほどの成績は残せませんでした。
 翌年、新しくホモロゲをとった800馬力のラリー専用カミオンで出場。お父さんと息子の2台体制で出場してから、カマズ、タトラが戦闘力を上げてすごい世界の始まりです。また、ドイツのMZNがホモロゲを取ってKTMのクイックサポートに使用し始め、この車両はレンジャーと同じ大きさなのでクイックには適しており、うっかりするとわ我々も負けてしまうほどの戦闘力を持っております。そんな訳でカミオンで出たい人はホモロゲのある新しい車両を買うのでDAFやMANが多量に出場した訳です。
 他の理由は自動車部門に参加すると毎日壊れてそれを修復する物資やシステムに多額の出費がかかり、思ったほどの成績が上がりませんが、今のカミオンクラスは速くなり、なかなか壊れないので車両購入費は高いのですがコストパフォーマンスはカミオンの方が有利かもしれませんね。カミオンの1位は総合10番目にスタートしてましたし、我々も200台中18番目のスタートの日もありました。10番目と言うとペテランセルを初め増岡さんだの勇名どころがぞろぞろいる場所です。

 

 ビックオフロードクラブの皆様へ(第2話)
 
 前回ホモロゲに付いて書きましたがその後、クラブの有志の皆様が弊社に来られた時に本物を見て頂きました。前回ドイツMANをMZNと我々も書き間違えました。 先日、千葉の林道走行会で土谷会長から原稿の督促を言われてしまいました。今回はバイク中心にいきましょう。
 昔(22年前)は必ずパリを出て南仏まで約700キロは自走で3ケ所のSSもしたのです。その頃もヨーロッパステージはサービスが自由だったので友達が伴走しても良かったのですが我々日本人選手はそこまでやってくれる友達が居なくて全部自分で荷物を背負っての走行でした。今年の日本人選手はどうかと言うと、全員トランポに乗せてフランス2ケ所とスペインのSSだけ自走です。これにも訳があり昔、アフリカの入り口はアルジェだったのですが今はモロッコがそうなので、アルジェシラス(ジブラルタル近く)までの移動が長くなったからです。
 詳しくお話しますとスタートのクレモンフェランでは1KMのSSの後ナルボンヌまでのリエゾンの395KMはトランポ移動。2日目リエゾン6KMの後SSが25KMでその後のリエゾン532KMはトランポ、3日目リエゾン4キロとSSが9KMの後840KMのリエゾンでアルジェシラスのフェリー乗り場までトランポ移動です。結局ヨーロッパでバイクが走った距離は41KMでトランポ移動が1.767KMになります。(自動車部門とカミオン部門はもちろん自走ですよ)
 バイクは4日目にいきなり233KMのリエゾンと75KMのSSと444KMのリエゾンが待ち構えて合計752KMも自走しなければなりません。リエゾンをスタートしていきなり不運にも風間さんが大事故に合い、SSで田中ゆきちやんが水たまりで転倒してエンジンに水が入りキャンプ地でエンジン交換です。
 5日目は56KMのリエゾンと337KMのSSと187KMのリエゾンで合計575KMです。このSSには砂丘が出てきてぴよこ隊が苦戦して時間オーバーとなりました。なにを言いたいのかと言うとトランポの用意をする事はトランポを約2000KMも出発点近くまで返す費用とドライバーの御礼に相当の費用が掛かることです。ヨーロッパステージは41KMしか走らないで、いきなりアフリカを走る事はとても危険な事だと言うことなのです。今年のパリダカ報告はこれで終わりです。

   

   

   

   

   

   

(上記の写真は、TSOさんのページより、拝借しました。)

 初めてパリダカに向かうのはとてもハードルが高すぎます。我々は金銭的にもリーズナブルなファラオラリーに皆様をお誘いしたいと考えております。 ご希望の方はwww.j-r-m.co.jpで詳しくご案内をしておりますので見てください。レイド部門はSSの一部を走るやさしいクラスも用意されております。
 チームスガワラ 菅原 義正  2004.4.4