DOA 鮫川2016 ラリーイベント参加レポート


  レポートby 辻@KTMフリーライド350

 事件はすでに10月7日(金)の午前中に起きていた。DOAに参加する2台の
オフロードバイクを積んだトラックが練馬の二輪タイヤ専門店ボンバーに向か
う途中のこと。路地を右折しようとハンドルを切った途端、片側しかタイダウン
ベルトで固定していなかったバイク1台が道路に投げ出されたのだ。大きな音
に驚いた近所の住民が窓から顔を出す。運転していた西口氏は慌てて車を停
めると落下したバイクのほうに駆け寄り、大声で助手席の松木氏を呼んだ。
 松木氏は、自分のバイクが道路に転がっている姿を見て青ざめた。だが、
バイクにそれほど損傷がないことを確認するとすぐに平常心に戻る。と同時に
「そういえば前にもなんだか似たような光景を見たことがあるなあ」と、西口氏
に話しかける。松木氏は持ち前の楽観的な性格でこれまで多くの困難を乗り
越えて来た。しかしこのとき、その後自分に降りかかるさらなる試練を松木氏
自身が予見できようはずはない。
 何とかバイクを荷台に積みなおし、無事タイヤ専門店に到着した西口氏と松木氏はタイヤ交換作業中に、落下の衝撃で折れたバイクのバックミラーと曲がったハンドルのボルトを修理し、たまたま店に来ていた同じオフロードクラブのメンバーである篠原氏に「やっぱり片側固定しただけじゃダメだね」「もうこれでバッチリでんな」などと軽口をたたいていたという。このわずか十数時間後、西口氏の身に起こる悲劇をそのとき一体だれが予想できただろう…。
 本題のDOAレポートに移りたい。今回は2016年10月8日(土)と9日(日)の2日間、福島県鮫川村の鹿角平(かのつのだいら)観光牧場キャンプ場を基点に行われた。参加費2万5000円也を納めてエントリーしたバイクが101台、4輪4台。数ヶ月にわたる準備の様子はDOAのホームページ上にアップされ、エントラントの期待を膨らませた。
 ルートは福島県でも最南部に位置する鮫川村を拠点にした自然豊かなロングダートで、発表された走行距離は1日目170.42km、2日目は216.95km(共にダート率20~30%)である。
 われら土谷隊長率いるビッグオフロードクラブからの参加者は15名(3土谷さんエレファント、8佐多さんF650GD、10西口さんKTM690ED、12篠原さんXR200、16辻口さんKTM1190、24早坂さんWR250、26松田さんR100GS、30近藤さんKTM690ED、36高橋さんKTM1190、43松木さんハスク701ENDURO、53藤原さんR100GS、68安達さんF650GSセルタオ、96白井さんSL230、100斎藤さんR80GS)。辻(KTMフリーライド350)のゼッケンは早坂さんと1番違いの23。

   

 自分のリザルトから言ってしまうと、1日目の走行距離189.2km、2日目226.4kmで、完走した54台中40位。順位こそ振るわなかったが、充実した2日間だった。
 このわずか3週間前、ビッグオフ25周年イベントで同じキャンプ場に泊まり土谷会長手作りのコマ図ツーリングに参加したメンバーは、周辺の林道は雨が降っていても走りやすい、固い地盤であることを知っていた。従って今回のDOAが雨天での競技だったにもかかわらず、林道への心構えだけはちゃんとしていたと言える。そう、林道への心構えだけは。
 朝の受付が早く、最終日の解散が夜になるDOAには、トランポ(レンタカー)で参加するに限る。夜中に到着してテントを張るのは面倒だし、荷物がたくさん積める上、帰りも楽だからである。今回も前日の18時過ぎまで仕事をし、19時過ぎにようやくレンタカーをピックアップした後、大急ぎで帰宅。Lineを覗くと既に現地入りして酒盛りを始めているメンバーの様子がアップされており、少し焦る。あらかじめ準備しておいた装備一式を車に放り込み、バイクを積んで20時過ぎに自宅を出発。
「バンガローで、がんばろう」チームが予約してくれた3棟のバンガロー(うち1棟はコテージにグレードアップ)に分散しての宿泊予定なので、軟弱感は否めないが雨のテント泊を思うと断然体力が温存できる。ここは歳に免じて許してもらおう。私に割り振られたバンガロー「こぶし」へ深夜1時前に滑り込む。松田さん、安達さんがすでにお休み中。持参したビール1本を飲んで就寝。その後辻口さん、明け方に高橋さんが到着して全員集合
 6時に目覚めるとすぐに受付を済ませ、車検の準備に取り掛かる。

  

 

