三味線のお稽古の為に、置屋を出ようとしたら秋斉さんに声をかけられる。
『○○はん、最近お稽古はどないですか?』
『そうですね…高杉さんが丁寧に教えてくださるので、だいぶ上達したと思います。』
私は笑顔でそう答える。
(本当は、お稽古中に高杉さんにからかわれてるけど…秋斉さんに心配かけちゃうもんね。)
私の答えを聞いて、秋斉さんはちょっと間をおいて言う。
『…ほんなら、高杉はんには何かお礼せなあきまへんなぁ』
にこやかに笑っているけれど、目が笑ってない。
『?…そうですね…では、行って参ります。』
私は不思議に思いながらも、秋斉さんに頭を下げてお稽古に向かうのだった。
今日のお稽古は、他の置屋の新造の雪乃ちゃんと二人で受ける予定だったけど、部屋には高杉さんしかいない。
『あれ?高杉さんだけですか』
私が不思議に思って尋ねると、高杉さんがニヤリと笑って答える、
『今日は二人っきりだ、嬉しいだろ?』
その笑顔が色っぽくてドキドキしてしまうが、気づかれないように強がりを言う。
『別に、嬉しくなんかないですよ。』
私がそう言うと、高杉さんが急に真面目な顔をして呟く、
『俺はうれしいけどな』
その言葉に驚いて、頬が熱くなる。
その様子を見て、高杉さんが意地悪く笑う。
『冗談だ。さ、稽古始めるぞ。』
(またからかわれた!)
高杉さんには散々からかわれているのに、真面目な顔に惑わされてしまう。
(もう!)
私は三味線を用意して、高杉さんの前に正座する。
『じゃあ、とりあえず弾いてみろ』
高杉さんに言われ、三味線を持つと高杉さんが首筋を撫でる。
『なっ!』
その感触にビクッとすると、高杉さんが意地悪く笑いながら言う。
『姿勢が悪い』
『ふ、普通に言ってくださったらわかります!』
私が怒ってそう言うと、高杉さんは楽しそうに笑う。
気持ちを落ち着けて、今度こそ弾き始めようとすると、襖の外から声がかかる。
『失礼します』
(あれ?この声って…)
そう思っていると、襖が開いて秋斉さんが顔を出す。
『秋斉さん!』
私が驚いていると、秋斉さんがにっこり笑う。
『お稽古中にすんまへんなぁ、うちの○○が高杉先生に、えらいようしてもろうてる、ゆうもんやから、お礼に参りましたんどす。』
秋斉さんはニコニコしているが、高杉さんは明らかに不機嫌な顔をしている。
『これ、つまらんもんですが…』
そう言って高杉さんに包みを差し出す。
高杉さんは、びっくりする位にこやかな笑顔で包みを受け取る、
『これは、ご丁寧に。ありがとうございます。』
二人共笑顔を浮かべているが、何故か空気が張りつめている。
私は思わず身震いした。
『では、藍屋さんこれから稽古ですから…』
高杉さんが秋成さんを送り出そうとすると、秋成さんがにっこり笑って言う。
『せっかくやし、お稽古みせていただこう思てます。あてはここでおとなしゅうしてますさかい、気にせんと始めておくれやす』
その言葉に、高杉さんの眉がピクリと動く。
『○○、始めるぞ』
そう言って、秋斉さんに背を向けると私のすぐ横に腰を下ろす。
(なんか…やりにくいな…)
上手に高杉さん、少し離れた下手には秋斉さんが座っている。
『○○、弾いてみろ』
『は、はい』
高杉さんの言葉に頷いて、弾き始めるが二人の視線に緊張して、何度もつっかえてしまう。
すると高杉さんが私の後ろに回って手を添える。
と同時に秋斉さんの手にした扇子がパチンと音をたてて閉じられる。
(やりにくいよ〜)
高杉さんは気にせず、私の手を持ってバチの動かし方や、弦の押さえを教えていく。
(さすがに秋斉さんの前ではからかったりしないよね…)
そう思い、稽古に集中しようとした時に高杉さんが耳元で囁く、
『藍屋に見られて、緊張してんのか?』
囁かれる低い声と、微かに耳にかかる吐息に私はビクッと体を震わせる。
ちらりと秋斉さんを見ると、扇子で口元を隠し私の事を見つめている。
その視線が色っぽくて、私は思わず赤くなる。
『集中しろ』
高杉さんがまた耳元で囁いて、私の手をすっと撫でる。
私は耐えられなくなって立ち上がると
『今日は気分が悪くなってしまったので失礼します。』
と、頭を下げて部屋を飛び出した。
道具も持たずに置屋に帰り、自分の部屋に飛び込んで座り込むと、大きなため息をついた。
私が飛び出した後、高杉さんと秋斉さんがこんな会話をしているなんて思いもせずに・・・
『高杉はん、○○はんのことあんまりいじめんといてくれはりますか』
『何言ってんだ。お前こそ…目で殺すってやつか?』
そう言って、ニヤリと高杉さんが笑うと、秋斉さんもクスリと笑う。
『あんさんやったら、○○はんに手ぇ出さはったら、どうならはるかわかってはりますやろ?』
『さぁな…ま、約束できない…とだけ言っとくかな』
高杉さんの言葉に秋斉さんがまたクスリと笑って立ち上がる。
『ほな、これで失礼します。うちの○○をよろしゅうおたのもうします。高杉先生』
そう言って部屋を出る秋斉さんの背中に、高杉さんは
『喰えないやつだな』
とつぶやいて楽しそうに笑うのだった。