今日は秋斉さんに連れられて、呉服屋へ着物を仕立てに来ている。
彩り鮮やかな反物を、いくつも私の体にあてて、秋斉さんは首を傾げる。
『せやなぁ…○○はんは、色も白うてどないな色でも映えるんやけど…』
そう言って、また店のご主人に新しい反物を持ってこさせる。
『○○はんは、どれか気に入らはったんおますか?』
秋斉さんに言われて、足下に散らばる沢山の反物に目を落とす。
(うーん…どれも素敵なんだけど…でも着物ってよくわからないしな…)
そう思いながら、反物の山をキョロキョロと眺めていると、突然後ろから肩に反物がかけられる、
『○○には、こうゆう明るい色がよう似合う』
振り返ると、俊太郎さんが優しく微笑みながら私に鮮やかな朱色の反物をかけていた。
『しゅ…桝屋さん!』
つい彼の本当の名前を呼びそうになって、慌てて言い直すが、
急に振り向いたせいで、バランスを崩して倒れそうになってしまう。
『○○はん!』
秋斉さんの慌てた声が聞こえて、転ぶと思った瞬間に力強い腕に抱き止められる。
『危ないとこや、○○は危なっかしいさかい、目が離されへんなぁ』
そう言いながら、俊太郎さんが私の腰に手を回して支えている。
近すぎる距離に、一気に顔に熱が集まる。
『あの…助けて頂いて、ありがとうございました。』
私がそう言うと、俊太郎さんが優しく言う
『○○の可愛らしい顔に傷でもついたら、エライことやさかい、これぐらい何でもあらへん』
言いながら、私を立たせて優しく頬をなでられる。
私がドキドキしていると、コホンと咳払いが聞こえて肩に優しく手が添えられた。
『これはこれは、桝屋はん。えらい奇遇どすなぁ。○○を助けてもろて、すんまへんどしたなぁ』
肩に添えた手で、私を俊太郎さんから引き離すようにしながら笑顔で秋斉さんが言う。
『たいしたことおまへん。わてが驚かせてしもたんやし、○○は羽みたいに軽いさかい。』
そう言って俊太郎さんが私に色っぽい笑みをみせる。
二人とも口調も表情も柔らかなのに、周りの空気が少し冷たくなった気がする。
笑顔の二人に挟まれて、私は背筋に寒気を感じながら、ごまかすように反物に目を落とすのでした。
私がキョロキョロと反物を見ながら空気を変える話題を考えていると、襖を開けてお店のご主人が戻ってきた。

『おや、桝屋はん。なんでこないな所に?』
ご主人が俊太郎さんの顔を見て不思議そうに尋ねると、俊太郎さんは私の手をとって優しく微笑みながら言う。
『藍屋はんとこの○○は、わての贔屓の遊女どしてなぁ。表で番頭はんと話しとったら、藍屋はんとこの新造が来とる言うさかい、こうして顔見に来たんどす。』
優しく手をなでられて、私は赤くなりながら俯いてしまう。
『そうやったんどすか…藍屋はんもええ子を見つけはりましたなぁ…まだ新造やゆうのに、こない立派な旦那はんがついとるとは…』
ご主人が感心したように言うと、秋斉さんはちょっと困ったような笑みを浮かべて答えた。
『おおきに。…せやけど○○は、あるお方からの大事な預かりもんやさかい、桝屋はんには気の毒やけど、叶わぬ想いになってしまわはりますなぁ』
そう言って、チラリと俊太郎さんを見やる。
その視線をうけて、俊太郎さんが苦笑いを浮かべて言う
『そないなこととは知りまへんどしたなぁ…せやけど、叶わぬ想いに苦しむ男は、わてだけやないようどすなぁ』
俊太郎さんの言葉に、秋斉さんの眉がピクリと動く。
『へぇ、そうどすなぁ。○○は可愛らしいし、人気がありますさかい、泣かはる旦那はんがようさんいはりますやろなぁ』
秋斉さんが涼しい顔をしてほめたので、私は慌てて否定する。
『そ、そんなことないです。皆さん私が新人で珍しいから、面白がってらっしゃるだけです…』
真っ赤になってうつむくと、ご主人が楽しそうに笑って言う、
『はっはっはっ、これは桝屋はんが夢中にならはるんも、藍屋はんが大事にしはるんも納得どす。遊女とは思えへん謙虚さや…それに清楚で可愛らしいし、華もある。』
ご主人の言葉に、秋斉さんも俊太郎さんも嬉しそうな表情を浮かべる。
私がますます恥ずかしくなって視線をさまよわせると、ご主人が持っている包みが目に入った。
なんとか話題を変えたくて、私はご主人に尋ねた、
『あの…その包みはなんですか?』
私が尋ねると、ご主人が思い出したように包みを広げて、二本の反物を取り出した。
『どちらも最高級の品どす。』
ご主人が取り出したのは、対象的な二本の反物。
ひとつは鮮やかな赤に牡丹の花が描かれた、見た目に豪華な反物。
もう一方は、淡い水色に繊細に白梅が散りばめられた、涼やかな反物。
一目みただけで、どちらも素晴らしい品だとわかる物だった。
あまりに美しい反物に見惚れていると、秋斉さんが口を開く
『これは、どちらもええ品どすなぁ』
それにこたえるように、俊太郎さんも呟くように言う
『見事なもんどすなぁ』
二人が言うと、ご主人が得意気な笑顔を見せる。
『○○はんは、どちらが気に入らはりました?』
秋斉さんに言われ、二つを見比べるけれど、両方違った美しさがあって私は迷ってしまう。
『両方とも素晴らしいので…迷ってしまいます…』
私が困ってそう言うと、秋斉さんが優しく微笑む。
『確かに、どちらも素晴らしゅおすなぁ』
そう言いながら私の右肩に、淡い水色の反物をかける。
『わては、こちらの反物が○○はんに似合わはる思うけど』
そう言って、愛おしそうに目を細める。
秋斉さんの視線にドキドキしながら、鏡に映る自分を見つめる。
『じゃあ…』
私が言いかけると、左肩に赤い反物がかけられる。
鏡越しに、俊太郎さんが微笑んでいる。
『わてはこっちの華やかな方が、○○にはよう似合うと思うんやけどなぁ』
鏡越しに見える俊太郎さんの笑顔が色っぽくて私は困ってしまう。
『桝屋はんは、島原の遊女のあいだで粋で雅なお方やと噂になっとりますけど…おなごの着物のお見立ては、お得意やないみたいどすな』
秋斉さんが、笑顔でさらりと嫌味を言って私はヒヤリとする。秋斉さんが、お客さんである俊太郎さんに、こんな風に言うなんて珍しい。
ヒヤリとしながら鏡の中の俊太郎さんを見ると、何故か楽しそうに笑っている。
『これは手厳しいお言葉どすなぁ。…まぁ、わてのような商人に雅や粋など無縁のものどすから。わては○○に似合うと思た方を言うただけどす。』
ちょっと肩をすくめる俊太郎さんを見て秋斉さんが言う、
『選ばはるんは、○○はんどす。わての選んだもんか、桝屋はんの選んだもんか…』
そう言って、涼しげに笑って私を見つめる。
俊太郎さんも鏡越しに、優しい笑みで私を見つめる。
二人の視線に戸惑いながら私は彼が選んでくれた反物に手を伸ばすのだった。