以前、リアのリフレクターがついていないという理由で車検が通らず、慌てたあげく土谷隊長の車に積んであった重い三角リフレクターを後部座席にくくりつけて走った苦い思い出があるだけに、今回は用意周到。巨大な反射テープをリヤバックに貼り付けてある。これで文句はないだろうとタカをくくっていたが大間違い。「ナンバー灯がないのでダメですねえ」とあっさり指摘され、またまた車検のやり直し(100円ショップのLEDライトで無事クリア)。近くにいた西口さんも「おいらもおんなじ指摘受けちゃったよ」と、二日酔い気味の顔で笑う。これがこの日、西口さんの顔を見た最後だと記憶している
 そして霧雨の中、第1日目がスタート。走り出すとゴーグルのくもりとの戦いだった。今回はコンタクトレンズではなくメガネをかけての参戦なので、水滴はつくはレンズはくもるはで視界最悪。これが、結果としてよかったのかもしれない。途中、松田さんや篠原さんと一緒に走ったり置いていかれたりしながら、マイペースを保ってゴールを目指す。

   

 お昼ごろにCP2を通過。その30~40分前、先行していた西口さんがこの少し手前で対向車線をはみ出して来た4トントラックと出会いがしらに接触、転倒する事故が起きていた。幸い本人は立ち上がることができバイクも動いたため、トラック運転手とは「お互い様ということで」と事故扱いにすることを避け、走りを続行。ところがウェアの下では膝頭がぱっくり割れ、血が噴き出している状態だったのだ。途中でそれに気付き救急車を呼び、同時に駆けつけた警官には「操作ミスです」と告げ病院へ直行。「ブーツから血が滴り落ちるので、見てみたら骨が見えていました」(本人談)。その後、包帯でぐるぐる巻きにされた足の写真とともに「やっちゃいました」
とLineが入ったのが15時少し前だった。

  

 事故当時、CP2から西口さんと一緒にいた土谷隊長が、鹿角平キャンプ場に戻って主催者に報告。そしてコンビニに置き去りにされているバイクと病院で治療を受けた西口さんを引き取るべく車で向かう。さらにそのまま東京の西口さん宅に本人とバイクを送り届けて、その足ですぐ戻って来るという。この行動力にはいつもながら頭が下がります。まさに「神ってる」という言葉が相応しい。クラブが25年も続く理由がここにあるのだろう(今回の走行距離を土谷会長に聞くと、さらっと「車とバイクを合わせて2000kmくらいかな」)。
 無事に1日目を終えたメンバーたちはその夜、大きな屋根のあるバーベキュー会場で主催者の準備してくれた晩飯に舌鼓を打ち、地元バンドによる演奏を楽しみながら、大いに飲んだくれてバイク談義に花を咲かせた。

   

 2日目は早坂淳さんと並んでのスタート。あっという間に置いて行かれるんだろうなあと思いきや、おっと淳さん、知り合いとランデブー走行のためスタート直後にゲートを出たところでストップ。余裕のある人は違うなあと思いつつ、これから200km以上の距離を走ることになるため、こちらはゲスの勘ぐりはやめて先を急ぐことに。実際この日はリタイヤ、トラブルが続出。初日の転倒で体を痛めた上バイク不調で2日目を諦めた松田さん、ゆっくり走っていたらCPがクローズしてしまったという佐多さんと松木さん、ツタに絡まれてにっちもさっちも行かなくなったという高橋さん等々。

    

    

   

 しかし幸いメンバーに初日のような大きなトラブルはなく、全員帰着。夜の表彰式に臨んで2日間にわたる激闘をたたえあうのであった。その後、近藤さん持参の鍋を使ってバンガローで大宴会。湯気に包まれながら福島の夜は更けていったのである。

  

エピローグ
 後日、西口氏はこう記している「去年と同様、また舗装路上でやってしまいました。装備の大切さとバイクの危ない面を改めて思い知り、いろいろ反省することの多いDOAでした。この経験を生かし、末長く乗り続けることが出来るグッドライダーになれるようもっともっと精進致します」。
 一方、自身のバイクが車から落下するという不運に見舞われた上、帰りの運転手を失った松木氏はこう記す「自分にとっての今回のDOAは、バイクをトラックに積んで、タイダウンで固定。トラックを運転して高速を走って住宅地の路地の中の自宅に自分ひとりでタイダウンを外し、バイクを下ろした。すべて初体験。これぞまさにアドベンチャー。いい経験でした、やったね」。
 満身創痍になりながら、思いがけない出来事を楽しむ。これぞバイク遊びの醍醐味であろう。われわれのアドベンチャーはまだまだ続きそうだ。