*食わず嫌い*
龍馬さんに会いに
伊勢屋を訪れたときの話。
「○○?」
ちょうどおかみさんと
買い出しから帰ってきたという
翔太くんに声をかけられた。
「龍馬さんに会いに来たの?」
「……うん…」
少し頬を赤らめて頷く。
ふと翔太くんの
手元に視線を向けると…
「あれ?」
「ん?」
「それって秋刀魚?」
「そう、今が旬だからな、七輪で焼くんだぜ」
「わ、そうなんだ」
「○○も食べて行けよ」
「いいの?」
「もちろんだよ」
こうして私は七輪で
秋刀魚を焼くことになった。
龍馬さんは急用で
出掛けているみたいだったので
待つのに丁度よかった。
翔太くんは当番だからと
おかみさんの手伝いをするため
台所に行ってしまった。
パタパタとうちわで
七輪の炭火を扇いでいると
「○○来ちょったんか」
背後から声がした。
振り返ると笑顔の龍馬さんが。
「龍馬さん」
すぐ駆け寄ると
「待たせて悪かったのう…」
頭を撫でてくれる。
「ところで何をしておった?」
「あ、秋刀魚を…」
そう呟くと龍馬さんは
眉尻を下げて表情を曇らせた。
「龍馬さん?」
「ちくと苦手じゃ…」
照れ臭そうに頭を掻く龍馬さん。
「何が苦手なんですか?」
「煙たかろう」
「…え?」
私は耳を疑った。
「食べたことはありますか?」
「いや、ない」
「食わず嫌いですか?」
「そうとも言うな」
豪快に笑って
少しやることがあるからと
部屋へ入って行った。
私は絶対に龍馬さんに
秋刀魚を食べてもらいたくて
焼き上がりを待って
台所に食器を取りに行く。
「あの人、子どもっぽいから」
翔太くんとおかみさんが
口を揃えて笑うから
逆に気合いが入ってしまった。
襖越しに声をかける。
「龍馬さん」
「ん、なんじゃ?」
「食事をお持ちしました」
「おう、入れ」
襖を開け閉めして
部屋の中に入ると机に向かう
龍馬さんの姿があった。
机の上には手紙のようなものが
散乱していた。
「散らかっとってすまんのう」
私は首を横に振り
座卓に食事の準備をした。
「むむ…秋刀魚…苦手じゃと言うたろうが…わしは食わんぞ」
案の定、龍馬さんは
秋刀魚を見て顔をしかめる。
「いえ食べてみて下さい」
「お前が食え」
「…じゃあ頂きます」
ひとまず私は
身をほぐして何口か食べる。
龍馬さんはそれを
じっと見つめていたので
「食べたくなりましたか…?」
「いいや…ならん」
頑固な龍馬さんに
思わずこちらも意地になる。
「龍馬さん…」
「ん…?」
少し声色を変えて
彼がこちらを振り向いた隙に
ほぐした秋刀魚の身を
口に押し込む。
「なにをするがじゃ」
「吐き出しちゃダメですよ」
「う…むぅ…」
仕方なしにという感じで
龍馬さんはもごもご口を動かし
ごくっと飲み込んだ。
「…案外うまいのう」
そう呟くと私から箸を奪って
秋刀魚を食べはじめる。
そんな龍馬さんを微笑ましく
眺めているとき、ふと
「これって間接キス…」
「ん?キス…せ、接吻かや!?」
「だって…箸…」
「な、なにを言っとるがじゃ!!」
顔を真っ赤にする龍馬さんに
あたしも照れてしまう。
少し気まずい空気が流れた
そんな時だった…
どこから入ってきたのか
猫が秋刀魚を咥えて走り出した。
「こら、わしの秋刀魚を!!」
「あ、ちょっと…」
龍馬さんは猫を
追いかけて行ってしまった。
私は食べかけの秋刀魚を
そっと口に運んで、微笑んだ。